日比谷線の200mオーバーランはなぜ起こりうるのか|自動運転ATOが駅の停止位置に止まる仕組み

19日の朝、東京メトロ日比谷線の虎ノ門ヒルズ駅で、自動運転で走っていた電車が停止線を約200メートル越えて止まりました。けが人はなく、日比谷線は約50分後に全線で運転を再開しましたが、利用客約3万4000人に影響が出ています。

自動運転の電車なのに、なぜ決まった位置で止まれなかったのか。まず先に書いておくと、この件の原因は、私が確認できた報道の時点ではまだ明らかになっていません。そこでこの記事では、原因を推測せず、自動運転の電車が駅の決まった位置にどうやって止まっているのか、止まれなくなるとしたら一般にどんな場合があるのかを、東芝の技術資料と鉄道技術の解説をもとに整理します。数字は2026年10月時点で確認できた資料のものです。

  • 19日午前7時55分ごろ、虎ノ門ヒルズ駅で7両編成が停止線を約200メートル越えた
  • 自動運転でも運転士と車掌が乗っており、運転士は出発の操作を受け持つ
  • 駅で止める部分だけを担う装置が定位置停止装置(TASC)で、ホームドアの駅では約35センチ以内に止める精度が求められる
  • 行き過ぎの原因は今回の件では未発表。一般には、ブレーキが想定どおり効かない場合などが技術資料に挙がっている
目次

日比谷線のオーバーランで、報道から分かっていること

19日朝に起きたこと

毎日新聞の報道によると、19日午前7時55分ごろ、東京都港区虎ノ門1の日比谷線虎ノ門ヒルズ駅で、停車しようとしていた7両編成の車両が停止線を約200メートル越えました。車両は神谷町駅から虎ノ門ヒルズ駅に向かっていて、運転士と車掌が1人ずつ乗車し、自動運転で走行していたものの、所定の位置で止まらなかったと東京メトロは説明しています。

けが人はいません。日比谷線は一時運転を見合わせ、約50分後に全線で再開しました。利用客約3万4000人に影響が出たとされています。

まだ分かっていないこと

報道には、ブレーキの故障なのか、装置の設定なのか、線路の状態なのかといった原因は書かれていません。停止線を越えた距離が先頭車両の位置なのかも、記事からは分かりません。

200メートルという距離だけは、感覚をつかむ材料になります。日比谷線の新型車両13000系は1両20メートルの7両編成なので、編成の長さは7×20=140メートルです。200÷20=10で、1両の長さで数えれば10両分の距離になります。今回の車両が13000系かどうかは報道に書かれていないため、あくまで長さの目安です。

自動運転でも運転士が乗っているのはなぜか

自動運転でも運転士が乗っているのはなぜか:計器と操作盤が並ぶ運転室
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ATOは運転士の代わりに加速から停止までを操作する

自動列車運転装置(ATO)は、運転士に代わって列車の運転を自動で行う装置です。東芝の技術資料によると、運転士は出発ボタンを押すだけで、駅を出てから次の駅の決まった位置に止まるまで、ATOが制御の指令を出します。

私は最初、自動運転と聞くと、運転士が要らない電車を想像していました。実際には、ボタンを押して出発させる人が運転室にいます。ATOは発車から停止までの操作を自動でこなす装置であって、安全の最終判断を引き受ける装置ではありません。

運転士と車掌が乗る形で、何を分担しているのか

今回の報道では、運転士と車掌が1人ずつ乗っていました。東京メトロの発表資料の細かい分担までは私は確認できていないため、ここでは書きません。ATOの技術資料から言えるのは、駅間の走行と停止の操作を機械が受け持ち、人は出発の操作を担うという基本形までです。

自動化の範囲は、路線や装置によって違います。地下鉄全体の信号と運行の考え方は、地下鉄が定時運行できる仕組みの記事で整理しています。

通勤・通学で、電車の遅れや運転見合わせに遭ったことはありますか?

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ATC・ATO・TASCは何が違うのか

ATCは信号に従って減速させる装置

鉄道ライターの井上孝司氏の連載によると、日本で使われている自動列車制御装置(ATC)は、信号の表示が変わると自動でブレーキをかけたり停止させたりする「機械優先」の仕組みです。人が操作を誤ったときだけ介入する自動列車停止装置(ATS)とは、考え方が逆になります。

ATOはATCに加速の自動化を足したもの

同じ連載では、ATCの減速・停止の機能に、停止している状態から発車して加速する部分を自動化して組み合わせたものがATOだと説明されています。信号が決める速度の上限を守りながら、線路の条件に合わせて加速と減速を繰り返す仕組みです。

TASCは駅の停止位置に合わせる専用の装置

ATCが減速させる単位は信号の区切り(閉塞区間)で、駅のホームの停止位置とは一致しません。そこで駅の手前に位置情報を送る地上子を何か所か置き、停止位置までの距離を列車に伝えます。車上の装置は、停止すべき位置と現在位置を照らし合わせて減速のパターンを作り、それに合わせてブレーキをかけます。これが定位置停止装置(TASC)です。

装置 正式名称 受け持つこと
ATC 自動列車制御装置 信号の表示に従い、速度の上限を超えないよう自動でブレーキをかける
ATO 自動列車運転装置 発車、加速、走行、減速、停車の操作を自動で行う
TASC 定位置停止装置 駅の決まった停止位置に合わせて、停止の制御だけを行う
※東芝の技術資料と井上孝司氏の連載(マイナビニュース)をもとに作成

東芝の資料でも、TASCはATOの機能のうち駅への停止制御だけを担うものと書かれています。運転士が手動で運転しながら、駅に止める操作にだけTASCを使う路線もあります。

駅の停止位置はどこまで正確に止まるのか

駅の停止位置はどこまで正確に止まるのか:ホームに停車する地下鉄の電車
Photo by katsuma tanaka on Unsplash

ホームドアの駅では約35センチ以内が目安になる

ホームドアのある駅では、車両のドアとホームドアの位置が合わないと乗り降りができません。東芝の資料にある東京メトロ南北線の調査では、各駅の停止位置に、停止位置の精度が±35センチの範囲に入ったかを判定する地上子が置かれていました。判定が合格(JUST)のときだけ、ホームドアを開閉できます。

今回の約200メートルを、この許容幅の35センチと比べると、200÷0.35=約571で、およそ570倍です。もし許容を外れる止まり方が起きれば、ホームドアも開かないほどの差になります。

12,697回の停車で、合格でなかったのは8回

同じ調査は、2014年12月から2015年3月にかけて、南北線と、乗り入れ先の埼玉高速鉄道線、東急目黒線で行われました。南北線9000系のある編成のATOで3か月分を集めたところ、計12,697回の停車のうち合格でなかったのは8回で、0.063%でした。

合格でなかった8回の内訳は、停止位置の手前で止まるショート停車が7回、行き過ぎるオーバー停車が1回です。この数字は東芝のATOを積んだ南北線の編成の結果で、日比谷線の装置とは別のものです。ここから日比谷線の今回の原因を言うことはできません。

この確率を使うと、0.063%×10,000回=6.3回で、1万回の停車につき6〜7回ほど外れる計算です。ほとんどは問題なく止まり、まれに外れるのが、実際の自動運転の姿でした。

ブレーキの段数と予測で、止める位置を合わせる

手動は7〜8段、ATOは15段や31段に細かくする

列車のブレーキは、段階的に設定されたノッチと呼ばれる指令値で操作します。東芝の資料によると、手動運転ではブレーキのノッチは常用で7〜8段が一般的です。ATOやTASCを入れる場合は、細かい調整のために15段や31段にすることが多いとされています。

段数が少ないまま細かく切り替えると、切り替えのたびに減速の強さが大きく変わり、乗り心地が悪くなります。

2秒先の位置を予測してブレーキを選ぶ

東芝のATOは、停止位置を予測し、停止目標を行き過ぎないブレーキのうち、誤差が最も小さいものを選びます。駅間の走行中も、およそ2秒後の列車の速度と位置を予測しながら、制限速度を超えないようにノッチを調整しています。ブレーキの効きに反応遅れがあることも計算に入れているため、少ない切り替えで止められます。

満員や天候でブレーキ力は変わる

予測は、列車の動きを表す計算モデルに基づきます。ところが、超満員の乗車でブレーキ力が足りなくなったり、天候でブレーキ力が変わったり、編成ごとの個体差があったりして、実際の車両の特性とのずれが出ます。そこで東芝のATOは、自分が出した指令と速度の変化から実際の特性を推定し、モデルをリアルタイムで調整し、駅に停まるたびに学習します。

行き過ぎる原因になりうること。ブレーキが効かなかった記録もある

ブレーキ力が想定より弱いとオーバー停車になる

東芝の資料は、仕組みの上では何が起きるかを書いています。実際のブレーキ力がモデルより弱いと、ATOが予測したほど減速せず、所定の位置を行き過ぎてオーバー停車になる可能性があるという説明です。これを避けるためにブレーキを強くすると、強いブレーキをかけたまま止まるため、停止時の衝撃が大きくなります。

南北線の1回のオーバー停車は、レールの油が疑われた

先ほどの12,697回のうち1回だけ起きたオーバー停車について、走行記録を調べると、ブレーキの指令に対して減速が明らかに小さいことが分かりました。レール上にこぼれた油を踏むなどして、ブレーキが十分に効かなかったことが原因と考えられる、と資料に書かれています。ただし「考えられる」という推定で、確定ではありません。

ブレーキそのものの仕組みは、列車のブレーキが止まれる理由の記事に書きました。

止まり方は、行き過ぎ寄りに偏りやすい

意外だったのはここです。東芝の調査では、ATOの内部で認識していた停止位置の誤差が、オーバー寄りに分布していました。多少行き過ぎそうでも、乗り心地を考えて停止の直前に強いブレーキを指令しないようにしているためと考えられると、資料に書かれています。止まれないほどの行き過ぎを防ぎつつ、乗客が揺れない止め方を選ぶという、安全と快適さのバランスの上に成り立っています。

一方、手前で止まる7回のうち2回は、走行記録から、運転士の手動操作が過度に入ったことが原因と考えられています。人が介入すると、機械が組んだ減速の計画とずれる場合があるわけです。

自動運転のデメリットと注意点

一つの調査の数字を、別の路線に当てはめない

ここまでの0.063%や±35センチは、南北線の東芝ATOの調査結果です。路線や車両、装置のメーカーが変われば、数字も仕様も違います。日比谷線の今回の件を、この数字で説明することはできません。

止まる精度は車両の状態に左右される

ATOもTASCも、車両のブレーキが指令どおりに効くことを前提にして計算しています。ブレーキ力のずれを自分で補正する仕組みはあっても、補正が追いつかないほどずれれば、停止位置は外れます。

原因の発表を待つ必要がある

今回のオーバーランが、車両側なのか、地上側なのか、操作の問題なのかは、東京メトロの発表や今後の調査を待たないと分かりません。確認できていない原因を、憶測で補うことは避けたほうがよいでしょう。

報道を読むときの判断基準と、駅で確認できること

報道の数字は事実と推定を分けて読む

200メートルや約50分、3万4000人は、報道で確認できた事実です。原因については、技術資料の説明は一般論で、今回の件に当てはまるかは別の話です。この二つを分けて読むと、原因が出る前に結論を決めてしまうことを避けられます。

通勤の駅で、停止位置をそろえて観察してみる

明日の通勤で試せることがあります。ホームドアのある駅なら、電車が毎回ほぼ同じ位置にぴたりと止まり、ドアがホームドアとそろって開くのを見られます。許容は±35センチという幅です。毎回の止まり方がそろっていることに気づくと、その裏で停止位置の計算が走っていることが想像できます。

運転見合わせのときは公式の運行情報を見る

今回は約50分の見合わせでした。中央線が止まった日に自転車で都心まで走ることのある私にとって、3万4000人という数字は他人事ではありません。見合わせの長さや再開の見込みは、東京メトロの公式な運行情報で確認してください。

よくある誤解

自動運転の電車には運転士が要らない?

今回の電車にも運転士と車掌が乗っていました。ATOの技術資料でも、運転士が出発ボタンを押し、あとをATOが制御する形です。自動化の範囲は路線や装置によって異なります。

自動運転なら、オーバーランは起きないはず?

東芝の調査では、12,697回の停車のうち8回が合格の範囲外でした。0.063%と小さい数字でも、ゼロではありません。停止位置の精度は、ブレーキの効き具合や運転士の介入によって変わります。

オーバーランの原因は、装置が壊れたこと?

今回の件の原因は、報道の時点では発表されていません。技術資料には、ブレーキ力がモデルより弱い場合や、レール上の油でブレーキが効かなかったと考えられる例が挙がっていますが、日比谷線の件に当てはまるかどうかは分かりません。

まとめ:日比谷線のオーバーランと自動運転の止まり方

19日の虎ノ門ヒルズ駅の件で、報道から確認できるのは、7両編成が自動運転で走行中に停止線を約200メートル越えたこと、けが人はなく、約50分後に全線で再開し、約3万4000人に影響したことまでです。原因はまだ分かっていません。

自動運転の電車が駅に止まる仕組みは、ATCが速度の上限を守らせ、ATOが加速から停止までを操作し、TASCが地上子からの距離情報で駅の停止位置に合わせる形です。ホームドアの駅では、±35センチという細かい精度が求められます。

南北線の調査では、12,697回の停車のうち8回だけが範囲外で、うち1回のオーバー停車はレールの油などでブレーキが効かなかったと考えられています。この結果は日比谷線のものではありません。原因は、東京メトロの発表と調査の結果で確認してください。

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EDITOR
白月ハルカ
ディスカバリーメディア 編集長
1995年生まれ、新潟・長岡育ち。いまは東京の中央線沿線でひとり暮らしをしながら、ディスカバリーメディアの編集長をしています。前職はIT企業の広報(5年)。統計表を眺めるのと、ラジオの野球中継と、ジョジョ(第4部派)が好きです。ニュースの見出しを見ると「本当に?」と数字を確かめにいく癖があって、その確かめた結果を記事にしています。間違いを見つけたら教えてください、すぐ直します。