「人工地球」に閉じ込められた8人の科学者たち 〜バイオスフィア2、知られざる2年間の記録〜

「酸素がない…息ができない…」

1993年1月、アリゾナの巨大ガラスドームの中で、科学者たちがパニックに陥っていました。施設内の酸素濃度が14.5%まで低下。これは富士山頂よりも薄い空気です。

このガラスドームこそ、総工費200億円を投じて作られた「バイオスフィア2」。人類史上最大の閉鎖環境実験施設です。

3,800種の生き物と暮らした奇妙な2年間

1991年9月、医師や科学者など8人のクルーが、この巨大なガラスドームに「封印」されました。

面積1万平方メートル超の施設内には、なんと5つの異なる自然環境が作られていたんです。熱帯雨林あり、サバンナあり、珊瑚礁のある海あり…まさに「箱の中の地球」。

「最初は楽しかったですよ。自分たちの育てた野菜を食べて、時には手作りのアイスクリームで贅沢な時間も過ごしました」

と、当時のクルーの1人、ジェーン・ポインターさんは振り返ります。

でも、その幸せな日々は長くは続きませんでした。

次々と襲いかかる想定外の出来事

まず、植物の受粉を担うはずのミツバチが全滅。作物の収穫量は激減し、クルーたちは慢性的な飢えと戦うことになります。

そこへ追い打ちをかけるように、ゴキブリが大量発生。導入した3,800種の生物の多くが死滅する中、このしぶとい生き物だけが爆発的に増殖し、貴重な作物を食い荒らしたんです。

さらに深刻だったのが酸素不足。原因は意外なところにありました。施設の建材として使われたコンクリートが、空気中の二酸化炭素を吸収。その結果、植物の光合成に必要な二酸化炭素が不足し、酸素の生成が追いつかなくなったんです。

人間関係も限界に

慢性的な酸素不足と空腹。そんな極限状態の中、クルーたちの人間関係にも亀裂が入り始めます。

「もう限界です…」 「黙っていてください!」

些細なことで言い争いが起こり、次第にクルーは2つの派閥に分かれていきました。コーヒーの収穫日など、特別な日以外はほとんど会話もしなくなったといいます。

30年経った今、明らかになる真の価値

実験は1993年に終了。当時は「失敗」と報じられ、第2回目の実験も中断を余儀なくされました。

でも、この「失敗」が教えてくれた教訓は大きかったんです。

現在、この施設を管理するアリゾナ大学のジョン・アダムス准教授は言います。

「バイオスフィア2は、地球環境の驚くべき複雑さを私たちに教えてくれました。今、世界で起きている環境問題の多くは、この実験で起きた問題の拡大版なんです」

火星移住の夢は、地球への警鐘に

もともとは火星移住を見据えて始まったこの実験。皮肉なことに、私たちに地球の価値を再認識させる結果となりました。

今もアリゾナの砂漠に佇むこのガラスドームは、気候変動研究の最前線として活用され続けています。そして、かつて8人の科学者たちが体験した2年間の記録は、地球環境の脆さを私たちに警告し続けているのです。

引用:Wikipedia