渡り鳥はなぜV字で飛ぶのか?前の鳥が作る上昇気流と先頭交代の仕組み|ホオアカトキ14羽のGPS記録で確かめる

秋の空に、鳥が列を作って飛んでいく光景があります。先頭の1羽から後ろへ、斜めに2本の線が伸びたV字です。私は長いあいだ、前の鳥が風を受けて、後ろの鳥がその陰で楽をする形だと思っていました。ところが研究の資料を読むと、後ろの鳥が使っているのは風よけではなく、前の鳥の翼が作る上向きの空気の流れでした。この記事では、ホオアカトキ14羽にGPSをつけた2014年の研究と、先頭を交代していた2015年の研究を中心に、渡り鳥がV字で飛ぶ理由を整理します。2026年10月時点の内容です。

  • V字の後ろの鳥は、前の鳥の翼の外側にできる上向きの空気の流れを使って飛びます
  • 先頭の鳥だけは、この得を受けられません
  • ホオアカトキの記録では、鳥どうしが先頭を交代して、負担を分けていました
  • 理論上の省エネ効果と、実測に近い見積もりには差があります
目次

V字の後ろの鳥は、前の鳥のおかげで楽をしています

まず、V字で飛ぶ得がどこにあるのかを確認します。2015年に米国科学アカデミー紀要(PNAS)に載った論文の冒頭が、この仕組みを短くまとめています。

後ろの鳥は、前の鳥が作る上向きの流れに乗ります

論文によると、鳥が飛ぶとき、翼の下の高い圧力の空気は翼の先を回って、低圧の翼の上側へ流れ込みます。この流れが、鳥の後ろに2本の渦を作ります。渦の外側の部分では空気が上向きに動き、真後ろの部分では下向きに動きます。上向きの流れは「上昇流(アップウォッシュ)」と呼ばれ、この流れの中を飛ぶ後ろの鳥は、体を支えるために必要な力が減ります。

私は最初、自転車の集団走行のように、前の鳥が風を受け止めてくれるのだと考えていました。資料が書いているのは、風を遮るという話ではなく、翼の外側にできる上向きの流れを利用するという話でした。見方が違っていたのは、私のほうでした。

先頭の1羽だけは、この得を受けられません

同じ論文は、先頭を飛ぶ鳥には前の鳥がいないため、1羽で飛ぶときと比べた得がない、と指摘しています。V字は全員が同じだけ楽になる形ではありません。このため、誰が先頭を飛ぶのかという問題が生まれます。この問題には、あとの見出しで戻ります。

渡りの方角をどうやって知るのかは、別の記事の渡り鳥はなぜ迷わないのかで書きました。この記事では、飛ぶ形のほうを扱います。

翼の先にできる渦と、理論上の省エネ効果

翼が空気から受ける揚力の基本は、ドローンが4枚のプロペラで飛べる理由の記事で書いています。ここでは、V字で飛ぶとどれくらい得をするのかを、年代順に見ていきます。

1970年の計算では、25羽で飛べる距離が約70パーセント伸びました

1970年にLissamanとShollenbergerが科学誌Scienceに発表した論文が、この分野の出発点とされます。要旨によると、25羽が飛ぶ場合、理論上は1羽で飛ぶときと比べて、飛べる距離が約70パーセント伸びます。向かい風より追い風のほうが、有利さがはっきりします。また、抵抗の軽減を全員に均等に分けるには、V字の形が必要だと書かれています。

1羽で100km飛べる条件なら、100×(1+0.70)=170kmです。70%伸びるとは、1.7倍の距離を飛べるという意味です。

実測に近い見積もりは、10〜14%にとどまっています

PNASの論文には、理論と現実の差が書かれています。固定翼の空気力学に基づく計算では、最適な翼の間隔で飛べば、1羽で飛ぶより50%を超える省エネになる可能性があります。一方で、ガンの群れを撮った写真を分析した研究では、鳥は上昇流を使える位置にいるものの、翼の間隔は最適な位置から外れていて、省エネは10%から14%と見積もられました。

最初に実測したのは、ペリカンの心拍数でした

PNASの論文によると、V字の省エネを実測で最初に示したのは、2001年のWeimerskirchらの研究です。心拍数をエネルギー消費の目安として調べたところ、V字の中ほどを飛ぶ鳥は、先頭の鳥より心拍数が低くなっていました。心拍数は消費エネルギーそのものではなく、その代わりに使う指標である点には注意が必要です。

空を飛ぶ鳥の列(V字や斜め一列)を、実際に見たことはありますか?

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ホオアカトキ14羽のGPS記録で分かった羽ばたきの合わせ方

青空を斜めに並んで飛ぶ鳥の列。V字や斜め一列の編隊の例です
Photo by Yoel Winkler on Unsplash

2014年に科学誌Natureに載った英国王立獣医大学のPortugalらの研究は、実際に渡りをしている鳥のV字を、羽ばたき1回ごとに記録しました。

人が育てた若鳥14羽を、超軽量機で先導しました

研究に使われたのは、オーストリアで人が育てた若いホオアカトキ(英名Northern bald ibis)14羽です。ヨーロッパでは300年間絶滅していた鳥で、保全団体のWaldrappteamが再導入を進めています。若鳥は超軽量機を追って、夏の生まれ故郷からイタリア・トスカーナの越冬地まで渡りました。鳥に軽いGPS・加速度ロガーをつけ、群れの中での位置、速度、翼を打つタイミングと強さを記録しています。

PNASの論文によると、同じ群れの渡りは、ザルツブルク(オーストリア)からオルベテッロ(イタリア)までの1,353kmで、6つの区間に分けて飛びました。ロガーの重さは23g、鳥の平均体重は1,308gです。

ロガーの重さは平均体重の23÷1,308=0.0176、つまり約1.8%です。

真横では翼の先の動きをそろえ、真後ろではずらします

研究が見つけたのは、二つの飛び方です。ScienceDaily(英国の研究支援機関EPSRCの発表)によると、V字の横の位置では、鳥どうしが羽ばたきの位相をそろえ、翼の先が通る軌道が前の鳥と重なります。これで上昇流を羽ばたきの1周期を通して受け止めます。もう一つは真後ろの位置で、羽ばたきを逆の位相にして、下向きの流れに当たる時間を避けています。

ここに驚きました。鳥は、前の鳥の羽ばたきに合わせて、自分の打つタイミングまで調整していたことになります。それまで、鳥にはそのような飛び方は無理だと考えられていた、と発表は述べています。どうやって前の鳥の動きを感じ取っているのかは、今回読んだ資料では説明されていません。

先頭を飛ぶのは誰か:ホオアカトキは交代していました

V字の得は後ろにしかありません。それなら、先頭は誰が飛ぶのでしょうか。2015年にPNASに載ったVoelklらの研究が、同じ14羽の記録から答えを出しています。

前の鳥の後ろを飛んでいた時間は、32%でした

論文は、記録された鳥が、前の鳥の後ろ(上昇流を使える位置)を飛んでいた時間の割合を32%としています。研究者は、鳥が互いに近くにいるだけで、得をする位置を探してはいない場合の値を、シミュレーションで1%と見積もりました。実際の値はそれを大きく上回っています。私は、先頭は力のある鳥が決まって務めるものだと思っていたので、この1%と32%の差が、いちばん意外でした。

先頭を飛んだ時間と、後ろで楽をした時間が、釣り合っていました

論文の要約によると、鳥が先頭を飛ぶ時間は、その鳥が他の鳥の後ろで得をする時間と強く相関していました。2羽の組み合わせで見ても、互いに先頭を頻繁に入れ替えて、後ろで過ごす時間を合わせています。論文は、ホオアカトキは直接の交代で協力していると結論づけています。編隊は2羽から12羽の編隊で飛んでいました。

渡りは危険で、体力を使うからこそ意味があります

論文は、渡りの死亡率が一年のほかの時期より高いことにも触れています。英名greater snow geese(Chen caerulescens)の例では、秋の渡りでの死亡率は成鳥で5%、若鳥で最大35%と推定されています。若い鳥ほど、エネルギーを節約できるかどうかが生き残りに関わります。その意味でV字は、群れで負担を分ける工夫として見ることができます。

V字飛行の注意点とまだ分からない点

ここまでの内容には、すべての鳥や場面にそのまま当てはまるとは言えない部分があります。三つ整理します。

理論値と実測の差は、まだ埋まっていません

50%を超える理論上の省エネと、写真から見積もられた10〜14%には大きな差があります。ペリカンの心拍数は省エネの方向を示しましたが、数字そのものを他の鳥にあてはめることはできません。

人に育てられた若鳥の結果であることに注意が必要です

ホオアカトキの記録は、人が育てて超軽量機で先導した14羽の若鳥から得られました。PNASの論文は、人に育てられたことが行動に影響した可能性を議論しています。野生の成鳥の群れで同じことが起きているかは、この研究だけでは断定できません。

V字ではなく、斜め一列になることもあります

PNASの論文の冒頭は、大型の鳥の渡りの形を「V字または斜め一列(エシュロン)」と書いています。空で見かける形は、きれいなV字とは限りません。

空でV字を見かけたときの見方

翼を広げて同じ向きに飛ぶ鳥の群れ。秋の渡りの季節に見かける編隊の例です
Photo by Nick Fewings on Unsplash

秋は渡りの季節です。論文の内容を、見るときの目印に置き換えます。

形が、V字か斜め一列かを見ます

どちらの形でも、後ろの鳥が前の鳥の斜め後ろに並ぶ点は共通しています。まず、この並び方を確認します。

先頭の鳥が入れ替わるかを見ます

ホオアカトキでは、先頭の交代が頻繁に起きていました。ただし、肉眼で先頭の入れ替わりが分かるかどうかは、群れの大きさと距離しだいです。1回見ただけで判断はできません。

羽ばたきのタイミングは、肉眼では判断できません

羽ばたきの位相のずれは、GPSと加速度ロガーで記録して分かったことです。空を見上げて確かめられるものではありません。

V字飛行についてのよくある誤解

先頭の鳥は、群れでいちばん強いのですか

強い鳥が固定で務めているとは限りません。ホオアカトキでは、先頭を飛ぶ時間が、後ろで楽をする時間と釣り合うように交代していました。先頭には得がないため、全員で分けているように見えます。

前の鳥が風を防いでくれているのですか

資料の説明は、風を防ぐ話ではありません。前の鳥の翼の外側にできる上向きの流れを、後ろの鳥が使っているという説明です。

V字で飛べば、全員が同じだけ楽になりますか

なりません。先頭の鳥には得がなく、後ろの鳥でも位置や羽ばたきのタイミングがずれると、受けられる上昇流が減ります。

まとめ:渡り鳥のV字は、上向きの流れと先頭の交代でできています

V字の後ろの鳥は、前の鳥の翼の外側にできる上向きの流れを使い、体を支える力を減らしています。ホオアカトキ14羽の記録では、横の位置で翼の先の動きをそろえ、真後ろでは逆の位相で羽ばたいていました。先頭は交代して、前の鳥の後ろで過ごす時間は、全体の32%でした。

一方で、理論上の省エネと写真から見積もられた値には差があり、ホオアカトキの結果が野生のすべての鳥に当てはまるかは、まだ分かっていません。秋の空でV字や斜めの列を見かけたら、先頭の位置を目で追ってみるのも、資料の内容を確かめる一つの方法だと思います。最新の研究結果は、各論文や研究機関の公式発表でご確認ください。

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EDITOR
白月ハルカ
ディスカバリーメディア 編集長
1995年生まれ、新潟・長岡育ち。いまは東京の中央線沿線でひとり暮らしをしながら、ディスカバリーメディアの編集長をしています。前職はIT企業の広報(5年)。統計表を眺めるのと、ラジオの野球中継と、ジョジョ(第4部派)が好きです。ニュースの見出しを見ると「本当に?」と数字を確かめにいく癖があって、その確かめた結果を記事にしています。間違いを見つけたら教えてください、すぐ直します。