東大の赤門は、2021年2月12日から通行できない状態が続いています。ニュースの見出しにもなった「5年前から閉鎖」のとおりで、2026年10月時点で5年8か月(2021年2月から数えて)です。赤いのは、江戸時代に将軍家の娘を迎えた大名家だけが建てることを許された「御守殿門」だからです。いま閉まっているのは、耐震診断で一部の結果が低かったため、耐震性の確保が確認できるまで通行を止めているからです。
私は赤門を、東大の「正門」だと長いあいだ思っていました。大学の公式ページを開くと、正門と赤門は別の門として並んでいて、正門のほうは今も開いています。この記事は、東京大学・文京区の公式ページと大学の資料をもとに、2026年10月時点の公表内容で書いています。
- 赤門は1827(文政10)年に、加賀藩の前田家が将軍・徳川家斉の娘を迎えるために建てた朱塗りの門
- 三位以上の大名が将軍家から妻を迎えると朱塗りの門を建てる慣習があり、焼失しても再建は許されなかった
- 2021年2月12日の閉門は、耐震基礎診断で一部の結果が低かったため、さらに詳細な診断を行うことにした措置
- 大学は東大150周年・赤門200周年にあたる2027年に再び通れるようにする計画で、寄付は2027年3月末まで募集している
赤門はなぜ赤い?朱塗りは将軍家の姫を迎えた印
御守殿門という正式名称の意味
赤門の正式名称は「旧加賀屋敷御守殿門」です。文京区の観光案内には、当時は三位以上の大名が将軍家から妻を迎えた場合、その人と居所を「御守殿」と呼び、表通りから出入りする朱塗りの門を「御守殿門」と呼んだと書かれています。
つまり赤は、デザインの好みで選ばれた色ではありません。「将軍の娘が嫁いできた家」であることを、門の色で通りに向けて示していたことになります。東大の「東大史Q&A」では、明暦の大火以後、将軍家から輿入れがある場合に三位以上の大名が朱塗りの門を建てる慣習があった、と説明されています。
1827年に建った経緯と、嫁いだ溶姫
赤門が建てられたのは文政10年、西暦では1827年です。加賀藩主の前田家13代・斉泰が、第11代将軍・徳川家斉の第21女である溶姫を迎えるにあたり、住まいの御守殿とともに建てました。文政は江戸時代後期の元号で、赤門はその時代の大名家の婚礼から生まれた門です。
東大のキャンパス案内は、赤門の朱漆について「若く華やかな溶姫のイメージ」を見る人に呼び起こす、と結んでいます。建物の説明に人の印象が入る一文は珍しく、私はここで立ち止まって読み返しました。
赤門が1827年から現在まで歩んだ道
藩邸の門から、大学の門へ
赤門の歴史を年表にすると、建立から閉門まで次のように並びます。東大史Q&Aによると、加賀藩邸の大半は1871(明治4)年に収公されて文部省用地となり、1877(明治10)年の東京大学創設に伴って敷地が東大のものになり、御守殿門も大学に移管されました。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1827(文政10)年 | 加賀藩の上屋敷に、溶姫を迎える御守殿門として建立 |
| 1871(明治4)年 | 加賀藩邸の大半が収公され、文部省用地に |
| 1877(明治10)年 | 東京大学の創設に伴い、赤門が大学に移管される |
| 明治36年 | 医科大学の建設のため、現在の位置に移される |
| 1931(昭和6)年 | 国宝に指定される(現在は国の重要文化財) |
| 2021年2月12日 | 耐震性の確保が確認できるまで閉門 |
| 2024年11月7日 | 「ひらけ!赤門プロジェクト」の寄付募集を開始 |
| 2027年 | 東大150周年・赤門200周年。この年に再び通れるようにする計画 |
| 出典:東京大学「東大史Q&A Q4-1」「歴史的建造物の紹介」「赤門周辺の歴史的環境保全事業について」。2026年10月時点 | |
年表の年数を自分で引き算してみました。藩邸の門だった期間は1877−1827=50年、大学の門として通れた期間は2021年2月までの約144年、閉門は約5年8か月です。200年の歴史に占める閉門の割合は、5.7÷200で約2.8%にあたります。
明治36年に15メートル動いた門
東大の歴史的建造物の紹介ページによると、赤門は明治36年に現在の位置へ移されていて、元は15メートルほどキャンパス寄りにありました。理由は、明治30年頃から始まる医科大学の建設のためとされています。
建った場所からそのまま動いていない門だと思っていたので、これは意外でした。赤門は「江戸の姿のまま残った」と語られがちですが、正確には、一度移されて今の位置にあります。
東大の赤門を実際に見たことはありますか?
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焼失しても再建できなかった門
再建が許されなかったから、残った一つ
東大史Q&Aには、焼失したら再建は許されなかったので、赤門は江戸時代の御守殿門の形と技術を今に伝えるただ一つの貴重な建造物になっている、と書かれています。御守殿門は将軍の姫を迎えた家だけの特別な門で、燃えてしまえば同じものは建てられませんでした。
赤門が重要文化財として大事にされる理由は、古いからだけではなく、同じ種類の門がほかに現存しないところにあります。1931(昭和6)年には国宝に指定され、現在は国の重要文化財です。
「表門は黒門」だった
赤門と並べて語られるのが黒門です。観光情報サイトのニッポン旅マガジンは、大名家に嫁いだ将軍家の子女が暮らす奥御殿が御守殿で、その門を朱塗りにしたことから、表門の黒門に対して赤門と呼ばれた、と説明しています。赤門は藩邸の正面玄関ではなく、嫁いだ姫のための専用の入口でした。
薬医門か、高麗門か
赤門の門の形は、東大の資料でも書き方が分かれます。歴史的建造物の紹介ページは「中央は中心の柱から屋根が少しずれる薬医門の型式」と書き、東大史Q&Aは「朱塗りの高麗門を建てる慣習」と書いています。同じ大学の二つの説明で、呼び名が違います。
どちらが正しいかを、私は確かめられませんでした。この記事では、赤門そのものの構造は大学の紹介ページの説明に従い、「切妻造・本瓦葺の中央の門と、左右の唐破風造の番所」と書くにとどめます。
2021年2月12日、赤門が閉じた理由
耐震基礎診断で一部の結果が低かった
閉門を知らせる東大の告知(2021年2月12日付)は、赤門の耐震基礎診断を複数の仮定に基づいて実施した結果、一部の結果で耐震性能が低いものとなったので、さらに詳細な耐震診断を行うことにした、と説明しています。そのうえで、耐震性能の確保が確認できるまでの間、通行を禁止して閉門する、としました。
「壊れかけているから閉めた」という説明ではありません。複数の仮定で診断したところ、一部の結果で耐震性能が低かったので、確認が取れるまで人を通さない、という安全側の判断です。「一部の結果で低い」と書いてある点は、そのまま読むのが正確だと思います。
屋根の上と小屋裏で行われた調査
2021年(令和3年)3月30日には、建築学科の教員が解説する「赤門オンライン見学会」が学内向けに行われました。文京区の観光案内には、赤門の立派な屋根瓦を部分的に取り外して実測する、小屋裏に入って微小な揺れを計測する、といった調査の内容が動画で公開されていると書かれています。
赤門の調査では、図面を見るだけでなく、屋根瓦を実測し、小屋裏の細かな揺れも測っていたことになります。木造の建物が揺れにどう強いか弱いかを知りたい方は、木造とRC造の耐震性や耐用年数を比べた記事もあわせてどうぞ。
代わりの門と、柵で囲まれた番所
閉門と同時に、代わりの出入口として「伊藤国際学術研究センター門(仮称)」が開けられました。大学の開閉門時刻の案内には、この門が7:00〜22:00と載っています。同じ告知によると、赤門の左右にある二棟の番所は、耐震基礎診断で耐震性能が低いと分かったため、周囲に柵などを置く措置がとられました。
2027年に再び通れるようにする計画
ひらけ!赤門プロジェクトの中身
東大は2024年11月7日に、赤門周辺の歴史的環境保全事業として「ひらけ!赤門プロジェクト」の寄付募集を始めました。目的は、東大が150周年を迎える2027年に再び人々が通行できるよう赤門を改修し、周辺を「世界の誰もが来たくなるキャンパス」の入口として整備することです。寄付の募集期間は2027年3月末までで、東京大学基金を通じて卒業生以外も寄付できます。
2027年は、1827年の建立から数えて赤門が200周年を迎える年でもあります。東大150周年と赤門200周年が重なる年に開くことが、大学の計画の軸です。
発掘された溝の遺構と、明治のレンガ造り
趣意書によると、2023年秋には、赤門につながる構造物として、側面に石組みが施され、底に白漆喰が突き固められた溝の遺構が発掘されました。加賀藩邸と中山道(現・本郷通り)の境界だった溝で、歴史的価値が高く、保存と活用が検討されています。赤門脇のレンガ造りの建物(UTCC)は明治43年(1910)に築かれ、本郷キャンパスに現存する大学建造物としては最古の一つです。
赤門の改修は、門を直して終わる計画ではありません。藩邸の境界と、明治の建物まで含めた周辺を、一つの歴史的なエリアとして整える計画です。
閉まっている間、赤門とどう付き合うか
今の東大の門の使い方
大学の開閉門時刻の案内では、赤門は2021年2月12日から当分の間、閉門と書かれ、大扉も小扉も閉鎖です。キャンパスに入る場合は、正門や伊藤国際学術研究センター門など、開いている門を使うことになります。誰がどの門から入れるかは、大学の案内や掲示で確かめてください。
再開したら見たいところ
大学の紹介ページによると、赤門は中央の本瓦葺の門の左右に唐破風造の番所を置き、さらに海鼠塀の繋塀が左右に配されています。このような例はあまり多くない、とも書かれています。再開後に通ることがあれば、門の屋根だけでなく、左右の番所と塀の並びまで見てほしいところです。
再開の時期は、大学の計画では2027年を目標としています。正確な再開日は、私が調べた範囲では見つかりませんでした。出かける前に、東大の公式発表で確かめるのが確実です。
赤門でよくある誤解
赤門は東大の正門なのか?
赤門は正門ではありません。東大の開閉門時刻の案内には、正門と赤門が別の門として載っています。正門は今も開いていて、赤門だけが閉まっています。
赤門は東大が建てた門なのか?
東大が建てた門ではありません。赤門は1827年に加賀藩前田家が建てた藩邸の門で、1877(明治10)年に東京大学の創設に伴って大学に移管されました。大学にとっては、創設の年に受け継いだ門です。
赤門は壊れそうだから閉まっているのか?
大学の告知は、耐震基礎診断の一部の結果で耐震性能が低かったため、さらに詳細な診断を行うあいだ通行を止める、という説明です。壊れる寸前という書き方はされていません。確認が取れるまで人の通行を止める措置です。
赤門は今も国宝なのか?
赤門は1931(昭和6)年に国宝に指定されましたが、現在は国の重要文化財です。「国宝」と呼ばれる旧指定の名残がそのまま語られている場面があるので、今の区分は重要文化財と覚えておくと正確です。
見に行くかどうかを決める三つの目安
赤門を見に行くか迷っている方に向けて、公式の情報で決められる三つの目安を整理します。
- 赤門を通り抜けたいなら、2027年に再び通れるようになる計画の続報を待つ
- 門の周辺の歴史が目当てなら、東大の歴史的建造物の紹介ページと文京区の観光案内で、いま公開されている情報を先に読む
- キャンパスに入る予定があるなら、赤門ではなく開いている門を、大学の案内で確かめてから向かう
まとめ:東大の赤門を振り返る
赤門は、1827年に加賀藩前田家が将軍家の溶姫を迎えるために建てた朱塗りの御守殿門です。赤い色は「将軍の娘が嫁いだ家」の印で、焼失しても再建が許されなかったため、同じ種類の門として今に残るのは赤門だけと大学は説明しています。
2021年2月12日からの閉門は、耐震基礎診断で一部の結果が低かったため、詳細な診断と確認が済むまで通行を止める措置でした。2026年10月時点で閉門は5年8か月になりましたが、大学は2027年の再開を計画しています。見に行くなら、まず東大の公式発表で最新の状況を確かめてください。
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📊 「東大の赤門はなぜ赤い?御守殿門の決まりと、2021年から閉まったままの理由」はこんな人に読まれています
📚 参考文献・出典
- ・東京大学「(本郷)赤門の閉門」(2021年2月12日) https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/z1603_00004.html
- ・東京大学「「赤門オンライン見学会」YouTube/東大TV公開のお知らせ」 https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/z1603_00009.html
- ・東京大学「赤門周辺の歴史的環境保全事業について」(2024年11月7日) https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/z0802_90057.html
- ・東京大学「趣意書(寄付のお願い)赤門を皆の力で開こう!」 https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400251141.pdf
- ・東京大学文書館「東大史Q&A Q4-1」 https://www.u-tokyo.ac.jp/adm/history/09_04_01_j.html
- ・東京大学「歴史的建造物の紹介 国の重要文化財 指定」 https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/campus-guide/b07_04_a.html
- ・東京大学「開門・閉門の時刻」 https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/students/campus-life/public02_06.html
- ・文京区「東京大学赤門」 https://www.city.bunkyo.lg.jp/b014/p003747.html
- ・ニッポン旅マガジン「重要文化財 赤門(東京大学)」 https://tabi-mag.jp/tk0377/










































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