なぜ印旛沼の決壊で難防除雑草ナガエツルノゲイトウが広がるのか|切れ端から増える仕組み

台風25号で堤防が決壊した印旛沼について、10月に入って「難防除雑草が拡散する恐れ」という報道が出ています。雑草の名前はナガエツルノゲイトウ。南米原産の水草で、東京新聞によると1990年に印旛沼で発見されて以来、千葉県内の河川や用水路、水田へ流れ込んできました。

洪水のあとに心配するのは、泥と水位と停電だと私は思っていました。植物が水に運ばれて、乾いた陸地にまで根づくという筋道は、この報道を読むまで頭にありませんでした。この記事では、ナガエツルノゲイトウがなぜ「難防除」と呼ばれるのか、洪水がなぜ拡散につながるのかを、農林水産省・農研機構・千葉県の資料で確かめた範囲で整理します。2026年10月時点の情報です。

  • 印旛沼は台風25号で堤防2カ所が決壊し、1968年の管理開始以来初めてだった
  • ナガエツルノゲイトウは日本では種子をつけず、茎や根の断片から再生する
  • 地上を刈り取っても、深さ50cm以上に伸びる直根から再生する
  • 洪水や河川の氾濫でも拡散すると、農研機構が整理している
  • 見つけても、生きたまま運んだり持ち帰ったりしてはいけない
目次

印旛沼の決壊で何が心配されているのか

最初に、ニュースの中身を確認します。決壊そのものの数字と、雑草の心配が出てきた経緯を分けて見ていきます。

決壊の経過と水位の数字

共同通信によると、台風25号の記録的な大雨で印旛沼の水位が過去最高に達し、堤防2カ所が決壊しました。独立行政法人水資源機構の発表で、1968年に管理を開始してから決壊は初めてです。KABの報道では、印旛沼の最高水位は一時5.04メートルで、管理開始以降の最大でした。

千葉日報によると、成田市側の北沼で決壊したのは船形干拓の堤防の一部で、県の説明では約100メートルが崩れました。9月24日の正午には、北沼の水位は危険性の高い計画高水位を数十センチ上回る状況を脱していました。冠水がなぜ起きるのかは、台風で道路が冠水する仕組みを扱った記事で内水氾濫と排水の面から整理しています。

雑草の心配が出てきたのは決壊の後

10月3日の東京新聞は、決壊した印旛沼周辺で、沼に自生する外来生物の拡散が危ぶまれていると報じました。地元の農家が懸念しているのが、「地上最悪の侵略的植物」の異名を持つナガエツルノゲイトウです。県は、見つけた場合の駆除とアプリによる報告を呼びかけています。

10月5日のテレビ朝日系の報道では、4日に国土交通大臣と千葉県知事が現場を視察しました。県のホームページには「外来水生植物が拡散されている可能性があることから、県民参加型の調査(投稿)にご協力をお願いします」という呼びかけが載っています。県は、この水草が田んぼに入り込むと排水の妨げや水質悪化を招く可能性があるとして、集まった情報を踏まえて対応を検討する、と説明しています。

決壊の映像は大きく、雑草の話は地味です。見出しの熱の差が大きい分、私は雑草のほうを落ち着いて調べておきたいと思いました。

ナガエツルノゲイトウはなぜ「難防除」と呼ばれるのか

難防除という言葉は、除草剤を撒けば片づく雑草ではない、という意味で使われます。農研機構の資料は、ナガエツルノゲイトウの被害の例として「除草剤が効きにくく防除困難」を挙げています。理由は体のつくりにあります。

切れ端のひとつひとつが新しい株になる

農研機構によると、ナガエツルノゲイトウは南米原産のヒユ科の多年草で、国内の系統は種子をつけません。増えるときは、茎が千切れやすく、節や根から活発に再生するという性質を使います。農林水産省の資料も、茎や根の断片からでも容易に植物体が再生すると説明しています。東京新聞は、数センチの断片でも生い茂り、陸地でも根づくと書いています。

種子で増える植物なら、花が咲く前に抜けば止められます。この草は花が咲かなくても、ちぎれた1片が次の1株になります。

地上を刈っても根から戻る

農林水産省の資料では、直根は50cm以上の深さになり、地上を刈り取っても根から再生します。そのため早期発見・早期駆除が非常に重要だと書かれています。千葉県の資料も、茎に節があり、茎が千切れても節から根を出して繁殖すると説明しています。

私は水草を「水が引けば枯れるもの」と思っていました。この見方は外れていました。農研機構の資料は、水陸両生で畦畔や畑地にも侵入し、耐塩性も高いと書いています。農林水産省の資料でも、河川や水路、ため池、水田、あぜのほか、乾燥にも強く畑など陸上で生育するとあります。水位が下がっても、この草の居場所はなくなりません。

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洪水は水草をどう運ぶのか

洪水は水草をどう運ぶのか
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マット状の群落がちぎれて漂流する

千葉県の資料によると、ナガエツルノゲイトウは水上で茎が絡まり合ってマット状の群落をつくります。そのマットは、波・増水・風などで一部が漂流し、別の場所に新たに定着します。農林水産省の資料も、茎はちぎれやすく水に浮くため、断片が水流によって運ばれて新たな地で定着すると説明しています。

増水は、群落を引きちぎる力であり、断片を遠くまで運ぶ流れでもあります。決壊で水が一気に広がった今回は、その両方が同時に起きた形です。

農地への入り口は洪水だけではない

農研機構は、農地への侵入経路と拡散の様式を図にまとめています。洪水や河川の氾濫によっても拡散する、という記述は、その経路のひとつです。ほかには次のものが挙げられています。

経路 農研機構の説明
かんがい水 根や茎の断片がかんがいを通じて農地に侵入し、給水栓付近から定着する
畔塗り 畔塗りで畦畔に断片が埋め込まれ、畦畔から水田内へ侵入する
農機への付着 農機などに付いた断片は、ほかの農地に移動しやすい
代かき 代かき時に流出した断片が、水田の外へ出ていく
洪水・氾濫 洪水や河川の氾濫によっても拡散する
※農研機構「ナガエツルノゲイトウの侵入・定着を防ぎましょう」(2024年2月版)をもとに作成

洪水以外の4つは、すべて人の作業や水の管理に絡んでいます。人が手を動かすたびに断片が動く、という点が、この草の厄介さを物語っています。

田んぼや水路に入るとどうなるのか

田んぼや水路に入るとどうなるのか
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収穫と水の流れへの被害

農研機構が挙げる農業被害の例は、繁茂すると収穫不能になること、水路を閉塞して取水・排水の障害になること、畑内や休耕地にも侵入して雑草化することの3つです。千葉県も、田んぼに入ると排水の妨げや水質悪化を招く可能性を指摘しています。

決壊した地域の農家が見ている状況

千葉日報は、決壊した北沼の堤防近くで米農家として営む男性を取材しています。男性の水田は2ヘクタールのうち半分ほどが浸水したようで、収穫前の稲がなぎ倒された田も広範囲にありました。沼に生息する特定外来生物の水草が田に流入した可能性も高いとして、「水草のせいで稲が育たない」と落胆する声と、水が引いても「大量の水草をどうやって除去すれば良いのか」という不安が紹介されています。

これは農家の見立てで、流入が実際に確認された数字ではありません。県が投稿を募っているのも、どこまで広がったかをまだ把握できていないからだと読めます。

草刈りが逆効果になるのはなぜか

刈った断片が飛び散る

農研機構の資料は、刈り払いによって断片が周辺農地に飛散するおそれがあるため、定着が見られる畦畔では除草剤散布を中心にした管理を勧めています。東京新聞に登場する成田市の農家も、「草刈りをしてもまた生えてくる邪魔な植物」と話しています。

雑草は刈れば減る、という常識は、この草では当てはまりません。刈るという作業が、断片をまく作業にもなってしまいます。

県の駆除は「刈って回収する」機械が前提

千葉県は、手賀沼で令和2年度、印旛沼で令和4年度から水草刈取船などによる駆除を始めました。県のページによると、ハーベスターはベルトコンベア上に刈り取ったマット状の植物を載せながら回収します。コンバーは、水底に伸びた水草の根を泥ごと掘り起こし、水面付近で泥を洗い落としてから水中から取り上げます。

刈るだけではなく、断片を逃さず回収する仕組みごと動かしているわけです。一般の草刈りとは別の作業だと分かります。

農地では除草剤、使えない場所は遮光

農研機構の資料では、水稲栽培中は効果のある除草剤2〜3剤を体系で処理するとされています。除草剤が使えない場所では、遮光率100%の耐水シート(推奨規格は#7000)を敷きます。遮光率が99%以下だと完全に枯死させられず、シートで覆っても完全に枯れるまでには1年半から数年かかるそうです。

印旛沼ではこれまで何が行われてきたのか

調査の数字:印旛沼は約7.8万平方メートル

千葉県のページによると、令和2年度の調査で、印旛沼とその流域河川にナガエツルノゲイトウが約7.8万平方メートル生息していることが分かりました。1ヘクタールは1万平方メートルなので、7.8万÷1万=約7.8ヘクタールです。手賀沼は令和元年度の調査で、ナガエツルノゲイトウとオオバナミズキンバイをあわせて約10万平方メートルでした。

駆除実績の表

県が公表している印旛沼の駆除実績は次のとおりです。

年度 駆除対象区域 駆除面積
令和4年度 高崎川・鹿島川・西印旛沼南東部 約24,200平方メートル
令和5年度 西印旛沼南西部 約15,700平方メートル
令和6年度 一本松機場下 約1,800平方メートル
※千葉県「印旛沼・手賀沼の外来水生植物」。総駆除対象面積は41,700平方メートル。令和2年度調査時点での駆除対象面積で、再繁茂分は除く

3年度の合計は41,700平方メートルで、県の表の総駆除対象面積と一致します。ただし、この数字と調査で出た約7.8万平方メートルが同じ範囲を指すのかは、県のページだけでは分かりませんでした。単純に割って「半分は駆除済み」と書くのは控えます。

ここで私が一番引っかかったのは、年度の並びです。令和4年度から令和6年度へ、面積は24,200から15,700、1,800へと小さくなっています。進んだ結果とも読めますが、年度ごとに別の区域を担当しているので、同じ場所が減ったとは言えません。決壊で、この積み上げがどれだけ崩れたのかは、これからの調査次第です。

見つけたときにやってよいこと、いけないこと

生きたまま運ばない

農林水産省の資料によると、ナガエツルノゲイトウは外来生物法で特定外来生物に指定され、拡散を防ぐために栽培、保管・運搬、譲渡、放出などが禁止されています。死んだ(枯れた)個体は規制対象外です。適切な手続きをとらずに生きた個体を移動させると法律違反になる、とも書かれています。

千葉県のページは、飼育・栽培・保管・運搬・販売・輸入などが禁止されていると説明しています。善意で「持ち帰って処分しよう」とした行為が、拡散のきっかけになる点が、いちばん注意すべきところです。

県の調査に写真で参加する

県は、県民参加型の調査として投稿を呼びかけています。見つけたものが本当にこの草なのか自信がないときも、触って持ち帰らず、撮影して投稿する流れなら、拡散のリスクを増やさずに協力できます。

見分けるときの目安

農林水産省の資料によると、ナガエツルノゲイトウは茎の中が空洞でストロー状、葉は節から一対ずつ対生し、茎はなめらかでざらつきません。花は白色〜灰白色の球状で、直径12〜16mmです。農研機構の資料は、似た植物としてツルノゲイトウ、タカサブロウ、シロツメクサ、スベリヒユを挙げ、花のない時期は見分けが困難だとしています。

私は休みの日に河川敷を自転車で走ることがありますが、水辺の草のどれがこの草なのか、今の私には見分けられません。見分けがつかないものは、自分で判断せず写真に残す。それがこの草に関して、一般の人にできる現実的な協力です。

ナガエツルノゲイトウのよくある誤解

水草だから、水が引けば枯れるのではないですか

枯れません。農研機構の資料は、この草を水陸両生で、畦畔や畑地にも侵入し、耐塩性も高いと説明しています。農林水産省の資料でも、乾燥にも強く、畑など陸上でも生育するとされています。

草刈りをすれば減るのではないですか

刈るだけでは減りません。農研機構の資料は、刈り払いで断片が周辺農地に飛散するおそれがあると指摘しています。農林水産省の資料でも、地上を刈り取っても直根から再生するため、早期発見・早期駆除が重要とされています。

見つけたら、抜いて持ち帰って処分すればよいのではないですか

生きた個体の運搬は、特定外来生物の規制の対象です。農林水産省の資料によると、枯れた個体は規制対象外ですが、生きたまま移動させると法律違反になります。自己判断で動かさず、県や市町村の案内に従う必要があります。

まだ分かっていないことと判断の目安

流出したかどうかは、これから確かめる段階

ここまでの報道で、決壊が起きたこと、この草が印旛沼周辺に以前から生育していたことは確かめられています。一方で、決壊によって実際にどれだけの断片が農地へ流れ込んだのかは、県がこれから情報を集める段階です。農家の「流入した可能性が高い」という声は、現時点では確認された事実ではなく、見立てです。

この草を理解するときの軸

判断の軸は3つに絞れます。断片から再生するので、刈る・運ぶ作業が拡散にもなりうること。水位が下がっても陸上で生き延びること。生きた個体を動かすのは法律で規制されていること。この3点を押さえておけば、「草刈りで一気に片づけよう」という発想から離れられます。

まとめ:ナガエツルノゲイトウが洪水で広がる理由と、できること

印旛沼の決壊で心配されているのは、水位や浸水だけではありません。ナガエツルノゲイトウは、日本では種子をつけない代わりに、茎や根の断片から再生します。増水で群落がちぎれて流れ、洪水や氾濫でも拡散すると農研機構は整理しています。

地上を刈っても直根から戻り、刈り払いで断片が飛び散るおそれもあります。この草が難防除と呼ばれるのは、除草剤が効きにくいうえ、刈る作業が拡散にもなりうるからです。農地では除草剤の体系処理や遮光シート、水面では回収を前提にした機械というように、方法も場所ごとに分かれています。

流入した実態は、県の調査がまとまるまで確定しません。今できるのは、生きた個体を動かさず、写真に残して県の調査に伝えることです。最新の状況や報告の方法は、千葉県の発表で確認してください。

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EDITOR
白月ハルカ
ディスカバリーメディア 編集長
1995年生まれ、新潟・長岡育ち。いまは東京の中央線沿線でひとり暮らしをしながら、ディスカバリーメディアの編集長をしています。前職はIT企業の広報(5年)。統計表を眺めるのと、ラジオの野球中継と、ジョジョ(第4部派)が好きです。ニュースの見出しを見ると「本当に?」と数字を確かめにいく癖があって、その確かめた結果を記事にしています。間違いを見つけたら教えてください、すぐ直します。