クマが住宅街に出たとき、銃を撃つかどうかを決めるのは誰なのか。私はずっと、警察か猟友会が現場で判断するものだと思っていました。2025年9月に始まった緊急銃猟では、その判断をするのは市町村長です。2026年10月9日には、京都府舞鶴市がクマの緊急銃猟のあとに受けた抗議について、読売テレビの報道(Yahoo!ニュース配信)が話題になりました。
この記事では、環境省の緊急銃猟ガイドライン、鳥獣保護管理法の条文、内閣官房に提出された実施状況の資料、舞鶴市長の発言を報じた記事で確かめた範囲で、なぜ市町村長なのか、どんな条件がそろえば撃てるのかを整理します。2026年10月時点の公表資料にもとづいています。
- 緊急銃猟は2025年9月1日に始まった制度で、実施の判断と責任は市町村長にある
- 撃てるのは、日常生活圏への侵入・緊急性・銃以外では困難・弾丸が人に届かない、の4つがすべてそろったときだけ
- 環境省が把握する発砲まで至った実施は、令和7年度が60件、令和8年度が33件(10月7日更新)で、大半が市街地とツキノワグマ
- 舞鶴市には9月16日までに456件の問い合わせが届き、市長は9割が誹謗中傷か経過を問う内容だったと話した
- 物損は市町村が補償し、人身事故は国家賠償の対象になる。撃つ人には応諾義務がない
緊急銃猟は市町村長が銃猟を決める制度
2025年9月に始まった、クマとイノシシ向けの例外
緊急銃猟は、改正鳥獣保護管理法(令和7年法律第28号)で作られた制度です。環境省のガイドラインによると、クマなどが人の日常生活圏に出たとき、安全を確保する措置を取ったうえで、市町村長が銃による捕獲を決められます。内閣官房の資料には「緊急銃猟制度は令和7年9月1日から開始」と書かれています。
対象になる動物は「危険鳥獣」に限られます。施行令で決まっているのは、ヒグマ、ツキノワグマ、イノシシの3種です。シカやサルが住宅街に出ても、この制度は使えません。
実施するのは市町村、撃つのは委託された捕獲者
市町村長は、自分の職員に実施させることも、職員以外の人に委託することもできます。実際に銃を撃つ人は「捕獲者」と呼ばれます。ただし責任を負うのは撃った人ではなく市町村です。条文では、市町村長が実施する場所や留意事項を捕獲者に明らかにすると決められています。
私は市町村長が現場で指揮をとるのだと思っていました。ガイドラインを読むと、ここは違いました。市町村長が現場で指揮をとることは通常想定されないとして、平時のうちに市町村の担当者へ専決または権限委任をしておくことが望ましい、と書かれています。権限は市町村長にあり、現場の指揮は担当者が受け持つ形です。
なぜ市町村長が判断するのか
制度ができる前は、警察官か「結果的に緊急避難」だった
これまでの鳥獣保護管理法は、住居が集まっている地域や、駅のような人が集まる場所での銃猟を禁じていました。それでも住宅街にクマが入った場合は、警察官職務執行法第4条第1項にもとづく警察官の対応か、捕獲者が撃った行為が結果的に刑法第37条の緊急避難にあたり、違法性がなくなる、という扱いで対処してきたとガイドラインは説明しています。
後者は、撃った人が刑事責任を問われるかどうかを、撃ったあとで考える仕組みです。民事と刑事の違いでいえば、刑事責任の側だけが先に宙に浮いていました。現場に出る捕獲者にとって、これは重い負担だったはずだと私は読みました。
局所的な出没には、地域に詳しい市町村が向いている
ガイドラインは、緊急銃猟は局所的に発生する出没に対応するものなので、主体は地域に精通した市町村になった、と書いています。クマがどの路地に入り込み、近くに学校や病院があるか、どの道を止められるかは、都道府県庁や国よりも市町村のほうが早く分かります。避難の呼びかけも通行制限も、実際に動けるのは市町村の職員です。
都道府県知事への応援要求は条文に入っていて、知事は正当な理由がなければ断れません。応援に要した費用は市町村が負担します。判断は市町村、手助けは都道府県、という分け方です。
住んでいる市町村にクマの出没情報のページがあるか、知っていますか?
- よく見ている
- あることは知っている
- 探したことがない
- あるとは思わなかった
📊 これまでの読者投票の結果(当サイト調べ・5票)
撃てるのは4つの条件がすべてそろったときだけ
鳥獣保護管理法第34条の2は、市町村長が銃猟をしてよい場合を細かく決めています。ガイドラインは、これを次の4つに整理しています。どれか1つでも欠ければ、緊急銃猟はできません。
| 条件 | 確かめること |
|---|---|
| 1 日常生活圏への侵入 | 住居・広場・電車・自動車など、人が日常生活で使う場所や乗物に入っている、または入るおそれが大きい |
| 2 緊急性 | 人の生命や身体への危害を防ぐ措置が、緊急に必要だと市町村長が認める |
| 3 銃以外では困難 | 追い払いや箱わななど、銃猟以外の方法では的確かつ迅速な捕獲が難しい |
| 4 弾丸が届かない | 通行制限や避難の措置をとることで、人に弾丸が届くおそれがないと認める |
| ※環境省「緊急銃猟ガイドライン」と鳥獣保護管理法第34条の2をもとに作成 | |
4つ目だけは、現場に行かないと分からない
ガイドラインには、4つ目の「避難等によって地域住民等に弾丸が到達するおそれがない場合」を満たすかどうかは、事前の段階では判断がつかず、現場で行うことになると書かれています。弾が跳ね返らないよう受け止める壁(バックストップ)があるか、射線の先に人がいないか、跳弾の可能性がある範囲はどこまでか、を現場で確かめます。
たとえば、商業施設が密集して人の往来が激しく、通行制限をしても十分に安全を確保できる見通しが立たない場合は、条件を満たさないと考えられています。このような場所でも、建物内での銃猟なら可能とする場合がある、と書かれています。
クマが出たら必ず銃、という制度ではない
ガイドラインは、クマの出没時に必ず緊急銃猟で対応しなければならないわけではなく、現場を見ながら追い払いなどを含めて手段を選ぶよう求めています。条件を満たさないと判断した場合は、追い払いか箱わなによる捕獲に切り替えます。撃たない選択肢が先にあり、最後に残るのが緊急銃猟です。
撃つまでに市町村がやること
通行制限と避難指示を出してから発砲する
条文には、市町村長が危害の起きるおそれのある場所の通行を禁止・制限できること、地域の住民に避難すべき旨を指示できることが書かれています。ガイドラインによると、通行制限は車両か職員を道路に置いて行い、必要に応じて警察官と現地で調整します。他人の土地に立ち入ることや障害物を除くことも、必要な限度で職員や委託を受けた人に認められています。
通行制限の周知は、防災無線では足りない
意外だったのは周知の方法です。ガイドラインによると、通行制限を行う場所・期間・内容は、鳥獣保護管理法施行令の規定に従って、市町村のホームページやSNSに載せなければなりません。防災無線や防災メール、広報車は、この法令上の周知に該当しない方法として挙げられています。
防災無線などは、退避した人や報道機関が制限区域に入らないよう呼びかける、補足の手段という位置づけです。地域の放送で「クマが出ました」と流れているのに、通行制限の根拠となる公示はウェブ上にある、という二重の構造になっています。
撃つ人には要件があり、断ることもできる
緊急銃猟を実施する人には要件があります。装薬銃を使う場合は第一種銃猟免許が必要で、過去1年以内に銃器による射撃を2回以上していること、過去3年以内に同種の銃器でクマ、イノシシまたはニホンジカの捕獲を経験していることが求められます。夜間に屋外で行う場合は、射撃場での5回以上の射撃を決められた範囲にすべて命中させる技能や、5時間以上の講習の修了などが加わります。
要件を満たす人がいても、撃つことを頼めるとは限りません。ガイドラインは、緊急銃猟の指示や委託について、鳥獣保護管理法上は応諾義務がなく、断ることが可能だと書いています。環境省は2025年8月から、委託候補者を登録する「クマ人材データバンク」を運用しています。
制度開始から1年足らずで、実施は市街地が中心になっている
環境省は、緊急銃猟の実施状況を年度ごとの一覧で公表しています(環境省が把握する事例に限る)。発砲まで至った事例は、令和7年度(2025年度)が60件、令和8年度が33件です。令和8年度の一覧は2026年10月7日に更新されました。
60件+33件=93件です(自分で計算した値)。一覧の獣種を数えると、ツキノワグマが85件、イノシシが5件、ヒグマが3件で、85÷93≒0.91、ツキノワグマが約9割を占めます(環境省の一覧を数えた値)。
実施した場所の内訳は、内閣官房のクマ被害対策の会議に出された環境省の資料(2026年7月29日更新の分)にあります。
| 実施した場所 | 事例数 |
|---|---|
| 市街地 | 68 |
| 農地 | 7 |
| 河川付近 | 6 |
| 山林 | 2 |
| 公園 | 1 |
| 道路 | 1 |
| ※内閣官房「クマ被害対策」第5回会議 資料1(環境省)。2026年7月29日更新、合計は85事例 | |
この表の市街地は68÷85=0.8で、ちょうど8割です(表の数字を使った計算)。同じ資料では、屋外が73、建物の中や敷地内などの屋内が12とされています。
公表されている一覧に目を通すと、県名の並びに偏りがあります。
一覧の都道府県を数えると、山形県が21件、新潟県が16件、秋田県・富山県・岩手県が各8件でした(環境省の一覧を数えた値)。
私は新潟県長岡市の出身なので、新潟県の数字には少し驚きました。一覧には、長岡市の名前が何度か出てきます。
出没の多い秋に、実施が集中している
一覧の日付を月ごとに数えると、実施の時期にはっきりした山があります。
令和7年度の60件は、10月が11件、11月が30件、12月が15件、1月が1件、2月が2件、3月が1件でした。10〜12月の合計は11+30+15=56件で、56÷60≒0.93、約9割です(環境省の一覧の日付を数えた値)。令和8年度の33件は、4月が5件、5月が6件、6月が8件、7月が6件、8月が1件、9月が6件、10月が1件です。
数字の並びだけ見ると、11月の山は驚くほど大きなものです。クマが多く動く秋に、各地の市町村が同じ判断を迫られていました。この記事を公開する10月は、その山の入り口にあたります。
舞鶴市の456件の問い合わせから見える課題
何が起きたのか
舞鶴市は2026年9月3日、民家の離れの軒下に居座ったクマ2頭に対して、京都府内で初めて麻酔銃を使った緊急銃猟を行いました。環境省の一覧にも、同日の京都府舞鶴市が令和8年度の一覧に載っています。J-CASTニュースによると、市は警察や京都府と協議し、専門業者、警察、市職員など約30名が、近隣住民への屋内退避の呼びかけや通行制限などを行ったと説明しています。市は同日23時01分に殺処分を完了したと発表しました。
読売テレビの報道では、鴨田秋津市長が、9月16日までに電話やメールなどで456件の問い合わせが寄せられたと話しています。その内容について、市長は「9割が誹謗中傷であるとか、緊急銃猟を実施したこと、そのものに対する経過を問うような内容でした」と述べました。
市長が首長たちに伝えたかったこと
市長は、この状況をSNSに投稿した理由を、どこの自治体も、緊急銃猟をしなければならない場面で「苦情が来てしまうんじゃないか」と正しい判断ができなくなる可能性があるからだと説明しています。本当に最終手段として実施しなければならないときは、ためらわずに実施してほしい、というメッセージだとしています。
見出しは「クレーム殺到」で、世間の温度はとても高く見えます。ただ、制度の側から見ると、市町村長に判断を預けた以上、その判断の結果に対する声も市町村が真っ先に受け止めることになります。私は、判断の権限と、判断への批判が届く窓口が同じ場所にある、という点がこの制度の構造だと考えています。批判を受けるのは仕方がないとしても、脅迫めいた連絡まで市の職員が受ける理由はありません。
制度のデメリットと注意点
物損は市町村が補償し、人身事故は国家賠償になる
緊急銃猟で損失を受けた人には、市町村長が通常生ずべき損失を補償すると条文に書かれています。請求は市町村長に行い、金額は市町村長が決めて通知します。金額に不服があれば、通知を受けた日から6か月以内に、訴えで増額を求められます。この訴えの被告は市町村です。物損には、緊急銃猟をしたことでクマが暴れて生じた物損も含まれるとガイドラインは注意しています。
人身事故は、そもそも鳥獣保護管理法が許容していません。万一起きた場合は、国家賠償法にもとづく請求に対応することが想定されています。高額になる可能性があるため、市町村にはあらかじめ保険に加入することが推奨されています。
人手と費用が、市町村の負担になりやすい
ガイドラインは、捕獲に使う銃や弾、車などを捕獲者が個人で持ち出している実態があるとして、その負担を改善することも重要だと書いています。環境省の指定管理鳥獣対策事業交付金で、日当や備品、マニュアル作成の費用を支援できますが、交付金を使うには都道府県や環境省への相談が必要です。市町村の規模によって、体制づくりの進み具合には差が出ます。
緊急銃猟か警察官職務執行法か、使い分けの目安
クマが出たとき、どちらの法律で動くかは、現場の状況で分かれます。ガイドラインは表で2つの考え方を並べています。
| 鳥獣保護管理法(緊急銃猟) | 警察官職務執行法 | |
|---|---|---|
| 想定される場面 | 安全確保の措置をとれば、住民に弾丸が届くおそれがない場合 | 人里に出て現実・具体的に危険が生じ、特に急を要する場合 |
| 例 | 住宅地に隣接する河川敷、建物にクマが入り込んだ場合 | 公園に出たクマが子供に接近している場合 |
| 条文 | 第34条の2 | 第4条(避難等の措置) |
| ※環境省「緊急銃猟ガイドライン」表17をもとに作成 | ||
緊急銃猟は、通行制限や避難の準備を整える時間があることが前提です。そのいとまがないほど差し迫ったときは、警察官職務執行法の適用も排除されないとガイドラインは書いています。
住んでいる市町村の対応は、明日確かめられる
住民としてできることは、住んでいる市町村のホームページで、クマの出没情報と緊急銃猟のマニュアルがあるかを探すことです。通行制限の公示はホームページやSNSに出ると決まっているので、防災メールだけに頼らず、自治体のSNSも見られるようにしておくと、制限区域に入らずに済みます。問い合わせをするときは、判断の経過を知りたいという質問と、職員への人格攻撃は別のものです。窓口が止まれば、現場の連絡にも支障が出ます。
自治体の担当者や捕獲者が先にすること
自治体の担当者にとっては、条件の確認チェックリスト、関係者の連絡網、保険、委託先との事前の確認が先になります。撃つ人に応諾義務がない以上、日当の設定や、有事に連絡がつくかを平時から決めておくことが、判断の速さにつながります。
よくある誤解
クマが市街地に出たら、必ず撃つ制度なのですか
いいえ。ガイドラインは、必ず緊急銃猟で対応しなければならないわけではないと明記し、追い払いや箱わなを含めて手段を選ぶよう求めています。4つの条件のどれかを満たさなければ、撃ちません。
撃つ判断は、警察や猟友会がするのですか
いいえ。判断の権限は市町村長にあり、現場では市町村の担当者が指揮をとります。撃つのは委託を受けた捕獲者で、警察は実施主体ではありませんが、通行制限などで連携する相手です。
補償や賠償は、国が払うのですか
いいえ。物損の補償も人身事故の国家賠償も、実施した市町村が対応する形になっています。国は交付金や特別交付税で、費用の一部を支える位置づけです。
まとめ:クマの緊急銃猟が市長の判断になる理由
緊急銃猟は、現場に近い市町村長に、撃つかどうかの権限と責任を集めた制度です。権限が現場に近いぶん、通行制限、避難指示、委託、補償まで、判断のあとに続く仕事も市町村に集まります。令和7年度に60件、令和8年度に33件という実施数と、秋に集中する月別の数字は、この負担が一部の町の話ではないことを示しています。
舞鶴市の456件という数字は、判断の重さの一面です。自治体が最終手段として使う制度を、住民が理解しておくことも制度の一部だと私は思います。最新の運用は、環境省と各市町村の公表資料で確認してください。
この記事の内容、読む前から知っていましたか?
- 知っていた
- なんとなく知っていた
- 初めて知った
- 誤解していた
📚 参考文献・出典
- ・環境省「緊急銃猟ガイドライン」(令和7年7月公表・改定版) https://www.env.go.jp/nature/choju/effort/effort15/doc/guideline.pdf
- ・環境省「緊急銃猟ガイドライン概要」 https://www.env.go.jp/nature/choju/effort/effort15/doc/summary.pdf
- ・環境省「令和7年度の緊急銃猟実施状況」(令和8年3月27日更新) https://www.env.go.jp/nature/choju/effort/effort12/r07kinkyu-jishi.pdf
- ・環境省「令和8年度の緊急銃猟実施状況」(令和8年10月7日更新) https://www.env.go.jp/nature/choju/effort/effort12/r08kinkyu-jishi.pdf
- ・内閣官房「クマ被害対策」第5回会議 資料1「クマ被害の現状と対策について」(環境省、2026年7月31日) https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kumahigai_taisaku/dai5/shiryo1.pdf
- ・読売テレビ「クマの緊急銃猟にクレーム殺到…市長も怒り」(2026年10月9日、Yahoo!ニュース配信) https://news.yahoo.co.jp/articles/1758ea5bfe555641a048366b52c439162c96bef2
- ・J-CASTニュース「民家に居座るクマ2頭を殺処分、舞鶴市職員に「死んだほうが良い」」 https://www.j-cast.com/2026/09/09517767.html
📖 この記事について 本記事は、社会の制度や法律の“仕組み”を知る面白さをお届けし、世の中のルールに興味を持っていただくための読み物です。個別の法的判断を示すものではなく、制度は改正されることもあります。具体的なケースは専門家や公的機関にご確認ください。2026年10月時点の公表資料にもとづいています。クマに遭遇した際の行動や緊急時の対応は、お住まいの市町村や環境省の最新の案内に従ってください。










































コメントを残す