厚生労働省が2026年10月7日に公表した毎月勤労統計調査の8月分速報で、実質賃金は前年同月比1.5%増になり、8カ月連続のプラスでした。ところが同じ日の資料には、実質賃金1.9%増という別の数字も並んでいます。ニュースで見るのはたいてい1.5%のほうですが、どちらかが誤りというわけではありません。
この記事では、1.5%がどんな計算で出てくるのか、1.9%との差を生む「持家の帰属家賃」とは何かを、厚労省の公表資料と総務省統計局の解説で確かめていきます。実質賃金のニュースを読むときに、どの数字を見ればよいかも整理します。
- 実質賃金1.5%増は、名目賃金3.8%増を物価2.2%上昇で割り引いた数字
- 1.9%増は、物価指数に持家の帰属家賃を含めて計算した別の数字
- この1年で実質賃金はマイナス1.7%からプラス1.5%へ動いた
- 指数で見ると、水準は2020年平均を100として83.7にとどまる
実質賃金1.5%増は、名目賃金3.8%増から物価2.2%上昇を割り引いた数字
結論から言うと、実質賃金の前年同月比は、名目賃金の伸びを物価の伸びで割り引いたものです。2026年8月は、賃金が3.8%増え、物価が2.2%上がったので、差し引きで購買力が1.5%増えたことになります。
2026年8月の実質賃金ができるまで
前年同月比 3.8%増
前年同月比 2.2%上昇
前年同月比 1.5%増
名目賃金は311,364円で、7カ月連続の3%台
名目賃金とは、実際に支払われた金額そのものです。厚労省の報道発表によると、2026年8月の現金給与総額は事業所規模5人以上で311,364円、前年同月比3.8%増でした。3%以上の伸びが7カ月続くのは、34年5カ月ぶりと書かれています。規模30人以上に絞ると344,966円で3.7%増です。
内訳のうち、基本給や各種手当にあたる所定内給与は277,861円で3.8%増、賞与などの特別に支払われた給与は13,006円で前年同月と同水準でした。この月の伸びを支えたのは、ボーナスではなく毎月の給与のほうです。
引き算では1.6%になるのに、公表値が1.5%なのはなぜ
ここで私は電卓を叩いて、少し引っかかりました。3.8から2.2を引くと1.6になるからです。公表されている実質賃金は1.5%増です。
実質賃金の伸びは、引き算ではなく割り算で求めます。1.038÷1.022=1.0157なので、四捨五入すると1.6%です。厚労省の1.5%との0.1ポイントの差は、公表値が四捨五入する前の指数で計算されているためと考えられます。
厚労省の資料の利用上の注意にも、前年比などの増減率は指数から算出しているため、実数で計算した場合と必ずしも一致しない、という趣旨の記載があります。ニュースの数字を自分で検算するときは、0.1ポイント程度のずれは出るものと思っておくと、慌てずに済みます。名目賃金と実質賃金の基本的な違いは、実質賃金と名目賃金の違いを解説した記事で図解しています。
同じ日の資料に1.9%増という数字もあるのはなぜか
厚労省の資料を開くと、実質賃金は2通り載っています。1つは「消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)」で割ったもので、現金給与総額の指数は83.7、前年同月比は1.5%増で、8カ月連続のプラスです。もう1つは「消費者物価指数(総合)」で割ったもので、指数は85.6、前年同月比は1.9%増で、こちらは9カ月連続のプラスと書かれています。
賃金の側は同じ311,364円です。違うのは、割り算に使った物価の種類だけです。
持家の帰属家賃とは、持ち家を借家とみなした場合の家賃
厚労省の用語の解説では、持家の帰属家賃を「持家を借家とみなした場合支払われるであろう家賃」と説明しています。持ち家に住んでいる人は、大家さんに家賃を払っていません。しかし、同じ家を借りたらいくらかかるかを計算上の家賃として見積もり、その動きを物価指数に入れています。実際にお金のやり取りがない項目です。
物価は除くと2.2%上昇、含めると2.0%上昇
同じ8月の物価の前年同月比は、帰属家賃を除く総合が2.2%上昇、総合が2.0%上昇でした。帰属家賃を除いたほうが上昇率は高くなっています。これは、帰属家賃の伸びが、それ以外の品目の平均より小さいことを意味します。物価の上昇率が低い指数で割れば、実質賃金は高く出ます。1.9%増と1.5%増の差は、ここから生まれています。
| 割り算に使う物価 | 物価の前年同月比 | 実質賃金の指数 | 実質賃金の前年同月比 |
|---|---|---|---|
| 持家の帰属家賃を除く総合 | 2.2%上昇 | 83.7 | 1.5%増(8カ月連続プラス) |
| 総合 | 2.0%上昇 | 85.6 | 1.9%増(9カ月連続プラス) |
| ※出典:厚生労働省「毎月勤労統計調査 2026年8月分結果速報」(速報値)。指数は2020年平均=100 | |||
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払っていない家賃が、物価の大きな部分を占めている
私は賃貸暮らしで、毎月ほんとうに家賃を払っています。なので、払っていない家賃が物価に入っていると知ったとき、最初は意味がよく分かりませんでした。調べてみると、この項目はかなり大きいのです。
ウエイトは1万分の1499
消費者物価指数は、家計が買うものの支出の重みで品目を足し合わせて作ります。総務省統計局の解説ページ(統計Today No.128)には、持家の帰属家賃のウエイトは1万分の1499と大きい、と書かれています。
1499÷10000=0.1499なので、総合の約15%にあたります。残りの約85%(8501÷10000)が、食品・光熱費・衣類・サービスなどの実際に買う品目です。
ウエイトは基準年の改定で変わります。この解説ページが書かれた時点の数字なので、現在の基準での値は総務省の最新の公表資料で確認してください。
帰属家賃の動きは、民営借家の家賃で代用している
同じ解説ページによると、帰属家賃の動きには「民営借家の家賃」の動きを当てています。持ち家の人には誰も家賃を請求しませんから、近い条件の借家の家賃が上がれば、持ち家の帰属家賃も上がったことにする、という考え方です。
ここで私は勘違いをしていました。帰属家賃を入れるのは、持ち家の人の生活費を水増しするためだと思っていたのです。実際には逆で、持ち家か借家かで住居費の見え方が変わらないように、持ち家も同じ物差しで住居サービスを数える仕組みです。厚労省が国際比較に載せている主要国の実質賃金も、帰属家賃を含む物価指数で実質化されている、と資料にあります。
そのうえで、厚労省が賃金の実質化に「除く」指数を主に使う理由は、資料の注にはっきり書かれています。賃金の購買力を示すには、実際に取引が行われている財・サービスに限ったほうがよい、というのが理由です。月給の中から帰属家賃を払う人はいないので、筋の通った選び方です。
この1年で実質賃金は、マイナス1.7%からプラス1.5%へ動いた
8カ月連続という言葉は、その前に長いマイナスがあったことの裏返しです。厚労省の付表から、2025年8月以降の動きを並べました。
| 月 | 名目賃金 | 物価(帰属家賃を除く総合) | 実質賃金 |
|---|---|---|---|
| 2025年8月 | 1.3% | 3.1% | -1.7% |
| 9月 | 2.1% | 3.4% | -1.3% |
| 10月 | 2.5% | 3.4% | -0.8% |
| 11月 | 1.7% | 3.3% | -1.6% |
| 12月 | 2.4% | 2.4% | -0.1% |
| 2026年1月 | 2.5% | 1.7% | 0.7% |
| 2月 | 3.4% | 1.4% | 2.0% |
| 3月 | 3.1% | 1.6% | 1.4% |
| 4月 | 3.6% | 1.5% | 2.0% |
| 5月 | 3.3% | 1.7% | 1.6% |
| 6月 | 4.0% | 1.9% | 2.2% |
| 7月 | 4.3% | 2.2% | 2.0% |
| 8月(速報) | 3.8% | 2.2% | 1.5% |
| ※出典:厚生労働省「毎月勤労統計調査 2026年8月分結果速報」概況の付表(前年同月比、事業所規模5人以上)。7月は確報で改訂された値 | |||
名目賃金が加速し、物価の上昇率が小さくなった
プラスに転じたのは2026年1月で、2025年12月はマイナス0.1%でした。名目賃金は2025年8月の1.3%から、2026年8月の3.8%へ上がりました。物価の上昇率は、同じ期間に3.1%から2.2%へ下がっています。
1年間の変化を引き算すると、名目賃金は3.8−1.3=2.5ポイント加速し、物価は3.1−2.2=0.9ポイント減速しました。実質賃金は、-1.7%から1.5%へ、1.5−(−1.7)=3.2ポイント改善しています。賃金の加速と物価の減速の両方が効いた、と読めます。
物価が下がったのではなく、上昇率が小さくなった
私は最初、実質賃金がプラスになったのは物価が下がったからだと思い込んでいました。表の物価の列を見ると、そうではないことが分かります。2025年8月も2026年8月も、物価は上がり続けています。上がり方が3.1%から2.2%に緩やかになっただけで、去年と同じ買い物をするのに、今年は2.2%多くお金がかかるという状況は続いています。物価が下がり続ける状態は、インフレとデフレの違いを解説した記事のとおり、デフレと呼ばれる別の局面です。
名目3.8%は、入れ替わる調査事業所の一人平均
もう一つ、数字の読み方で大事なのが、3.8%という伸びの出どころです。毎月勤労統計調査は、全国の事業所から抽出して聞き取る調査で、結果は労働者1人あたりの平均です。
共通事業所で見ると、現金給与総額は2.8%増
厚労省は参考値として、共通事業所による前年同月比も公表しています。共通事業所とは、前年同月と当月の両方で集計の対象になった事業所のことで、同じ事業所の賃金がどれだけ変わったかを見るための数字です。8月の現金給与総額は、就業形態計で2.8%増でした。通常の公表値は3.8%増なので、1.0ポイント低くなります。
どちらが本当の賃上げか、という問いは成り立ちません。通常の公表値は、労働者の入れ替わりや事業所の構成の変化も含めた平均の動きで、共通事業所の値は、同じ事業所の中での変化です。資料にも、共通事業所の集計はサンプルサイズが小さくなることに留意が必要だと書かれています。
2026年1月の標本入れ替えで、数字に段差ができている
調査対象の事業所は、毎年1月に一部が入れ替わります。2026年1月に入れ替えた際、新旧の事業所の結果を比べたところ、現金給与総額で-1,582円(-0.5%)の断層が生じたと、厚労省が明記しています。入れ替えるだけで平均値が動いてしまうため、共通事業所の値を参考として併記しているわけです。
平均値の性質については、国税庁の統計を題材にした平均給与が実感より高く感じる理由の記事でも整理しました。毎勤の311,364円も、全員の平均です。
実質賃金の数字を読むときの注意点
実質賃金がプラスと聞くと、自分の暮らしも楽になったように感じます。ただ、公表された数字には限界があります。確認しておきたい点を3つ挙げます。
速報値は、確報で改訂される
今回の8月分は速報です。厚労省の資料に「速報値は、確報で改訂される場合がある」と明記されています。8月分の確報は10月23日の公表予定です。表の7月は、確報で改訂された値です。8カ月連続という記録も、確報の結果しだいで変わる可能性があります。
調査は回収率67.3%のサンプル調査
今回の調査対象事業所は33,045で、回答があったのは22,241、回収率は67.3%でした。全数調査ではないため、数字には誤差が含まれます。1.5%と1.6%の違いのような小さな差を、意味のある違いとして読み込みすぎないほうが安全です。
物価は平均的な買い物かごで、あなたの家計とは一致しない
物価2.2%は、全国の平均的な家計の買い物かごから計算した数字です。電気・ガス代が大きい家、家賃の比重が高い家、車の維持費がかかる家では、感じる物価の上がり方が違います。賃金の側も、平均は業種や雇用形態の違いをならした数字です。1.5%増という公表値は、あなたの給与明細の実質の伸びを保証するものではありません。
水準で見ると、2020年平均よりまだ低い
前年と比べて1.5%増えた、という話と、いまの購買力が十分に戻ったか、という話は別です。厚労省の実質賃金指数は、2020年の平均を100として表します。2026年8月の指数は83.7でした。
100−83.7=16.3なので、2020年平均より約16.3%低い水準です。仮に今後も前年比1.5%増が毎年続くとして、83.7×1.015のn乗=100となるnを求めると、ln(100÷83.7)÷ln(1.015)=0.1779÷0.01489≒11.95で、約12年かかる計算です。この計算は、毎年同じ伸びが続くという単純な前提を置いた目安です。
世間が「8カ月連続プラス」に注目しているとき、私は83.7という数字のほうが気になりました。前年比で見るプラスと、2020年比で見る水準は、同じ統計から出てくるのに、受ける印象がまるで違います。どちらも事実なので、並べて見るのが一番誤解が少ないと思います。なお、総合で割った指数は85.6で、こちらも2020年平均を下回っています。
自分の昇給率を物価と比べる計算と、どちらの数字を見るかの判断
実質賃金の考え方は、自分の給与にも使えます。やることは、昇給率を物価の上昇率と見比べるだけです。
月収を例に計算してみる
月収30万円の人が、賃金3.8%増になったとします。300,000×1.038=311,400円で、11,400円の増加です。一方、物価が2.2%上がると、前年に30万円で買えたものは300,000×1.022=306,600円かかります。311,400−306,600=4,800円が購買力の増えた分で、4,800÷306,600≒1.57%です。割り算で求めた1.038÷1.022=1.0157とも合います。
昇給率が2%だった人なら、1.02÷1.022≒0.998で、実質は約-0.2%です。昇給率が物価上昇率の2.2%を下回ると、名目の給与が増えていても、購買力は目減りします。
手元の給与明細と昇給の通知があれば、2分でできる計算です。2026年10月時点の最新の物価の伸びは、総務省統計局の消費者物価指数で確認できます。
目的別に、どちらの実質賃金を見るか
| 知りたいこと | 見る数字 | 理由 |
|---|---|---|
| 給料で買えるものが増えたか | 帰属家賃を除く総合で割った実質賃金(1.5%増) | 実際に取引のある財・サービスだけで購買力を測るため |
| 他の国と比べてどうか | 総合で割った実質賃金(1.9%増) | 各国が帰属家賃を含む物価指数を使うため |
| 自分の昇給は物価に勝ったか | 自分の昇給率と、物価の上昇率(2.2%) | 平均ではなく自分の給与で比べるため |
実質賃金のよくある誤解
実質賃金がプラスなら、物価高は終わったのですか
終わっていません。8月の物価は前年同月より2.2%上昇しています。実質賃金がプラスになったのは、賃金の伸びが物価の伸びを上回ったからで、物価が下がったからではありません。
1.5%と1.9%のどちらかが間違っているのですか
どちらも正しい数字です。賃金は同じで、割り算に使う物価の範囲が違います。1.5%は持家の帰属家賃を除いた物価、1.9%は帰属家賃を含む総合の物価で計算しています。
実質賃金が1.5%増なら、私の給料も1.5%分豊かになったのですか
そうとは限りません。実質賃金は労働者全体の平均で、物価も平均的な買い物かごから求めた数字です。自分の昇給率が物価上昇率の2.2%を下回っていれば、あなたの購買力は減っている可能性があります。
まとめ:実質賃金1.5%増の読み方
2026年8月の実質賃金は前年同月比1.5%増で、8カ月連続のプラスでした。賃金3.8%増を、物価2.2%上昇で割り引いた数字です。同じ日の資料の1.9%増は、物価に持家の帰属家賃を含めた別の物差しで、生活の購買力を見るなら1.5%、国際比較なら1.9%と使い分けます。
この1年は、名目賃金が1.3%から3.8%へ加速し、物価の上昇率が3.1%から2.2%へ緩やかになった動きでした。それでも、水準は2020年平均を100として83.7です。前年比のプラスと水準を並べて見ると、数字の意味を取り違えにくくなります。ニュースで実質賃金を見かけたら、まず物価指数が何で、水準はどこかを確認してください。自分の暮らしに当てはめるときは、昇給率と物価の上昇率2.2%を比べる計算が、一番手早い判断材料になります。
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📚 参考文献・出典
- ・厚生労働省「毎月勤労統計調査 2026年8月分結果速報」報道発表資料(2026年10月7日) https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/monthly/r08/2608p/dl/houdou2608p.pdf
- ・厚生労働省「毎月勤労統計調査 2026年8月分結果速報」概況(付表・時系列表・用語の解説・利用上の注意) https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/monthly/r08/2608p/dl/pdf2608p.pdf
- ・厚生労働省「毎月勤労統計調査 2026年8月分結果速報」 https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/monthly/r08/2608p/2608p.html
- ・総務省統計局「統計Today No.128」(持家の帰属家賃のウエイトと動き) https://www.stat.go.jp/info/today/128.html
📖 この記事について 本記事は、賃金統計の“仕組み”を知る面白さをお届けするための読み物です。個別の家計判断や金融商品の推奨を示すものではありません。2026年10月時点の速報値にもとづき、確報で改訂される場合があります。最新の情報は厚生労働省・総務省統計局などの公的機関でご確認ください。










































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