「お父さんが75歳になったら、医療費の請求書が変わった」——そんな経験をした方は多いのではないでしょうか。75歳の誕生日を境に、それまで入っていた健康保険から「後期高齢者医療制度」という別の制度に自動的に移行します。なぜ75歳で制度が変わるのか。保険料はどう変わるのか。窓口負担は何割になるのか。
この記事では、後期高齢者医療制度の仕組みを、制度が生まれた背景から実際の保険料・窓口負担まで、わかりやすく解説します。親の医療費が心配な人や、自分自身があと数十年で75歳を迎える人にも役立つ内容です。
後期高齢者医療制度とは:75歳でなぜ保険が変わるのか
後期高齢者医療制度(正式名称:高齢者の医療の確保に関する法律に基づく医療制度)は、75歳以上の高齢者全員が加入する独立した医療保険制度です。2008年4月に施行されました。
言いかえれば、現役世代の健康保険(会社の健保・国民健康保険)とは完全に切り離された「75歳以上専用の保険」です。
なぜ75歳で区切るのでしょうか。日本の医療費統計を見ると、1人あたりの年間医療費は70代後半から急激に増加します。国民医療費(2022年度:約46兆円)の約60%が65歳以上に使われており、75歳以上だけで約40%を占めます。現役世代の保険に混在させると保険料負担の計算が複雑になるため、独立した制度を設けました。
後期高齢者医療制度の基本
65〜74歳の「前期高齢者」は元の健保・国保に引き続き加入します。75歳になった誕生日の翌日から、自動的に後期高齢者医療制度の被保険者となります(本人の手続きは不要で、自治体から保険証が送られてきます)。
後期高齢者医療制度の仕組み:3つの財源でできている
財源の構成(2024年度)
医療費の約50%は国・都道府県・市区町村の公費(税金)、約40%は現役世代が加入する健保・国保からの「支援金」、残り約10%が75歳以上の方が払う保険料です。つまり75歳以上の方の医療費の90%は、現役世代と公費で支えています。
広域連合:都道府県ごとの運営組織
制度の運営は各都道府県の「後期高齢者医療広域連合」が担います。47都道府県それぞれに広域連合があり、保険料率の設定・保険料の徴収・医療費の支払いを行います。保険料は都道府県によって異なる理由はここにあります。
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保険料の仕組み:どう決まり、どう徴収されるか
後期高齢者医療制度の保険料は「均等割額」と「所得割額」の2つを合算した金額です。
| 種類 | 内容 | 例(東京都2024年度) |
|---|---|---|
| 均等割額 | 加入者全員が同額負担 | 年額 46,900円 |
| 所得割額 | 所得に応じた負担 | 所得割率 9.49%(東京都) |
| 上限額 | 保険料の年間上限 | 年額 80万円(2024年度) |
| ※均等割・所得割率は都道府県・年度により異なります。 | ||
徴収方法は原則「特別徴収」、つまり年金から天引きされます。年金額が年額18万円未満の場合、または介護保険料と合わせた天引き額が年金の1/2を超える場合は「普通徴収」(口座振替・納付書)になります。
保険料の軽減措置
所得が低い方には保険料の軽減措置があります。均等割額は、世帯の所得に応じて7割・5割・2割の軽減が適用されます。また、被扶養者だった方が75歳で制度に移行した場合、2年間は均等割額が半額になる特例があります(2026年度以降は段階的に縮小予定)。
窓口負担:1割・2割・3割の違い
受診時の窓口負担割合は所得に応じて1〜3割です。
| 負担割合 | 対象となる方 |
|---|---|
| 1割 | 一般所得者・低所得者(大多数) |
| 2割 | 課税所得28万円以上かつ年収200万円以上(2022年10月〜) |
| 3割 | 現役並み所得者(課税所得145万円以上) |
2022年10月に2割負担が新設されたことで、約370万人が1割から2割に変更になりました。ただし急激な負担増を防ぐため、施行後3年間は月の負担増加額を最大3,000円に抑える「配慮措置」が設けられました(2025年9月末まで)。
高額療養費制度:自己負担の上限
1カ月間の医療費自己負担額には上限があります。1割負担の一般所得者の場合、外来のみで月18,000円(年上限144,000円)、入院を含む場合は月57,600円が上限です。これを超えた分は後から高額療養費として払い戻されます。
💡 意外な切り口:なぜ「長寿医療制度」という名称を廃止したのか
後期高齢者医療制度は、2008年の施行当初「長寿医療制度」という愛称が設けられました。しかし厚生労働省は2009年にこの愛称の使用を廃止しました。
理由は「後期高齢者」という言葉の印象の悪さにあります。「後期」という言葉が「生涯の後期=死に近い」というイメージを連想させるとして、多くの高齢者や家族から批判が相次ぎました。愛称「長寿医療制度」では補いきれないとして廃止されましたが、正式名称の変更はなされませんでした。
この「名称問題」は、制度設計と社会的受容の難しさを示しています。医療費の観点から見ると合理的に設計された制度でも、当事者が「カテゴリに押し込まれた」と感じると制度への信頼が損なわれます。制度の中身だけでなく「呼び方」が社会保険の受容に与える影響の大きさを示した事例として、社会保障研究者にも引用されています。
📅 時事ネタ:2025年改正と2026年以降の変化
2024〜2026年にかけて、後期高齢者医療制度に関連するいくつかの重要な変化があります。
2024年度から保険料上限額が80万円に引き上げられました(従来66万円)。高所得者のより多くの負担を求める改正です。また、産前産後期間の保険料軽減が拡充され、後期高齢者医療制度への財源移転が細かく調整されました。
2026年4月以降は、2割負担への配慮措置(月3,000円上限の激変緩和)が終了する予定です。対象となる約370万人には実質的な負担増となります。制度を巡る議論は続いており、少子高齢化が進む日本で「誰がどれだけ医療費を負担するか」という問いは、今後も社会的テーマになり続けます。
🎣 実用シーン:親が75歳を迎えたとき、家族が確認すること
親が75歳の誕生日を迎えるにあたり、家族が事前に確認しておくとよいポイントをまとめます。
保険証の切り替えを確認する
75歳の誕生日の前月末〜誕生日以降に、都道府県の後期高齢者医療広域連合から新しい保険証(水色)が届きます。古い保険証(健保・国保)は自動的に失効します。新しい保険証に切り替わったことを確認し、かかりつけ医・薬局に新しい保険証を提示してください。
窓口負担割合を確認する
保険証に窓口負担割合(1割・2割・3割)が記載されています。所得によって異なります。急に「2割になった」という場合、2022年10月の改正で対象になった可能性があります。配慮措置の期間(2025年9月末まで)が終わるため、2025年10月以降の実際の負担額を事前に確認しておくとよいでしょう。
保険料の確認と納付方法
原則は年金からの特別徴収ですが、年金額が少ない場合は普通徴収(口座振替・納付書)になります。延滞すると滞納となり、保険証の有効期限が短縮される場合があります。納付方法の変更は市区町村の窓口で手続きできます。
後期高齢者医療制度のメリットとデメリット・注意点
メリット
- 窓口負担が原則1割(現役世代は原則3割)に抑えられる
- 高額療養費制度により、月の自己負担に上限がある
- 保険料が低所得者に対して大幅軽減される仕組みがある
- 被扶養者だった配偶者も独立して加入できる(保険料軽減あり)
デメリット・注意点
- 2022年10月から2割負担者が新設され、負担増の方が増えた
- 保険料が都道府県によって異なるため、引越しで保険料が変わる
- 傷病手当金・出産手当金の給付がない(現役加入の保険では支給されるケースがある)
- 少子高齢化の進行により、将来的な保険料上昇・給付削減が懸念される
よくある誤解
誤解1:「家族の健保の扶養に入ったまま75歳になれる」
これは誤りです。75歳になると、現役世代の家族の健康保険の扶養であっても、自動的に後期高齢者医療制度へ移行します。扶養から外れるため、子どもの健保組合の保険料が変わる場合があります。
誤解2:「後期高齢者医療制度では介護保険も一緒になる」
別々の制度です。介護保険(第1号被保険者:65歳以上)の保険料は市区町村が徴収します。後期高齢者医療制度の保険料と介護保険料は、ともに年金から天引きされることが多いため混同されがちですが、制度としては完全に別物です。
誤解3:「医療費は全額カバーされる」
窓口負担(1〜3割)は利用者が負担します。また、保険適用外の医療費(差額ベッド代・先進医療等)は全額自己負担です。入院時の食費(1食460円程度)も自己負担です。
誤解4:「保険証は自分で申請しなければもらえない」
自動的に送付されます。75歳の誕生日の前月末ごろ(誕生日が1日の場合は前々月末)に、都道府県の後期高齢者医療広域連合から新しい保険証(水色)が郵送されます。申請手続きは一切不要です。ただし住所変更が未反映の場合は届かない可能性があるため、転居直後の方は市区町村への住所変更届を忘れずに。
誤解5:「入院費は全額保険でカバーされる」
保険が適用される医療費の自己負担は1〜3割ですが、保険外の費用は全額自己負担です。入院の際に問題になりやすいのが「差額ベッド代」です。個室・2人部屋など「特別療養環境室」に入院した場合、差額ベッド代は保険外となり、全額患者負担になります。大部屋(4〜6人部屋)への入院を希望すれば差額ベッド代は発生しませんが、希望通りに入れないケースもあります。厚生労働省の2021年調査によると、差額ベッド代の全国平均は1日約6,600円です。
前期高齢者(65〜74歳)との違い:制度が変わる理由
65歳になると「前期高齢者」として介護保険の被保険者(第1号)になりますが、医療保険はそれまでの健康保険(会社の健保・国民健康保険)に引き続き加入します。75歳になって初めて後期高齢者医療制度に移行します。
この「65歳と75歳で制度が変わる」二重の線引きは、医療費と介護費用の両方が急増する年齢帯を考慮した設計です。75歳以上の1人あたり年間医療費は、65〜74歳の約2倍に達します。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、2040年には高齢化率が35.3%に達すると見込まれており、後期高齢者医療費のさらなる増大が見込まれます。
前期高齢者(65〜74歳)と後期高齢者(75歳以上)の窓口負担を比較すると、どちらも現役並み所得の場合は3割負担です。一般所得では前期は2割、後期は1割(2022年改正で2割対象者が拡大)となっており、後期の方が原則として低負担に設計されています。
まとめ:75歳から変わる3つのこと
後期高齢者医療制度について整理します。
- 75歳から自動加入の独立した医療保険制度(手続き不要)
- 財源は公費50%・現役世代からの支援金40%・保険料10%
- 保険料は均等割+所得割で算定、都道府県ごとに異なる
- 窓口負担:原則1割(一部2割・3割)、高額療養費で上限あり
- 2025年10月以降、2割負担への配慮措置が終了予定
- 傷病手当・出産手当がない点が現役保険との主な違い
- 親が75歳を迎えたら:保険証の切替・負担割合・納付方法を確認
日本の社会保障は複雑に見えますが、仕組みを理解すると「誰が誰の医療費を支えているのか」という社会の設計が見えてきます。現役世代が高齢者を支え、その高齢者がかつて現役だった時代に次世代を支えてきた。この連鎖の仕組みを知ることは、制度への理解を深めるだけでなく、自分自身の老後計画を考えるヒントにもなります。
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📚 参考文献・出典
- ・厚生労働省「後期高齢者医療制度の概要」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/koukikourei/index.html
- ・厚生労働省「令和4年度 国民医療費の概況」 https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-iryohi/22/index.html
- ・東京都後期高齢者医療広域連合「保険料について(令和6・7年度)」 https://www.tokyo- kouiki.jp/hoken/ryouritsu.html
- ・全国後期高齢者医療広域連合協議会「制度の解説」
📖 この記事について 本記事は、社会の制度や法律の”仕組み”を知る面白さをお届けし、世の中のルールに興味を持っていただくための読み物です。個別の法的判断を示すものではなく、制度は改正されることもあります。具体的なケースは専門家や公的機関にご確認ください。








































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