七五三の3歳・5歳・7歳に分かれた理由|11月15日と千歳飴、数え年と満年齢の違い

七五三で祝う年齢が3歳・5歳・7歳なのは、江戸の人たちが縁起のよい奇数の年を節目に選び、その年ごとにあった別々の祝い事を一つにまとめたからです。3歳は髪を伸ばし始める「髪置」、5歳は男の子が袴をつける「袴着」、7歳は女の子が帯を結ぶ「帯解」がもとになっています。日付の11月15日は、旧暦の収穫感謝の時期と重なる満月の日だったから、というのが有力な説の一つです。

私は子どもがいないので、七五三は「千歳飴を持った子どもが神社にいる季節」くらいの認識でした。ところが調べてみると、今の形が一般に広がったのは明治以降で、千歳飴のほうが七五三より古いという説明まで出てきて、頭の中の順番が入れ替わりました。この記事は2026年10月時点の公表資料にもとづいて、祝う年齢・日付・千歳飴・数え年と満年齢の違いを整理します。

  • 3歳は髪置、5歳は袴着、7歳は帯解という別々の儀式がもとになっている
  • 奇数は陰陽の考えで「陽の数」とされ、めでたい数字として節目に選ばれた
  • 11月15日は、旧暦11月の満月の日に収穫感謝とあわせて子どもの成長を祈ったことが由来とされる
  • 元来は数え年で祝うが、現在は満年齢が多く、10〜12月の都合のよい日でもかまわない
  • 2026年は満年齢なら2023・2021・2019年生まれが対象になる(計算は本文の数え年の節に記載)

七五三は3つの別々の儀式を一つにまとめた行事

七五三は3つの別々の儀式を一つにまとめた行事|被布を着た3歳の女の子
Photo by Bruno Aguirre on Unsplash

3歳の髪置、5歳の袴着、7歳の帯解

今は「七五三」と一つの行事として呼びますが、もとは年齢ごとに別の祝い事でした。暦・年中行事の解説サイトimidasと、神社の解説を合わせると、内容は次のとおりです。

年齢(数え年) 儀式の名前 内容 祝う子
3歳 髪置(かみおき) 髪を伸ばし始めるのを祝う 男女とも
5歳 袴着(はかまぎ) 男の子が初めて袴をつける 男の子
7歳 帯解(おびとき) 女の子が付け紐の着物から、帯で結ぶ着物に替える 女の子
※地域によっては男の子を3歳と5歳の両方で祝うところもあります

どれも「子どもの身なりが変わる」という、目に見える成長の区切りでした。髪置は髪を伸ばし始める節目、袴着は男の子が正装の袴をつける節目、帯解は女の子が付け紐をやめて帯を結ぶ節目です。

和樂webは、これらの子どもの年祝いが中世の公家日記にも見えると説明しています。江戸時代になると庶民の間にも広がり、「七五三」と呼ばれるようになりました。imidasによれば、主に関東を中心に江戸時代から広まった習俗です。

なぜ3・5・7という奇数が選ばれたのか

陰陽の「陽の数」と、子どもが育ちにくかった時代

imidasは、七五三は奇数、つまり陽の数字でめでたいとされる、と書いています。HugKumに掲載された榮太樓總本鋪の解説も、中国で奇数が縁起のよい数とされたところから、成長の節目の年の数がそのまま行事の名前になったとしています。1・3・5・7・9のうち、乳幼児期に収まるのが3・5・7でした。

もう一つの背景が、子どもが育ちにくかったことです。榮太樓の解説は、江戸の昔は子どもの死亡率がとても高く、七五三は健康と長寿を祈る大切な節目だったと説明します。ただし具体的な死亡率の数字は挙げていないので、ここでは「高かった」という説明にとどめます。

神社の解説には、さらに踏み込んだ考え方が出てきます。神社のサイト「神道いなり」(shintoinari.org)は、七歳まではまだこの世に命が定着していない不安定な状態で、神々の庇護のもとにある「神々の子」と考えられていた、と書いています。七歳になってようやく人間の仲間入りをしたと考えられ、神社にお参りして健やかな成長を祈ったという流れです。

この見方に立つと、七五三は「七歳まで無事に来られましたね」という報告に近い意味合いを持ちます。私が読んでいて印象に残ったのはここで、晴れ着や写真が目立つ今の七五三の底に、かなり切実な願いが残っていると感じました。

七五三を祝うとき、数え年と満年齢のどちらで祝いましたか(祝う予定ですか)?

  1. 満年齢
  2. 数え年
  3. きょうだいで揃えた
  4. 祝わなかった・祝う予定がない

📊 これまでの読者投票の結果(当サイト調べ・11票)

数え年:36%
満年齢:27%
きょうだいで揃えた:18%
祝わなかった・祝う予定がない:18%

11月15日になった理由は一つではない

旧暦の収穫感謝・鬼宿日・綱吉の長男の三つの説

11月15日の由来には諸説あります。和樂webは三つを並べています。

  • 収穫祭の説:旧暦11月は収穫を終えて神に感謝する月で、その満月の日の15日に、氏神への収穫感謝とあわせて子どもの成長を感謝し、加護を祈った
  • 陰陽道・鬼宿日の説:旧暦11月は「一陽来復」といわれる縁起のよい月で、11月15日は鬼が出歩かないとされる「二十七宿の鬼宿日」にあたり、婚礼以外のお祝いには吉日とされた
  • 徳川綱吉の長男の説:天和元(1681)年11月15日に、五代将軍・徳川綱吉の長男・徳松の健康を祈る儀式をした。徳松は体が弱く、5歳まで育ったことが喜ばれたが、天和3(1683)年に5歳で亡くなった

imidasも、11月15日は「収穫祭の多い月に、子供の健やかな成長も併せて願おうとしたものだろう」と、収穫祭と結びつけています。榮太樓の解説は、綱吉が徳松と呼ばれた幼少の頃にこの日に祝儀をしたことが式日になったとされる、と書いています。ただし「とか」という言い方で、確定とはしていません。

三つの説は互いに排他的ではありません。収穫を感謝する月の満月という暦の背景があり、そこに縁起のよい日という考え方が重なり、将軍家の話が語り継がれた、と重ねて読むこともできます。どれが決定打かは、私が確認できた資料では決まっていません。

収穫感謝の祭りという点では、同じ秋の行事である神嘗祭と新嘗祭の違いとも地続きです。収穫を神に感謝する季節に、子どもの成長の報告も重ねた、という見方ができます。

七五三の形が定着したのは江戸中期から明治以降

呉服屋が広めたという説と、明治以降の普及

和樂webは、江戸中期に呉服屋がこの3つの行事を商業政策として取り入れて一つにまとめ、江戸の町で宣伝したことが、今日の七五三の原型だと言われている、と紹介しています。武家や有力商人の間で流行し、明治以降に庶民へ普及したという説明です。

imidasも、「しちごさん」という呼び名を含め、子どもに盛装させて神社に参詣する形で一般的に盛んになったのは明治以降のことだと書いています。つまり、古い儀式が3つあり、それが「七五三」という一つの行事として一般に広まったのは意外に新しい、ということです。私は「古くから変わらない伝統」と思い込んでいたので、ここが最初の認識の入れ替わりでした。

神社に参る行事として落ち着いてからは、神社と寺の違いで触れているような参拝の作法を、家族で確かめながら行く家庭も多いでしょう。七五三の中心は、あくまで神社に参って子どもの成長を感謝し、加護を祈ることです。

千歳飴は七五三より古いという説がある

浅草の飴売り・七兵衛と、1615年の大坂の飴売り

千歳飴は、「七五三が一般的な行事となった明治時代よりも早く、江戸時代から広まった」と和樂webが書いています。起源は二つの説が紹介されています。

  • 浅草の七兵衛説:元禄・宝永の頃、江戸浅草の七兵衛という飴売りが、紅白の飴を「千年飴」として売り出した
  • 大坂の飴売り説:元和元(1615)年、大坂の平野甚左衛門が、飴の販路を広げるために江戸へ出て、浅草寺の境内で飴を売り始めた

七兵衛説の根拠として、文政8(1825)年刊の柳亭種彦『還魂紙料』には「元禄宝永の比、江戸浅草に七兵衛といふ飴売あり。その飴の名を千年飴、また寿命糖ともいふ」と書かれています。どちらの説が正しいかは、紹介記事の側でも断定されていません。

当時は「せんねんあめ」「せんざいあめ」と読まれていて、のちに今の「ちとせあめ」になった、と和樂webは説明します。名前の「千歳」は長寿の意味です。飴の細く長い形と紅白の色は、その長寿を表します。imidasも、千歳飴は名称と長い形状から、長寿と健康の願いをこめた飴だと書き、子どもが亡くなることが多かった時代の習俗の名残がうかがえる、と指摘しています。

榮太樓の解説では、三歳なら3本、五歳なら5本、七歳なら7本と、歳の数を揃えるのが本来の祝い方とされています。袋の絵柄は、鶴・亀・松竹梅・高砂の尉と姥といった縁起物が基本だと和樂webは書きます。鶴は不老長寿の象徴、亀は仙人が住む不老長寿の島にちなむ生き物、という具合に、袋全体が長寿の願いの束になっています。

数え年と満年齢のどちらで祝うか

数え年と満年齢のどちらで祝うか|晴れ着を着た女の子
Photo by Brayden Prato on Unsplash

元は数え年、いまは満年齢が中心

imidasは、七五三は元来は数え年で祝ったもので、最近は満年齢・数え年を問わないようだと書きます。数え年は生まれた年を1歳とし、正月を迎えるたびに1歳ずつ増える数え方です。JALの情報サイト「SKYWARD Plus」は、数え年3歳は満2歳の年、5歳は満4歳の年、7歳は満6歳の年にあたると説明しています。現在は新暦の11月15日時点の満年齢で祝う場合がほとんどです。

このため、同じ「3歳のお祝い」でも、数え年で行えば満2歳の子、満年齢で行えば満3歳の子が主役になります。2歳は着物を長く着るのが負担になりやすい年齢で、七五三の案内サイトのjeepeは、早生まれの子は満年齢までずらすほうが本人が楽しめると書いています。SKYWARD Plusは、早生まれの子は学年ではなく生まれ年で祝うのが一般的だが、近年は友人や同級生にあわせて学年で祝うケースも増えていると書いています。

2026年に当てはめて、私が計算した生まれ年は次のとおりです。満年齢なら、3歳は2026−3=2023年生まれ、5歳は2026−5=2021年生まれ、7歳は2026−7=2019年生まれが対象です。数え年なら、3歳は2026−3+1=2024年生まれ、5歳は2026−5+1=2022年生まれ、7歳は2026−7+1=2020年生まれになります。

和樂webの2025年の例も、3歳は2022年、5歳は2020年、7歳は2018年生まれで、満年齢の数え方と一致します。毎年1年ずつ後ろにずれていくだけです。

2026年の11月15日は日曜日で、日取りは10〜12月で選べる

混みやすい日と、日をずらす選択肢

2026年の11月15日は日曜日です(カレンダーで確認した曜日)。

jeepeは、11月の土日祝と大安が重なる日が混雑のピークだと書いています。11月15日そのものが日曜にあたる今年は、当日に行く場合は混み合うことを見込んでおいたほうがよいでしょう。和樂webは、当日にお参りするのが難しいことも多いため、現代では10〜12月の都合のよい日に祝うと説明します。SKYWARD Plusも、11月15日にこだわらず、10月から12月くらいまでの間に家族の都合で日取りを決めてもかまわないと書いています。

謝礼にあたる初穂料は、神社が金額を定めていることもありますが、SKYWARD Plusによれば3,000円から1万円程度が一般的です。のし袋の表書きは「初穂料」または「御初穂料」「御玉串料」で、兄弟姉妹を連名にして一緒に祈祷を頼むこともできる、とされています。金額や予約の要否は神社ごとに違うので、行く神社の公式案内で確かめるのが確実です。

兄弟姉妹がいるとき・祝い方で迷うときの注意点

年齢のずれと、無理をしない選び方

祝い方でいちばん迷いやすいのは、兄弟姉妹で年がずれるときです。SKYWARD Plusは、同じタイミングで祝えるように、上の子は満年齢、下の子は数え年など、数え方を変えて同じ年に祝ってもよいと書きます。親戚が集まれる日を一度で済ませる、という実務的な発想です。

ここで私が読み取ったのは、七五三が「正解の年齢」を厳しく決める行事ではない、という点です。複数の資料が、数え年か満年齢かにこだわる必要はないという立場でした。決める基準は、子どもの体力、着物を着る負担、家族の予定の順でよいでしょう。

注意点としては、次の三つが挙げられます。

  • 3歳を数え年で祝うと満2歳になりやすく、着物や長い祈祷が負担になりやすい
  • 11月15日の前後は週末に参拝が集中しやすいので、日をずらすか、平日の午前を選ぶ
  • 初穂料や予約の要否は神社ごとに違うので、公式案内で確認する

七五三でよくある誤解

七五三は11月15日にしか行ってはいけない?

いいえ。11月15日が本来の日ですが、現代では10〜12月の都合のよい日にお祝いするのが一般的です。和樂webとSKYWARD Plusが、同じように説明しています。

千歳飴は七五三のために作られたもの?

必ずしもそうとは言えません。和樂webは、千歳飴の起源は七五三が一般的になった明治時代より早く、江戸時代から広まったと書いています。のちに七五三の定番になった、という順番です。

男の子は5歳だけ、女の子は7歳だけ祝うもの?

3歳は男女とも祝うのが一般的で、男の子は5歳、女の子は7歳とされます。ただし、地域によっては男の子を3歳と5歳で祝うところもあります。

数え年で祝わないと間違い?

間違いではありません。元来は数え年ですが、現在は満年齢で祝う家庭が多数派です。数え年・満年齢を問わないと、imidasも書いています。

祝う年と日取りを決める三つの判断基準

年齢・体力・家族の予定で考える

迷ったときは、次の順で考えると整理しやすくなります。

  • 祝う年は、満年齢を基本にする。きょうだいがいるときは、数え方を変えて同じ年に揃えてもよい
  • 日取りは、11月15日にこだわらず、10〜12月で子どもの体調と家族の予定が合う日を選ぶ
  • 服装や写真は付録と割り切り、子どもが疲れない範囲で進める。神社に参ることを中心に置く

祝う親だけでなく、祖父母や親戚の立場でも、数え年・満年齢の違いは話題になりやすい点です。「うちは数え年だった」と言われたとき、どちらも間違いではないと知っておくと、話し合いが穏やかに進みます。

まとめ:七五三の3・5・7歳と11月15日の理由

七五三の3歳・5歳・7歳は、髪置・袴着・帯解という別々の儀式が、陽の数とされる奇数の節目で一つにまとめられたものです。日付の11月15日は、収穫感謝の満月、縁起のよい日、綱吉の長男の祝儀という複数の説があり、どれか一つには決められていません。千歳飴は七五三が広まる前から長寿の飴として売られていたとされ、袋の鶴や亀もその願いの延長にあります。

祝い方は、元来の数え年に縛られず、満年齢で10〜12月の都合のよい日に行ってかまいません。2026年は満年齢なら2023・2021・2019年生まれが対象で、11月15日は日曜日です。日取りや初穂料などの細部は神社ごとに違うので、最新の案内は各神社の公式ページで確認してください。

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EDITOR
白月ハルカ
ディスカバリーメディア 編集長
1995年生まれ、新潟・長岡育ち。いまは東京の中央線沿線でひとり暮らしをしながら、ディスカバリーメディアの編集長をしています。前職はIT企業の広報(5年)。統計表を眺めるのと、ラジオの野球中継と、ジョジョ(第4部派)が好きです。ニュースの見出しを見ると「本当に?」と数字を確かめにいく癖があって、その確かめた結果を記事にしています。間違いを見つけたら教えてください、すぐ直します。