酉の市で熊手を値切って祝儀を渡すのはなぜ?2026年は11月7日と19日の二の酉

酉の市(とりのいち)で熊手を買うとき、売り手と客が値段を交渉し、まとまると手を打って締めます。値切ったあとで、値引きされた分を祝儀として渡す人もいます。値切るのに祝儀まで渡すのは、なぜでしょうか。

私は、酉の市で値切るのは失礼に当たるのではないかと思っていました。浅草の酉の寺、長國寺の公式サイトを読むと、値引き額を祝儀にするのが「粋」な買い方とされてきた、と書かれています。この記事では、2026年の酉の市の日程、始まり、熊手の由来、値切りと手締めの作法を、2026年10月時点の公式サイトなどで確かめた内容でまとめます。

  • 酉の市は、11月の酉の日に行われる開運招福・商売繁盛の祭り。2026年は11月7日(土)と19日(木)で、二の酉まで
  • 始まりは江戸近郊の花又村(現在の足立区花畑)の収穫祭といわれ、浅草に賑わいが移った
  • 熊手は落ち葉をかき込む農具から、運をかき込む縁起物になった。由来には鷲の爪や軍扇の説もある
  • 値引き額を祝儀にするのは慣習で、決まりではない。熊手屋が値段を提示する店もある
  • 前の年の熊手は、新しい熊手を買うときに納め所へ納める
目次

酉の市は11月の酉の日に開く、開運招福・商売繁盛の祭り

酉の日は12日ごとに巡ってくる

浅草の酉の寺・長國寺の公式サイトによると、酉の市は11月の酉の日(十二支)に、浅草の酉の寺をはじめ関東各地で行われる、開運招福・商売繁盛を願う祭りです。江戸時代から続く年中行事です。酉の日は12日おきに巡ってくるため、祭りが2回の年と3回の年があります。1回目を「一の酉」、2回目を「二の酉」、3回目を「三の酉」と呼びます。

2026年は二の酉まで。11月7日と19日

長國寺の公式サイトでは、2026年は二の酉までのため、11月7日(土)と19日(木)の開催予定です。

計算:7日+12日=19日。19日+12日=31日だが11月は30日までなので、3回目の酉の日は12月1日になる。2026年の11月は2回になる。

長國寺のQ&Aには、酉の日が11月の初めに来れば3回、10日頃になれば2回、という説明があります。

年 酉の日(11月) 回数
2024年 5日・17日・29日 3回
2025年 12日・24日 2回
2026年 7日・19日 2回
※2024年の三の酉(29日)と2025年の二の酉(24日)、2026年の日程は長國寺の公式サイトの記載。その他の日は12日ごとに自分で数えた

計算:11月の最初の酉の日がd日なら、3回目はd+24日。11月は30日までなので、3回目が11月に入るのは、最初の酉の日が6日以前(d+24が30以下)の年だけになる。

開催時間は、酉の日の0時から24時までの丸1日

長國寺のQ&Aでは、浅草の酉の市は酉の日の0時から24時までの丸1日です。前日の夜19時頃から、境内近くの一部の露店が開く宵宮もあります。天候による延期や中止はなく、人に危険がある悪天候や大地震などでない限り、雨や雪でも開かれます。開催日は11月の酉の日だけなので、平日になる年も休日になる年もあります。

酉の市の始まりは、足立区の収穫祭といわれる

酉の市の始まりは、足立区の収穫祭といわれる:夜の祭りで提灯が並ぶ会場に集まる人々
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花又村の鷲大明神に、鶏を納めた

長國寺の「酉の市(由来と歴史)」には、酉の市の始まりは江戸近郊の花又村(現在の足立区花畑にある大鷲神社)といわれる、とあります。当初は近在の農民が、鎮守である鷲大明神に感謝する収穫祭でした。氏子たちは鷲大明神に鶏を奉納し、祭りが終わると、集まった鶏を浅草の浅草寺まで運んで、観音堂の前に放したと伝えられています。収穫を神に感謝する祭りとしては、宮中の神嘗祭と新嘗祭もあります。

賭博の禁止を境に、賑わいが浅草へ移った

当初は武士の参詣が多く、やがて江戸の町人が大勢参詣するようになりました。社の前では、年末の一発勝負を賭けた辻賭博が開かれて賑わいましたが、安永年間に出された賭博禁止令を境に、盛況は浅草へ移っていった、と長國寺は説明しています。

当時は、花又村を「本の酉」、千住の勝専寺を「中の酉」、長國寺が別当をつとめていた浅草の鷲大明神を「新の酉」と呼び、この3か所の酉の市が有名でした。浅草の「新の酉」は、すぐ東に新吉原があったこともあって、鷲妙見大菩薩(鷲大明神)が長國寺に迎え移された明和8年(1771年)頃から一躍有名になった、とされています。

浅草には「酉の寺」と鷲神社が並んでいる

浅草の酉の市は、寺の長國寺と、隣の鷲神社の両方で行われます。長國寺は、酉の市の会場として「酉の寺」と呼ばれています。神社と寺の違いについては、神社と寺の違いの記事で整理しています。酉の市の熊手を納める納め所も、長國寺と鷲神社の入口の2か所にあります。

酉の市の熊手を、これまでに買ったことはありますか?

  1. 毎年のように買っている
  2. 買ったことがある
  3. 見に行ったことがある程度
  4. 行ったことはない

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見に行ったことがある程度:25%
毎年のように買っている:13%
買ったことがある:0%

熊手が縁起物になった3つの説

鷲の爪の形になぞらえた説

長國寺の「熊手の由来」では、まず、鷲が獲物をしっかり捕らえることになぞらえて、運を鷲づかみにするという説が挙げられています。鷲の4本の爪のうち3本を熊手の手に、1本を柄とした3本爪の熊手が、のちに5本爪になり、「運をかっこむ」熊手守りになったと言われます。

戦勝祈願の軍扇の故事

2つ目は、戦場へ行く武将が神仏に戦勝を祈願して奉納した軍扇が、勝って戻ると、熊手のように反り返った骨だけになっていた、という故事です。これにあやかって「開運を招く」熊手守りになったとされます。

実用の農具から縁起物へ

3つ目は、実用の農具が縁起物になったという説です。酉の市の始まりは、花又村の収穫祭で、その日は鎮守の鷲大明神の前に市が立ち、農具や農産物を売る露店が並びました。大きな唐の芋の「頭の芋」、粟で作った黄金色の「黄金餅」とともに、落ち葉などをかき込む熊手がありました。

江戸の町から参拝者が増えるにつれて、実用的な熊手から、江戸っ子が好む洒落のきいた縁起熊手へ変わっていった、と伝えられています。浅草の酉の市では、花又で売られていた熊手よりずっと大きく華やかな縁起熊手が出てきました。

縁起熊手の種類と、おかめの有無

赤物熊手は、おかめの面をつけない

長國寺の「縁起熊手の種類」によると、赤物熊手は、飾り物(差し物)が手作りで、一見して赤く見えるのでこの名前で呼ばれます。七福神や大判小判を配し、両わきには大福帳を置いて、熊手全体を宝船に見立てています。おかめの面は付けません。

青物熊手(文化熊手)は、おかめと松を飾る

青物熊手は、差し物が機械造りで、上部に緑の松を飾ったものが多かったため、この名前で呼ばれます。おかめの面をはじめ、大判小判、松竹梅、鶴亀、米俵など、おめでたいものが並びます。

みの熊手・黒爪熊手・桧扇熊手など

ほかにも、竹ざるにおかめの面や升を入れたみの熊手、爪を太く焼いて黒くした黒爪熊手、扇の真ん中におかめを入れた桧扇熊手などがあります。長國寺は、最近は横に広がるより、横幅を抑えて厚みを増したものが人気で、大きさも、片手に収まる小さな豆熊手から、飾る場所に困るほど大きなものまで幅広い、と紹介しています。ひいきの名前を入れる「入山(いりやま)」もあります。

熊手を値切って、値引き分を祝儀にするのはなぜか

熊手を値切って、値引き分を祝儀にするのはなぜか:夜の露店に赤い縁起物の飾りが並ぶ様子
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値引き額を祝儀にするのが「粋」とされてきた

長國寺のQ&Aには、熊手の値段交渉で「まけてよ」「このくらいまでなら」とやり取りを楽しんだあと、価格が決まり、お金を支払うときに、その値引き額を祝儀とするのが「粋」な買い方とされた、と書かれています。

nippon.comの解説も、売り手が「負けた、負けた」と言って交渉が成立したら、値引き後の価格を支払い、値切った差額を祝儀として店に渡す、と説明しています。結果的には店が決めた元の値段で買うことになりますが、客は気前のよい気持ちを味わえ、店員も祝儀を喜ぶ、とされています。

祝儀は慣習で、決まりではない

長國寺は、祝儀はあくまで慣習であって決まりではない、と書いています。本来の意味は、まけてくれた心意気への感謝と、自分は来年の福をかき込む熊手を買えたこと、熊手屋にもよい年になるようにという応援だ、という説明です。

一方で、今は「いくら?」と聞くと、熊手屋が大きさや飾りの種類などの一定の基準で金額を決めて伝える店もあるようです。馴染みになると、価格は熊手屋が決めて提示することもあるそうです。値切るかどうか、祝儀を渡すかどうかは、店と客の関係や店の方針によります。

手締めは「三本締め」と書く資料と、「一本締めも」と書く資料がある

交渉がまとまると、売り手と客が手拍子で締めます。nippon.comの解説は、売り手と買い手が一緒に「三本締め」をすると書いています。観光情報サイトFUN! JAPANの解説は、拍子木と手拍子を行い、関東では「イヨー!」の掛け声のあとに三本締めか一本締めをするのが一般的だと説明しています。締め方は、店や会場によって違いがあるようです。

熊手を毎年買い替えるのは、前の年の福を納めて新しい熊手を迎えるため

前の年の熊手を持って行き、納め所に納める

長國寺のQ&Aでは、新しい熊手を求めに来るとき、必ず前の年の熊手を持ってくるよう案内しています。浅草の酉の市では、長國寺と鷲神社の入口に熊手の納め所があり、1年間福を取り込んでくれた熊手に感謝して納めます。納め所に置くだけで、酉の寺で時間ごとに浄めているそうです。

納め所に持って行けなかった小さな熊手は、最寄りの寺社で大みそかや初参りに、お札のお焚き上げを行っていれば、賽銭を添えて納めてもよいとされています。大きい熊手は、感謝をしたうえで、住んでいる地域の資源分別のルールに従って分解して処分する、と案内されています。

飾る場所は、玄関の少し高いところ

飾り方も、長國寺のQ&Aに載っています。最適な場所は玄関で、福を取り込みやすいように入口に向けて、少し高いところに飾ります。そのほかの場所では、正面を南・東・西などに向けて、室内の少し高いところに飾ります。正面を北に向けるのは避けたほうがよい、とされています。ただ、これらの条件に当てはまらないときは、置いてみていちばん収まりのよい場所に、やや高く飾ればよい、とも書かれています。

「去年より少し大きく」は、公式の決まりではない

琉球新報のコラム(打楽器奏者の江川ゲンタさん、2018年)には、毎年同じ店で買うのが心意気で、去年より少しでも高い熊手を買うのが常だ、と書かれています。ただしこのコラムは個人の見解で、なぜ大きくするのかという理由は書かれていません。長國寺の公式サイトにも、毎年大きくするという決まりは見つかりませんでした。この習慣は、公式の作法ではなく、買い手の間で語られている話として受け取るのがよいと考えます。

酉の市で気をつけること

値切るかどうかは、店によって違う

値切りと祝儀は慣習で、すべての店が同じ方法で売っているわけではありません。熊手屋が金額を決めて提示する店もあるため、値段を聞いてから、様子を見て判断します。

時間帯によっては、対応しない熊手屋もある

酉の市は丸1日開いていますが、長國寺のQ&Aによると、酉の日の早朝3時頃から9時頃までのあいだは、対応しない熊手屋もあります。熊手を買いたい人は、日中に行くほうが確実です。お守り熊手を受けられるのは酉の日の0時から24時までで、深夜2時から朝9時までを除く時間帯に「お守り受け所」が開いています。

浅草以外の酉の市は、日程が違う会場もある

長國寺のQ&Aは、浅草以外の酉の市では、11月の酉の日と限らない会場もあると案内しています。ほかの会場に行くときは、主催者の案内で日程と熊手の納め方を確かめます。

よくある誤解

Q. 三の酉の年は、必ず火事が多いのですか?

長國寺は、昔から「三の酉の年には火事や吉原に異変が起こる」と言われてきたが、その理由には諸説がある、と書いています。三の酉がある年に火事が増えるという統計的な裏づけは、確かめられませんでした。

Q. 酉の市で値切らないと、失礼になりますか?

いいえ。祝儀と同じく、値切りは慣習で、決まりではありません。熊手屋が金額を提示する店では、値切らずに買う人もいます。

Q. 熊手は、1年たったらそのまま捨ててよいのですか?

公式には、新しい熊手を買うときに前の年の熊手を納め所へ納めるよう案内されています。納められない場合は、小さいものは寺社のお焚き上げ、大きいものは感謝をしたうえで地域の分別ルールに従って処分します。

酉の市と熊手の判断ポイント

ここまでの公式サイトなどの内容から、行く前に何を確かめるとよいかを表にまとめます。

状況 確認すること
行く日を決める 2026年の浅草は11月7日(土)と19日(木)。0時から24時まで開催。三の酉はない
熊手を選ぶ 飾る場所の広さに合う大きさを選ぶ。小さな豆熊手から大きなものまである
値段を決める 店が金額を提示するか、値段交渉に応じるかを様子で確かめる。祝儀は慣習で決まりではない
前の年の熊手がある 新しい熊手を買うときに持参し、納め所(長國寺と鷲神社の入口)に納める
飾る 玄関の入口に向けて少し高いところに。北向きは避けるとされる

私は、値切るのは失礼かもしれないと思っていましたが、公式サイトが口上を「楽しんで」と書いているのを読んで、値切りも祝儀も、店とのやり取りを楽しむための慣習なのだと理解しました。それでも店ごとに方針が違う点は、行って確かめるしかないと思います。

まとめ:酉の市は、収穫祭から続く年末の縁起物の市

酉の市は、11月の酉の日に行われる開運招福・商売繁盛の祭りです。始まりは江戸近郊の花又村(現在の足立区花畑)の収穫祭といわれ、浅草に賑わいが移りました。2026年の浅草の酉の市は、11月7日(土)と19日(木)の二の酉までです。

熊手は、落ち葉をかき込む農具から縁起物になったという説のほか、鷲の爪や戦勝祈願の軍扇にちなむ説があります。値切りと祝儀は慣習で、長國寺は、値引き額を祝儀にするのが「粋」とされてきたと説明しています。決まりではないため、店の様子を見て判断してください。

前の年の熊手は、新しい熊手を買うときに納め所へ納めます。最新の日程や開催時間は、長國寺の公式サイトで確認してください。

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EDITOR
白月ハルカ
ディスカバリーメディア 編集長
1995年生まれ、新潟・長岡育ち。いまは東京の中央線沿線でひとり暮らしをしながら、ディスカバリーメディアの編集長をしています。前職はIT企業の広報(5年)。統計表を眺めるのと、ラジオの野球中継と、ジョジョ(第4部派)が好きです。ニュースの見出しを見ると「本当に?」と数字を確かめにいく癖があって、その確かめた結果を記事にしています。間違いを見つけたら教えてください、すぐ直します。