予防注射は犬の健康を守るための決まりだと、私は思っていました。ところが厚生労働省のQ&Aを読むと、義務の理由として挙げられているのは犬の体ではなく、人への被害とまん延の防止です。狂犬病予防法が犬の所有者に求めているのは、市町村への登録と、毎年1回の予防注射です。
この記事では、なぜ義務が犬だけなのか、日本で最後に発生したのはいつか、登録された犬のうち何割が注射を受けているかを、厚生労働省と環境省の公表資料、WHO(世界保健機関)のページで確かめます。2026年10月時点で確認できた数字だけを書きます。私は犬を飼っていないので、飼い主としての経験談はなく、資料と自分で計算した数字での整理です。
- 犬だけが対象なのは、人が感染する場合の感染源のほとんどが犬だから
- 国内での発生は、人が1956年、動物が1957年の猫を最後に確認されていない
- 令和5年度の全国の登録は6,054,519頭、注射は4,251,235頭で、計算した注射率は70.2%
- 世界の死者数は、厚労省の資料とWHOのページで数字が違う
狂犬病の予防注射が犬だけに義務づけられている理由
感染源のほとんどが犬だから
厚労省のQ&Aによると、狂犬病はすべての哺乳類に感染します。そのうえで、人が感染する場合の感染源となる動物のほとんどは犬であると言われています。アジアなどの流行地域でまん延の主な原因になっているのも犬です。
同じ資料には、世界中で狂犬病に感染する人の9割以上が犬から感染している、という説明があります。人への被害を防ぐには、犬の狂犬病を抑えるのが有効だという考え方です。注射の目的が犬の健康ではなく人を守ることだという整理は、私には少し意外でした。
WHOのページは「99%」と書いている
WHOの狂犬病のページは、人の狂犬病の症例のうち最大99%で、ウイルスの感染源が犬だと書いています。厚労省の「9割以上」とは言い方が違いますが、どちらも犬がほぼ全部を占めるという意味です。WHOはこのページで、犬へのワクチン接種を、人の狂犬病を防ぐ最も費用対効果の高い方法としています。感染を源で止められるからです。
日本の義務が犬に絞られているのは、動物ごとの危険の大小ではなく、人にうつる経路の多くが犬を通るからです。猫や野生動物が感染しないわけではない点は、後の「誤解」の節で触れます。
日本では1956年以降、国内で人の発生がない
最後の発生は人が1956年、動物が1957年の猫
厚労省のQ&Aによると、日本国内では人は昭和31年(1956年)を最後に発生がありません。動物では昭和32年(1957年)の猫での発生が最後です。現在の日本は、狂犬病の発生のない国とされています。
2026年から数えると、人の最後の発生から70年(2026−1956)です。狂犬病予防法の制定は昭和25年(1950年)で、動物の最後の発生は昭和32年(1957年)ですから、法律ができてから7年(1957−1950)になります。
法律ができてから動物の最後の発生まで、7年でした。この間の対策(登録、注射、放浪犬の抑留)が、それぞれどれだけ効いたかを切り分けた数字は、今回確認した資料にはありませんでした。
輸入例は3回ある
国内で感染したのではなく、海外で犬に咬まれて帰国後に発症した例は、昭和45年(1970年)のネパールからの帰国者1例、平成18年(2006年)のフィリピンからの帰国者2例、令和2年(2020年)のフィリピンからの入国者1例が報告されています。
合計すると4人です(1+2+1)。1970年から2020年までの50年で、海外で感染して帰国後に発症した人が4人いたことになります。
厚労省は、日本国内には発生がなくても、近隣諸国で狂犬病がまん延しているため、侵入のリスクは皆無ではないと説明しています。注射の義務が続いているのは、このリスクへの備えです。
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登録・注射・鑑札の3点セットで何が決まっているか
登録は取得から30日以内、対象は91日齢以上
厚労省のQ&Aによると、91日齢以上の犬の所有者は、その犬を所有してから30日以内に市町村へ登録し、鑑札の交付を受けます。あわせて狂犬病の予防注射を受けさせ、注射済票の交付を受けなければなりません。交付された鑑札と注射済票は、必ず犬に付けます。
登録がなぜ必要かについて、厚労省は、万が一日本で狂犬病が発生したとき迅速に対応するため、日頃から飼い犬がどこに何頭いるかを把握しておくことが大切だと答えています。厚労省の説明では、登録は発生時に動くための台帳という位置づけです。
注射は毎年1回、4月から6月が期間
毎年4月から6月は狂犬病予防注射の期間とされています。詳しい日程や会場は市町村の窓口に確認するよう、厚労省のページは案内しています。
この記事を書いている時点では、その期間を過ぎています。今年度の注射をまだ受けていない犬がいる場合は、市町村の窓口に確認するのが資料に沿った行動です。具体的な受け方まで書いた資料は今回確認できなかったので、自治体の案内を見てください。
鑑札は登録の証、注射済票は今年度の注射の証
鑑札は登録の証で、注射済票は注射を受けた証です。どちらも犬に付けておくことが義務です。飼い主を探す別の手段としては、犬や猫のマイクロチップが迷子の飼い主探しに役立つ仕組みがありますが、狂犬病予防法の登録と鑑札の義務は、これとは別に求められています。
| 義務 | 内容 | 資料にある時期・対象 |
|---|---|---|
| 登録 | 市町村に申請し、鑑札の交付を受ける | 所有してから30日以内・91日齢以上 |
| 予防注射 | 注射を受け、注射済票の交付を受ける | 毎年1回・4月から6月が期間 |
| 装着 | 鑑札と注射済票を犬に付ける | 常時 |
| ※厚生労働省「狂犬病に関するQ&A」による。最新の運用は市町村に確認してください | ||
全国で登録された犬と、注射を受けた犬は何頭か
登録頭数は減少傾向にある
環境省が厚労省のデータをもとにまとめた年次別の表があります。令和5年度の全国の登録頭数は6,054,519頭、予防注射頭数は4,251,235頭でした。環境省の表で登録頭数がいちばん多いのは6,880,844頭で、下の表の最初の行がその年度です。
平成21年度から令和5年度までに、登録頭数は826,325頭減りました(6,880,844−6,054,519)。減少率は12.0%です(826,325÷6,880,844)。
登録頭数に対する注射の割合を計算する
公表されている表には注射率の欄がありません。そこで登録頭数に対する予防注射頭数の割合を、自分で計算してみました。
| 年度 | 登録頭数 | 予防注射頭数 | 注射率(自分で計算) |
|---|---|---|---|
| 平成21年度 | 6,880,844 | 5,112,401 | 74.3% |
| 平成27年度 | 6,526,897 | 4,688,240 | 71.8% |
| 令和元年度 | 6,154,316 | 4,390,580 | 71.3% |
| 令和5年度 | 6,054,519 | 4,251,235 | 70.2% |
| ※登録頭数・予防注射頭数は環境省の年次別推移表(厚生労働省より)。注射率は予防注射頭数÷登録頭数で自分で計算 | |||
令和5年度は4,251,235÷6,054,519で70.2%です。登録されている犬のうち、注射の記録があるのは10頭中7頭。残りは1,803,284頭(6,054,519−4,251,235)、割合で約3割(29.8%)になります。
計算してみて、思ったより低い数字でした。ただし、この注射率には注意が要ります。分母は市町村に登録された犬だけで、登録されていない犬は含まれません。集計の細かい条件までは、資料から読み取れませんでした。「3割の犬が違反している」と読むのは早計です。
抑留される犬は大きく減った
鑑札や注射済票がない犬は抑留の対象
厚労省のQ&Aによると、登録されていない犬、予防注射を受けていない犬、鑑札や注射済票を付けていない犬は、捕獲・抑留の対象になります。放浪犬の抑留は、登録、予防注射とあわせて、日本が国内の狂犬病対策として実施している3本柱の1つです。
環境省の表では、抑留頭数が昭和35年に396,790頭、令和5年度に12,929頭と記録されています。
令和5年度は昭和35年の約3.3%(12,929÷396,790)、およそ31分の1です。また、抑留された犬のうち元の飼い主に返還された割合は、昭和35年が17.3%(68,650÷396,790)、令和5年度が49.3%(6,372÷12,929)でした。
抑留される犬は大きく減り、返還される割合は上がっています。原因までは資料に書かれていません。なお、抑留後に飼い主に返還されなかった犬の中には、第三者に譲渡された犬も含まれます。保護された犬猫の行き先は、保護犬・保護猫が家族になる仕組みで整理しています。
登録・注射・装着をしないと20万円以下の罰金
飼い犬を登録していない所有者、予防注射を受けさせていない所有者、鑑札や注射済票を付けていない所有者は、20万円以下の罰金の対象になります。厚労省のQ&Aが明記している数字です。
世界の死者数は厚労省とWHOのページで違う
同じWHOの推計なのに、新しい数字は小さい
厚労省のQ&Aは、WHOの推計として、世界で年間におおよそ5万9千人が狂犬病で亡くなっていると書いています。このうち95%はアフリカ、アジアでの死亡者と言われています。
ところが、WHOの狂犬病のページ(2026年9月17日付)には、2021年の世界保健推計モデルによる年間の死者数が44,203人とあります。同じページには、監視体制の弱さなどのため、実際の死者数はかなり過少に報告されている可能性が高い、という注意書きもあります。
厚労省とWHOの2つのページを並べたら、数字が揃いませんでした。WHOのページの数字が2021年のモデルによることは確認できましたが、厚労省の5万9千人がどの年の推計なのかは、Q&Aに書かれていません。どちらが正しいかは、今回の資料では決められませんでした。
差は14,797人です(59,000−44,203。厚労省の数字は「おおよそ」なので概数)。
どちらの数字でも、日本は「発生のない国」という点は変わらない
世界の数字が違っても、日本国内の最後の発生が1956年と1957年だという事実は動きません。WHOのページは、狂犬病が主にアジアとアフリカの問題だと書いています。厚労省が侵入のリスクを挙げているのは、近隣諸国でまん延しているからです。
咬まれたときと海外へ行くときに知っておくこと
海外で犬に咬まれたら傷口を洗って、すぐ医療機関へ
厚労省のQ&Aは、東南アジアなどの流行国で、狂犬病が疑われる犬や猫、野生動物に咬まれた場合は、まず傷口を石けんと水でよく洗い流し、できるだけ早く医療機関を受診するよう求めています。WHOのページは、傷口を石けんと水で少なくとも15分間洗うと書いています。
発症後は効果的な治療法がなく、ほぼ100%が亡くなります。感染が疑われる場合に、咬まれた直後から連続してワクチンを接種する暴露後ワクチン接種を行うことで、発症を抑えられます。潜伏期は一般に1か月から3か月ですが、長い場合は1年から2年後に発症した例もあります。発症前に感染しているかどうかを診断することはできません。
日本国内で犬に咬まれた場合は感染の心配がない
国内の場合、狂犬病は発生していないので感染の心配はない、と厚労省は答えています。海外旅行の予定がある人は、渡航先でも野良犬や野生動物に近づかないようにするのが基本です。
犬を連れて海外へ行く場合は動物検疫所
犬を海外に連れて行ったり、海外から連れて帰ったりする場合は、農林水産省の動物検疫所で検疫を受ける必要があります。必要な手続きの詳細は、動物検疫所に確認してください。
自分の場合に何を確認するかの判断の順番
立場ごとに最初に見るところが違う
| 立場 | 最初に確認すること | 確認先 |
|---|---|---|
| これから犬を迎える人 | 所有してから30日以内の登録と、91日齢以上での注射 | 市町村の窓口 |
| すでに飼っている人 | 鑑札と注射済票が手元にあるか、今年度の注射を受けたか | 市町村の窓口・獣医師 |
| 犬を連れて海外へ行く人 | 検疫の手続き | 農林水産省 動物検疫所 |
| ※厚生労働省「狂犬病に関するQ&A」の説明に沿って整理 | ||
犬を飼っていない人にとっての意味
私のように犬を飼っていない人は、この制度が自分の生活に直接関わることはありません。ただ、厚労省が注射の理由に挙げているのは人への被害の防止なので、飼い主でない人にも関わる制度です。海外へ行く予定があるなら、前の節で書いた咬まれたときの対応は覚えておく価値があります。
狂犬病予防注射のよくある誤解
日本は発生がないので、注射はもう必要ない
厚労省は、国内に発生がなくても近隣諸国でまん延しており、日本への侵入リスクは皆無ではないとしています。輸入例として、1970年、2006年、2020年に海外から持ち込まれた発症例が報告されています。犬の登録と注射は、万が一の侵入に備える対策です。
猫は義務がないので、狂犬病にならない
狂犬病はすべての哺乳類に感染します。日本で動物として最後に発生したのは、1957年の猫でした。法律で登録と注射を義務づけているのが犬だけなのは、感染源の多くが犬だからで、猫が感染しないからではありません。
咬まれたら必ず発症する
発症すればほぼ100%が亡くなりますが、感染の疑いがある場合に、咬まれた直後から連続してワクチンを接種することで発症を抑えられます。海外で咬まれたときに、受診をためらわないことが大切です。なお、日本国内の場合は、狂犬病は発生していないので感染の心配はない、と厚労省は答えています。
まとめ:狂犬病予防注射は、犬の体より人への被害を防ぐための義務
狂犬病予防注射が犬だけに義務づけられているのは、人が感染する場合の感染源のほとんどが犬だからです。登録は発生時に迅速に動くための台帳、注射は犬でのまん延を防ぐための対策、抑留は放浪犬をなくすための対策で、この3つで国内の発生を防いできました。
日本国内では人が1956年、動物が1957年の猫を最後に発生がなく、2026年時点で70年が経ちます。令和5年度は全国で6,054,519頭が登録され、4,251,235頭が注射を受けました。私の計算では注射率は70.2%で、平成21年度の74.3%より下がっています。数字の見方には登録されていない犬が含まれない点に注意が要ります。
犬を飼っている人は、鑑札と注射済票があるか、今年度の注射を受けたかを確認してください。受けていなければ、市町村の窓口か獣医師に相談できます。海外で犬に咬まれたら、石けんと水で傷口を洗い、すぐ医療機関を受診してください。最新の運用は、お住まいの市町村と厚生労働省の公表ページで確認できます。
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📚 参考文献・出典
- ・厚生労働省「狂犬病に関するQ&A」(国内の発生状況・登録と注射の義務・罰則・世界の死者数・咬まれたときの対応) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/rabies_qa.html
- ・環境省「犬の登録頭数と予防注射頭数等の年次別推移(全国:昭和35年~令和5年度)」(厚生労働省より) https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/statistics/files/r06/2_6.pdf
- ・WHO「Rabies」(犬が感染源となる割合・年間死者数の推計・犬へのワクチン接種) https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/rabies
📖 この記事について 本記事は、犬の登録と狂犬病予防注射の仕組みを公的資料で整理した読み物です。愛犬の注射や健康に関する個別の判断は、獣医師や市町村の窓口にご確認ください。










































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