宇宙飛行士がふわふわ浮かぶ映像を見て、私は長いあいだ「宇宙には重力がないから浮くのだ」と思っていました。実際は逆です。国際宇宙ステーション(ISS)の高度でも、地球の重力は地上の88.8%もあります。それでも体が浮くのは、ステーションも飛行士も同じ加速度で「落ち続けている」からです。
この記事では、重力が残っているのになぜ浮くのか、なぜ落ちているのに地面にぶつからないのか、そして浮いた状態が体にどんな影響を出すのかを、NASAとJAXAの資料で確かめた範囲で整理します。ステーションが飛ぶ軌道のしくみそのものは人工衛星がなぜ落ちないのかを扱った記事に書いているので、ここでは「中にいる人から見て、なぜ浮くのか」に絞ります。2026年10月時点の内容です。
- ISSの高度でも重力は地上の88.8%(NASA)。重力がなくなったわけではない
- 浮いて見えるのは、ステーションと人が同時に自由落下しているから
- 落ち続けても地面に当たらないのは、横に秒速7km台で進んでいて地球の丸みに逃げられるから
- NASAが「無重力」ではなく「微小重力」と呼ぶのは、地上の100万分の1程度の加速度が残るため
- 浮いた状態は骨や筋肉を弱らせるため、ISSの飛行士は1日平均2時間運動する
ISSの高度でも重力は地上の88.8%ある
NASAの数字は「約9割」
NASAの解説ページには、地表から約250マイル(約400km)の高さで、地球の重力は地表の強さの88.8%だと書かれています。ISSの高度は、NASAの国際宇宙ステーション紹介ページで370〜460kmの範囲とされています。JAXAの資料も「ISSの高度約400km」と書いているので、この数字と同じ高さの話です。
「宇宙に出れば重力がなくなる」というイメージは、この数字の前では成り立ちません。重さが約1割減るだけで、体が浮くほどの変化ではないからです。
体重60kgの人なら、ISSの高度で量れる重さは60×0.888≒53kgです。
自分でも確かめてみました。重力は地球の中心からの距離の2乗に反比例して弱まります。地球の半径を6,371km、高度を400kmとすると、重力は地上の (6371÷6771)² ≒ 0.885、つまり約88.5%です。NASAの88.8%とほぼ同じ値になります(半径や高度の丸め方の違いによる誤差です)。
私の勘違いと、浮く本当の理由
重力が9割も残っているのに、なぜ浮くのか。答えは、飛行士の体が浮いているのではなく、ステーションごと一緒に落ちているからです。NASAの説明では、微小重力は物体が自由落下しているときに生じる状態とされ、ステーションも中の飛行士も道具も、すべて同じ加速度で落ちています。
落ちる速さがみんな同じなので、床が飛行士を押し上げることがありません。体重計に乗っても針が動かず、足の裏に床を感じない。この「押される感覚がない」ことが、浮いている正体です。
落ち続けているのに、なぜ地面にぶつからないのか
NASAが使うニュートンの大砲の考え方
NASAの解説ページは、ニュートンの思考実験で軌道を説明しています。高い山の頂上に大砲を置いて弾を撃つと、弾は地面に落ちます。撃つ速さを上げるほど、遠くに落ちます。ちょうどよい速さで撃つと、弾は落ちながら地球を回り込んで、ずっと落ち続ける状態になります。これが軌道です。
ステーションがやっているのは、このずっと落ち続ける状態です。「落ちているのに地面に着かない」のは矛盾ではなく、落ちる先の地面のほうが、丸みで遠ざかっているからです。ロケットがなぜその速さまで加速できるのかはロケットの推進原理の記事で扱っています。
時速約28,000kmという速さの意味
NASAの説明では、軌道上の物体は時速17,500マイル(時速28,000km)で飛んでいます。ISSは約90分で地球を1周し、1日に16周します。1日16周するので、日の出も日の入りも周回の数だけ見えます(NASAのISS数字集)。
24時間×60分÷16周=90分で、「約90分で1周」と一致します。
計算で横方向の速さを出してみます。地上の約88.5%の重力(8.68m/s²)の下で、半径6,771kmの円軌道を回るのに必要な速さは √(8.68×6,771,000) ≒ 7,667m/s、時速に直すと約27,600kmです。NASAの時速28,000kmとほぼ重なります。
この速さで1秒間に進む約7.7kmの間に、地球の表面は曲がって約 7.67²÷(2×6771)=0.0043km、つまり約4.3m下がります。一方、重力で1秒間に落ちる距離は ½×8.68×1² ≒ 4.3m。落ちる量と地面が逃げる量が、ちょうど同じになります。
この一致が「落ち続けても当たらない」仕組みの核心です。速すぎれば軌道が大きくふくらみ、遅すぎれば地面に近づきます。ISSの軌道は、その釣り合いの上にあります。
宇宙飛行士が浮く理由を、どう思っていましたか?
- 宇宙には重力がないから
- 地球から遠いから重力が届かない
- 落ち続けているからと知っていた
- 考えたことがなかった
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「無重力」でも「微小重力」でもなく、NASAが後者を使う理由
1×10⁻⁶ gという数字
NASAは、ステーション内の状態を「無重力(0g)、より正確には微小重力(1×10⁻⁶ g)」と説明しています。1×10⁻⁶ gは、地上の重力加速度を1としたときの100万分の1です。完全なゼロではなく、わずかな力が残っているということです。
私が調べながら気づいたのは、ここで「重力が弱い」という意味の微小と、「落ちている結果として感じる力が小さい」という意味の微小が、別の話だということです。ISSの重力は88.8%と強いままです。小さいのは、中の人や物が感じる力のほうです。
JAXAが「きぼう」で使っている環境
JAXAは日本の実験棟「きぼう」を、微小重力を使った実験の場として紹介しています。JAXAの特徴説明には、宇宙環境では浮力がほとんどないため、軽い材料と重い材料を均一に混ぜられるとあります。地上では重い成分が沈んでしまう混ぜ物でも、微小重力なら沈まずに混ざります。浮く現象は、飛行士の体だけでなく、ものづくりの実験にも使われています。
地上でも「落ちる」と浮く。ジェット機と落下塔
20〜25秒の放物線飛行
NASAは、飛行機を放物線を描くように飛ばして、20〜25秒の微小重力をつくる試験をしていると説明しています。これも原理はISSと同じです。飛行機が機体ごと自由落下すると、中の人は同じ加速度で落ちるので浮きます。ジェットコースターの丘を越えるときにお尻が浮く感覚も、同じ種類の現象だとNASAは書いています。
NASA グレン研究センターの落下施設
NASAのグレン研究センターには、深さ約500フィートの縦穴があり、真空にした穴の中を実験装置が落下して、5秒強の微小重力が得られます。このほかに2.2秒の短い落下塔もあります。軌道に乗らなくても、落ちている間は浮くのです。
逆にいえば、ISSの飛行士は、5秒でも25秒でもなく、何か月も続く自由落下の中にいます。違いは、落ちる先の地面が丸みで逃げ続けるかどうかだけです。
浮いた状態は、体にとって楽ではない
骨は1か月で約1%弱る
NASAは、宇宙に1か月いるごとに、体重を支える骨が何も対策しなければ約1%ずつ弱くなると説明しています。体重を支える必要がない環境では、骨が地上のままの量を保てなくなります。
対策なしで6か月続いたと仮定すると、単純に足し算して約6%。実際のISS長期滞在は半年前後のことが多いので、この規模の変化が運動なしでは起こりうる、という目安です(式は1%×6か月で、私の概算です)。
1日平均2時間の運動
このためISSの乗組員は、平均で1日2時間運動しています。NASAの説明にあるのは、バーベルのような負荷をかける装置ARED、ハーネスで体を床に押し付けるトレッドミル、筋肉の成長に関わる遺伝子の発現低下を調べる研究などです。浮ける環境は楽しそうに見えますが、地上に戻ったときの体を守るための仕事が、毎日の予定に入っています。
骨や筋肉は、地上の重さに合わせて維持されていたのだと、この数字から逆に分かります。ふだん私たちが無意識に支えている体重が、骨の量を決めているのです。
ステーションの映像を見るときの読み方
2026年のISSはどんな状況か
NASAの紹介ページでは、ISSは20年以上、人が住み続けていて、少なくとも2030年まで研究施設として運用される予定です。これまでに26か国から290人を超える人が滞在しました。大きさは端から端まで約109mで、アメリカンフットボール場とほぼ同じ長さです(NASA)。
2030年までという予定を知ると、いま見られる宇宙飛行士の映像は、あと数年分しか続かない可能性もあると分かります。次の宇宙ステーションがどんな形になるかは、この記事では確かめきれていないので触れません。
明日、台所でできる確かめ方
自由落下で浮く仕組みは、家でも確かめられます。底に小さな穴を開けた紙コップに水を入れると、水は穴から勢いよく出ます。そのコップを手から離して落とすと、落ちている間は水の噴き出しが止まります。コップも水も同じ加速度で落ちるので、水がコップの底を押さなくなるからです(私の理屈での説明で、数字は測っていません。やるときは、シンクの上で)。
映像と解説を読むときの注意点
「宇宙は無重力」は短縮表現として通じる
ニュースや科学館の解説で「無重力」と言うのは、間違いというより短縮表現です。NASAの資料でも、0gという言い方と、より正確な微小重力という言い方が並んでいます。本当にゼロだと思い込むと誤解になりますが、浮く状態を指す言葉としては通じます。
数字は軌道の高さで変わる
88.8%という値は、約250マイル(約400km)の地点の話です。高度が高くなれば重力は弱くなり、低ければ強くなります。ISSの高度は370〜460kmの幅で動くので、重力の割合も幅を持つことになります。数字だけ覚えず、「9割近い」という感覚で捉えるほうが安全です。
ステーション内の「ゼロ」は完全なゼロではない
1×10⁻⁶ gという残りがあるので、精密な実験では、ステーション内でもわずかな揺れや加速度を測って補正します。この記事ではその具体的な方法までは確かめていないので、ここでは触れません。
「浮く」を判断するときの目安
重力があるかどうかではなく、床が押してくるかどうか
地上で「重さを感じる」のは、重力そのものではなく、床や椅子が体を押し返す力を感じているからです。エレベーターが下降を始めた瞬間に体が軽くなるのは、床が押す力が一時的に減るからです。ISSでは、この状態が続きます。
記事や動画を見たときに問うこと
宇宙の話で「重力がない」と言われたら、次の2点を見るとよいです。1つは、その物体は自由落下しているか。もう1つは、重力そのものの強さの話か、感じる力の話か。この2点を分けるだけで、無重力まわりの話のほとんどは整理できます。
よくある誤解
宇宙には重力がないから浮くのですか?
いいえ。NASAの説明では、地表から約250マイル(約400km)の高さでも、地球の重力は地表の88.8%の強さがあります。浮いて見えるのは、ステーションと中の人が同じ加速度で自由落下しているためです。
ステーションは落ちていないから地球を回れるのですか?
いいえ。落ち続けています。ただし横方向に秒速7km台で進んでいるので、落ちる分だけ地球の表面が丸みで下がり、地面に近づきません。NASAはニュートンの大砲の考え方でこれを説明しています。
微小重力は「重力が小さい」という意味ですか?
いいえ。ステーションの重力は88.8%と強いままです。NASAが微小重力と呼ぶのは、自由落下の結果として中で感じる力が、地上の100万分の1程度(1×10⁻⁶ g)まで小さくなる状態のことです。
まとめ:浮く理由は「落ち続けている」から
ISSの高度でも重力は地上の88.8%あります。それでも体が浮くのは、ステーションと飛行士が同じ加速度で自由落下しているからで、床が体を押し返さないため重さを感じません。落ちても地面に当たらないのは、時速約28,000kmで横に進んでいて、地球の丸みの分だけ地面が逃げるからです。
浮いている状態は快適なだけではなく、骨や筋肉を弱らせるため、飛行士は平均で1日2時間運動します。「重力がない」と聞いたときは、「落ちているのか」「強さの話か、感じる力の話か」を見分けると、宇宙の話はぐっと読みやすくなります。
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📊 「宇宙ステーションでなぜ体は浮くのか|重力は地上の88.8%ある、無重力ではなく自由落下」はこんな人に読まれています
📚 参考文献・出典
- ・NASA Glenn「What is Microgravity?」 https://www.nasa.gov/centers-and-facilities/glenn/what-is-microgravity/
- ・NASA「Space Station Facts and Figures」 https://www.nasa.gov/international-space-station/space-station-facts-and-figures/
- ・NASA「International Space Station」 https://www.nasa.gov/reference/international-space-station/
- ・NASA「Counteracting Bone and Muscle Loss in Microgravity」 https://www.nasa.gov/missions/station/iss-research/counteracting-bone-and-muscle-loss-in-microgravity/
- ・JAXA「きぼう利用 宇宙環境の特徴」 https://iss.jaxa.jp/en/kiboexp/seu/features/










































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