「なぜ今の判定がVARで覆ったの?」「VARって審判が映像を見るだけでしょ?」——サッカーの試合中にVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)による判定変更が起きるたびに、こんな疑問を持ったことはありませんか。VARは2018年ロシアW杯で本格導入されて以来、サッカーの判定を大きく変えた革命的なシステムです。しかし、その具体的な仕組みや介入条件を正確に理解しているファンは多くありません。
この記事では、VARの仕組みを「介入の4条件」「判定フロー」「使われる最新テクノロジー」「メリット・デメリット」まで、図解を交えてわかりやすく解説します。試合観戦が趣味の方はもちろん、サッカーの審判制度に興味がある方にも役立つ内容です。
VARとは?従来の審判システムとの違い
VAR(Video Assistant Referee)は、ピッチ外のビデオオペレーションルーム(VOR)から試合映像をリアルタイムで監視し、主審の判定をサポートする審判員のことです。2016年にIFAB(国際サッカー評議会)が試験導入を承認し、2018年ロシアW杯で正式採用されました。Jリーグでは2020年シーズンからJ1で本格導入されています。
従来の審判システムでは、主審1名+副審2名+第4の審判1名の計4名で試合を管理していました。VARの導入により、これにVAR1名+AVAR(アシスタントVAR)1名以上+RO(リプレーオペレーター)1名が加わり、合計7名以上で判定を行う体制になりました。
VARの基本理念:「最小限の干渉で最大の利益」
VARの運用原則は「Minimum Interference, Maximum Benefit(最小限の干渉で最大の利益)」です。これは、VARがすべてのプレーに介入するのではなく、明白な誤審(Clear and Obvious Error)または重大な見逃し(Serious Missed Incident)がある場合のみ主審に通知する、という意味です。VARは「ジャッジマシーン」ではなく、あくまで主審の判断をサポートする存在です。
VARが介入する4つの条件を図解で理解する
VAR介入の4条件(IFAB規定)
ゴールの有効性
(ファウル・オフサイド)
PKか否かの判断
(ペナルティエリア内)
退場に値する行為
(※2枚目黄色は対象外)
警告・退場の
対象選手の間違い
上記4場面以外ではVARは介入しない(イエローカード単独の判定など)
ここが意外と見落としがちなポイントですが、イエローカード(1枚目)の判定にはVARは介入しません。「あれはイエローじゃなくてレッドだ!」というケースでは介入しますが、「あれはファウルじゃない!」レベルの判定は対象外です。VARが全プレーの善し悪しを判定するシステムではないことを理解しておきましょう。
得点場面の介入:ゴールが認められるまでの流れ
ゴールが決まった瞬間、VARは攻撃の起点まで遡ってオフサイド・ファウル・ハンドボールの有無を確認します。2022年カタールW杯では、全64試合で約24回のVAR介入があり、そのうち得点に関するものが最も多くを占めました。
PK判定の介入
ペナルティエリア内での接触プレーがPKに値するかどうかは、サッカーで最も議論が分かれる判定です。VARは映像で接触の有無・程度・場所を確認し、「明白な誤り」があれば主審に通知します。ただし、接触があっても「選手が大げさに倒れた(シミュレーション)」と判断すれば、PKは取り消されます。
VAR判定の具体的なフロー
VAR判定フロー
(全角度の映像チェック)
(インカムで連絡)
(ピッチ横のモニターで確認)
(TVシグナルで告知)
OFR(On-Field Review)とは、主審自身がピッチ脇のモニターで映像を確認する手順です。VARが「明白な誤り」を発見した場合、主審にOFRを推奨します。ただし、オフサイドの判定は映像で線を引けば客観的に判断できるため、主審のOFRなしにVARの判断だけで覆ることがあります。
あなたがテレビで試合を見ていて、主審が耳に手を当てるジェスチャーをしたら、それはVARからの連絡を受けている合図です。その後、ピッチ脇のモニターに向かえばOFRが始まる、という流れです。
VARを支える最新テクノロジー
半自動オフサイドテクノロジー(SAOT)
2022年カタールW杯から導入されたSAOT(Semi-Automated Offside Technology)は、スタジアムの天井に設置された12台のトラッキングカメラが選手の身体29ポイントを1秒間に50回計測し、さらにボール内蔵センサーが1秒間に500回位置データを発信します。これにより、従来は数分かかっていたオフサイド判定が数秒で完了するようになりました。FIFA(国際サッカー連盟)によると、SAOTの導入でオフサイド判定の精度は97%以上に向上したとされています。
GLT(ゴールラインテクノロジー)
VARとは別に、ボールがゴールラインを完全に越えたかどうかを判定するGLTも2012年から導入されています。磁場方式(ゴールポストにセンサー)やカメラ方式(ホークアイ)があり、判定結果は1秒以内に主審の腕時計に送信されます。VARが導入される前から存在する技術で、2014年ブラジルW杯で初採用されました。
コネクテッドボール
2022年カタールW杯で使用されたアディダス「アル・リフラ」には、ボール内部にIMU(慣性計測装置)センサーが搭載されていました。1秒間に500回のデータ送信により、キック・ヘディング・ハンドボールなどの接触ポイントを高精度で特定できます。
VARのメリット:誤審の減少と公平性の向上
重大な誤審の劇的な減少
IFAB(国際サッカー評議会)の調査によると、VAR導入前の主審の判定正確率は約93%でしたが、VAR導入後は98.9%に向上しました。特にPK判定とオフサイド判定の精度が大幅に改善されています。2010年南アフリカW杯でイングランド対ドイツ戦で起きた「幻のゴール」のような重大な誤審は、VAR導入後はほぼゼロになりました。
シミュレーション(ダイビング)の抑止力
映像で確認されるため、大げさに倒れてPKを獲得しようとする行為が減少しました。VARが導入されたリーグでは、シミュレーションによるPK獲得が有意に減少しているという統計もあります。
試合結果への信頼性向上
「あの試合は誤審で決まった」という議論が減り、試合結果に対する信頼性が高まっています。特にリーグの昇降格や優勝争いなど、1試合の判定が数十億円規模の経済的影響を持つ場面では、VARの存在意義は極めて大きいです。
VARのデメリット・課題
試合の流れが中断される
VAR判定には平均して60〜90秒、長い場合は3分以上かかることがあります。ゴールが決まった瞬間の歓喜が「VAR確認中」で中断され、結果的に取り消される場合、選手もファンも大きなストレスを感じます。「喜んでいいのかわからない」という状態は、サッカーの感動を損なうという批判があります。
導入コストが高額
VARシステムの導入・運用には1シーズンあたり数億円規模のコストがかかります。カメラ設備、通信インフラ、専門審判員の人件費などが必要で、Jリーグでも当初はJ1のみの導入にとどまりました。2023-2025シーズンではJ2の一部試合にも拡大されましたが、アマチュアリーグや途上国のリーグには経済的に導入が困難です。
「明白な誤り」の解釈に主観が残る
VARが介入するのは「明白な誤り」がある場合ですが、何が「明白」かは最終的に人間の判断に委ねられます。同じ場面でも国や審判によって介入の基準が異なるケースがあり、完全な統一基準の策定は困難です。結局、VARが導入されても「判定への不満」は完全にはなくなりません。
VARの判定基準と観戦のポイント
テレビ観戦で注目すべきサイン
主審が右耳に手を当てる→VARとの通信中。主審がモニター前で四角形(TVシグナル)を描く→OFR開始。主審が再度TVシグナルを描く→判定変更。この一連の流れを知っておくだけで、VAR介入時に何が起きているかリアルタイムで理解できます。あなたがもし「VARの時間が長くて退屈」と感じているなら、この流れに注目するとむしろ緊張感を楽しめるかもしれません。
オフサイドラインの見方
テレビ放送では、VARによるオフサイド判定時にCGの線が引かれます。攻撃側選手の最も前に出ている身体の部位(手・腕を除く)と、守備側から2番目の選手の位置を比較します。SAOTの導入により、このラインは人間の目では判断できないミリ単位の精度で引かれています。
よくある誤解
誤解1:「VARはすべてのファウルを判定できる」
VARが介入するのは前述の4条件のみです。フリーキックの判定やイエローカード単独の判定には介入しません。「あのファウルをVARで見てほしかった」という声は多いですが、制度上それはできないのです。
誤解2:「VARが判定を変えている」
判定を下すのはあくまで主審です。VARはモニターの映像を見せて「もう一度確認しませんか」と提案するだけで、最終決定権は常に主審にあります。VARが「ゴールを取り消した」のではなく、「主審がVARの助けを借りてゴールを取り消した」が正確な表現です。
誤解3:「VARがあれば誤審はゼロになる」
VARはあくまで人間の判断を補助するシステムです。「明白な誤り」の基準自体が主観的であり、ハンドボールの「故意性」やPKの「接触の程度」はVARがあっても議論の余地が残ります。誤審をゼロにするのではなく、重大な誤審を大幅に減らすのがVARの目的です。
誤解4:「VAR導入はサッカーの価値を下げている」
確かに試合の流れが中断されるデメリットはありますが、FIFAの調査では観客の約70%がVARの導入を支持しています(2023年調査)。特に重要な試合で「誤審による敗退」がなくなったことは、選手・チーム・ファンの利益に直結しています。
まとめ:VARは「完璧な正義」ではなく「進化する道具」
この記事では、VAR判定の仕組みを介入条件・判定フロー・最新テクノロジー・メリット/デメリットまで解説しました。ポイントを振り返ります。
- VARは「得点」「PK」「レッドカード」「人違い」の4場面でのみ介入する
- 判定を下すのは主審。VARはサポート役で、最終決定権は持たない
- SAOT(半自動オフサイドテクノロジー)により、オフサイド判定の精度は97%以上に向上
- VARの導入で判定正確率は93%→98.9%に改善(IFAB調査)
- 試合中断・高コスト・「明白な誤り」の主観性という課題は依然として存在する
- VARは「誤審をゼロにする道具」ではなく「重大な誤審を減らす進化中のシステム」
VARの仕組みを理解した上で試合を観ると、判定の瞬間に「今VARが介入するかどうか」を予測する楽しみが生まれます。次にサッカーを観戦するときは、主審のジェスチャーとVARの4条件に注目してみてください。
📚 参考文献・出典
- ・日本サッカー協会(JFA)「VARの実施手順」 https://www.jfa.jp/laws/soccer/var/
- ・Jリーグ公式「VAR(ビデオアシスタントレフェリー)とは?」 https://www.jleague.jp/a-to-z/VAR/
- ・IFAB(国際サッカー評議会)「Laws of the Game – VAR Protocol」
- ・FIFA「Semi-Automated Offside Technology at the FIFA World Cup Qatar 2022」







































