全固体電池はなぜ燃えにくいと言われるのか|電解液との違いと硫化水素の落とし穴

全固体電池は「燃えない電池」と紹介されることがあります。私も、このニュースを見るたびに、電池の中身を液体から固体に替えれば火事の心配がなくなるのだと思っていました。調べてみると、その理解は半分だけ合っていて、半分は違っていました。

この記事では、リチウムイオン電池の電解液がなぜ燃えやすいのか、全固体電池はそこをどう変えるのか、そして燃えにくくなっても残る課題までを、公的機関・大学・企業の発表で確かめた範囲で整理します。2026年10月時点の内容です。

  • 今のリチウムイオン電池は、燃える性質のある有機溶媒の電解液を使っている
  • 全固体電池は、その電解液を固体の電解質に置き換えた電池
  • 燃えにくくなる可能性はあるが、「燃えない」とは言い切れない
  • 硫化物系の固体電解質には、硫化水素ガスという別のリスクもある
  • トヨタと出光興産は、2027〜2028年の実用化を目指している
目次

結論:燃えにくくなる可能性はあるが、燃えない電池ではない

先に答えを言うと

全固体電池が燃えにくいと言われる理由は、燃える性質のある液体の有機溶媒を使わず、難燃性の固体材料に置き換えるからです。ただしMONOistの連載では、置き換えれば発火リスクを低減できる「可能性」があるという書き方で、続けて「本質的に電池が高エネルギー体であることに変わりはない」と注意されています。

この記事の読み方

まず電解液の役割を押さえ、次に「液体だと何が起きやすいのか」を数字で見ます。その上で、固体にすると何が変わり、何が変わらないのかを順に比べます。結論だけ知りたい方は、表のある「全固体電池は何が違うのか」の章と、最後のまとめを読めば十分です。

電池の中で電解液は何をしているのか

イオンの通り道という役目

電池の電解質は、正極と負極のあいだでイオンを運ぶ物質です。リチウムイオン電池では、一般的に炭酸エステル系の有機溶媒にLiPF6などのリチウム塩を溶かした電解液が使われています。充電と放電のたびに、リチウムイオンがこの液体の中を行き来します。

仕組みの全体像は、リチウムイオン電池はなぜ繰り返し充電できるのかで、イオンの往復として整理しています。

水ではなく有機溶媒を使う理由

鉛蓄電池やニッケル水素電池のように水を使う電解液だと、電圧を上げすぎたときに水が電気分解されてしまいます。リチウムイオン電池は、電気分解されにくい有機溶媒を使うことで高い電圧に耐え、エネルギー密度を高めています。つまり、有機溶媒は高い電圧に耐えるために選ばれた材料です。

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液体の電解液が燃えやすい理由

引火点14℃という数字

電解液の溶媒として使われる炭酸エステルの一つに、炭酸ジメチルがあります。厚生労働省の職場のあんぜんサイトにある化学物質の情報では、炭酸ジメチルは引火性液体の区分2で、引火点は14℃(密閉式)、沸点は90.3℃です。爆発範囲は4.2〜12.9vol%、自然発火温度は458℃と載っています。

引火点とは、液体から出た蒸気に火が近づいたとき、燃え出せる最低の温度のことです。

室温を20℃と置いて計算すると、20℃−14℃=6℃。室温のほうが引火点より6℃高いことになります。電池の中の溶媒が、純粋な炭酸ジメチルのままとは限りません。それでも、この種の液体が部屋の温度で火を呼べる性質を持っていることは、数字から読み取れます。

着火しやすさは分子の形で変わる

東北大学流体科学研究所の研究グループは、電解液の主成分である炭酸エステルの着火の過程を調べ、分子構造のわずかな違いで着火のしやすさが大きく異なることを実験で示しました。発表資料では、エチル基を持つEMCとDECのほうが、メチル基だけのDMCより低い温度側で反応が起きる、つまり着火しやすいと説明されています。

ここで私は考えを改めました。電解液は「燃える液体」とひとまとめに語られがちですが、実際は溶媒の種類で着火のしやすさが違うのです。

全固体電池は何が違うのか

粉末状の材料をピンセットで扱う実験の様子(固体電解質は粉体を原料にする)
Photo by National Cancer Institute on Unsplash

電解液を固体の電解質に置き換える

MONOistの連載によると、全固体電池の基本的な動作原理は従来のリチウムイオン電池と同じです。違うのは、正極と負極のあいだのリチウムイオンの伝導が、電解液ではなく固体電解質を介して行われる点です。電池の中身に液体がなく、すべて固体の材料でできているから全固体電池と呼ばれます。

比べるところ 従来のリチウムイオン電池 全固体電池
イオンの通り道 有機溶媒にリチウム塩を溶かした電解液 固体電解質
燃えやすさ 可燃性の有機溶媒を使う 難燃性の固体材料。発火リスクを低減できる可能性
劣化の原因 電解液の分解を伴う副反応が劣化を引き起こす 副反応が起こりにくく、寿命の向上が期待される
別のリスク ガス発生による膨張など 硫化物系では硫化水素ガスの発生も考慮が必要
※MONOist「全固体電池で注目高まる「電解質」」(日本カーリット・川邉裕氏の連載)の記述をもとに整理しています。

酸化物系と硫化物系という2つの系統

固体電解質は、材料の種類で大きく酸化物系と硫化物系に分かれます。自動車用では、イオン伝導率が高い硫化物系の開発が進む傾向にあるとされています。構造と材料の相性としては、粉体をプレスして作るバルク型に硫化物が、薄い膜を重ねる薄膜型に酸化物が使われる例が多く、薄膜型の酸化物全固体電池は、すでに市販されている製品もあります。

硫化物固体電解質は、柔らかくて他の材料と密着しやすいため、電池の量産がしやすいという特徴もあるそうです。

燃えにくくても残る課題

高エネルギー体であることは変わらない

電池は、エネルギーをぎゅっと詰め込んだ部品です。電解液を固体に替えても、その事実は変わりません。大型の電池の安全性については、十分な検証が必要だというのがMONOistの指摘です。

硫化物系には硫化水素ガスという別のリスクがある

自動車用で有力な硫化物系を使う場合、硫化水素ガスの発生という別のリスクも考慮する必要があると、同じ連載に書かれています。「液体が燃える心配」が減る代わりに、別の物質の管理が必要になるということです。完全な解決ではなく、リスクの種類が変わる、と私は受け止めました。

固体にしただけで性能が跳ね上がるわけではない

容量や起電力といった電池の大事な特性の多くは、電極の中の活物質で決まります。電解質を固体に替えただけで劇的に性能が向上するわけではない、と連載は注意しています。「全固体=すべてが良くなる」という読み方は、ここで外れます。

「全固体」という言葉に決まった定義はない

半固体電池との境目

MONOistの連載には、全固体電池に明確な定義はなく、どの程度の材料構成ならそう呼べるのかは解釈が難しい、とあります。海外のベンチャーが全固体電池だと主張する製品の中には、液体材料を固めただけで、実質はリチウムポリマー電池と同等とみられるものも散見される、という記述もあります。電池の内部に固体と液体が共存する場合は、半固体電池や、単に固体電池と呼ばれることもあります。

名前だけで判断しないために

ですから、記事や広告で「全固体」と見かけたときは、電解質が本当にすべて固体なのかを確かめるのが近道です。名前が同じでも、燃えにくさの理屈が同じとは限りません。

いつ車に載るのか:トヨタと出光の計画

充電ケーブルをつないだ電気自動車(全固体電池の搭載先として開発が進む)
Photo by CHUTTERSNAP on Unsplash

出光興産の発表で確かめられること

出光興産は2026年1月29日、全固体電池の材料となる固体電解質を作る大型パイロット装置について、最終投資決定を行い建設を開始したと発表しました。トヨタ自動車と協業し、2027〜2028年に全固体電池を搭載した電気自動車の実用化を目指しています。生産能力は年間数百トンを見込み、千葉事業所の敷地内に2027年中の完工を目指すとしています。

固体電解質の重要な中間原料である硫化リチウムの大型製造装置も、2027年6月の完工に向けて進んでいるとのことです。現在は2基の小型実証設備で、量産技術の開発とサンプル製造をしています。

歴史の長さと、NEDOの見立て

車載電池としての要素技術の研究は、出光は2001年から、トヨタは2006年から続けてきました。今回の協業では、硫化物系の固体電解質が対象で、数十名規模のタスクフォースで量産を目指すと、2023年当時の発表を報じた記事にあります。

国のNEDOは、硫化物固体電解質を使う第1世代の全固体電池が2020年代後半に、材料系を改良した次世代の全固体電池が2030年代前半に、車載用の市場に登場すると想定しています。つまり、ニュースで見る「2027〜2028年」は最初の一歩で、その先に改良版が続く計画です。

ニュースや製品を見るときの判断基準

確かめたい3つの点

全固体電池の話題に出会ったら、私は次の3点を見ます。

  • 電解質は、すべて固体か(半固体ではないか)
  • 酸化物系か硫化物系か(硫化物系なら、ガスへの対策の説明があるか)
  • 「燃えない」ではなく「燃えにくい」「可能性」と書かれているか

手元の電池は今のままで大丈夫か

今お持ちのスマートフォンやモバイルバッテリーが全固体かどうかは、製品の仕様で確かめられます。多くは従来のリチウムイオン電池と考えられるため、電池の取り扱いの基本は変わりません。仕組みの側から押さえたい方は、モバイルバッテリーの保護回路の仕組みも参考になります。

よくある誤解

全固体電池は絶対に燃えないのでは?

絶対に燃えない、と言い切れる根拠は確認できませんでした。可燃性の有機溶媒を使わないことで発火リスクを低減できる可能性がある、というのが確かめられた範囲です。

電解質を固体にすれば、性能も一気に上がるのでは?

多くの特性は電極の活物質で決まるため、電解質を固体に替えただけで劇的に向上するとは限りません。充電時間や寿命への期待はありますが、期待の段階のものもあります。

全固体電池はもう実用化されているのでは?

薄膜型の酸化物全固体電池には、すでに市販されている製品もあります。一方、自動車向けの大容量の電池は、トヨタと出光興産が2027〜2028年の実用化を目指している段階です。

まとめ:全固体電池が燃えにくい理由と、見るべきところ

全固体電池が燃えにくいと言われるのは、可燃性の有機溶媒の電解液をやめ、難燃性の固体電解質に置き換えるからです。ただし、それは「燃えにくくなる可能性」であって、燃えない電池という意味ではありません。電池が高エネルギー体であることは変わらず、硫化物系には硫化水素ガスという別のリスクもあります。

調べる前の私は、固体にすれば安全は解決すると思っていました。今は、リスクがなくなるのではなく、種類と管理の仕方が変わる話だと考えています。次に「全固体」という言葉を見かけたら、電解質がすべて固体か、系統は何か、断定ではなく可能性と書かれているか、の3点を見てください。最新の計画は、各社の公式発表でご確認を。

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📚 参考文献・出典

📖 この記事について 本記事は、電池の“仕組み”を知るための読み物です。製品の安全性や取り扱いを保証するものではなく、購入や使用の判断は各メーカーの公式情報に従ってください。2026年10月時点の公表資料にもとづいており、開発の計画は変わることがあります。

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EDITOR
白月ハルカ
ディスカバリーメディア 編集長
1995年生まれ、新潟・長岡育ち。いまは東京の中央線沿線でひとり暮らしをしながら、ディスカバリーメディアの編集長をしています。前職はIT企業の広報(5年)。統計表を眺めるのと、ラジオの野球中継と、ジョジョ(第4部派)が好きです。ニュースの見出しを見ると「本当に?」と数字を確かめにいく癖があって、その確かめた結果を記事にしています。間違いを見つけたら教えてください、すぐ直します。