学習放獣とは何か|秦野市で放したクマが3日で再出没した理由と限界【2026年版】

学習放獣とは、捕まえたクマに人を怖い存在だと覚えさせてから、山に放す方法です。環境省の「クマ類の出没対応マニュアル」では、クマが嫌がる唐辛子成分のスプレーをかけたり、爆竹を鳴らしたり、檻を叩いたりして、再び人里に出てくるのを抑えるやり方と説明されています。

2026年10月20日に秦野市の権現山で捕獲され、学習放獣を受けたツキノワグマが、23日夜に善波峠のセンサーカメラに写りました。放獣から3日です。市は24日に弘法山公園へ続く登山道を閉鎖し、県と市は捕殺を視野に対応を検討しています。この記事では、学習放獣がどう進み、何を期待した方法で、なぜ効かないことがあるのかを、環境省・神奈川県・長野県の資料で確かめます。

  • 学習放獣は、捕獲したクマに忌避条件付けをして放す方法で、再出没を抑える効果は完全ではないと環境省が明記している
  • 放すか捕殺するかは、加害の有無・誘引物への執着・過去の捕獲回数など8つの基準で決まることが多い
  • 長野県は、堅果類の不作と目撃件数の増加を理由に学習放獣を一時休止している
  • 登山道の閉鎖中は入らず、遭遇したら背中を見せずにゆっくり後退するのが環境省の示す基本動作
目次

学習放獣とは何か|人を怖がるように覚えさせてから放す方法

学習放獣とは何か|人を怖がるように覚えさせてから放す方法
Photo by Michael Anfang on Unsplash

「放獣」は、捕獲したクマを殺さずに山へ戻すことです。環境省のマニュアルでは、放獣の方法を2つの観点で選ぶとされています。ひとつは学習(忌避条件付け)をするかどうか、もうひとつは放す場所です。

私は最初、放獣を「遠くへ運んで逃がすこと」だと思っていました。調べると、運ぶ距離とは別に、放す前に人への恐怖を覚えさせる作業が含まれています。それが付いたものを学習放獣と呼びます。

環境省のマニュアルが定める3つの放獣

呼び方 やること
学習放獣 放すときにカプサイシン(唐辛子成分)の噴霧、爆竹、檻を叩くなどで忌避条件付けを行い、再出没を抑える
奥山放獣 人里から離れ、集落や農地がほとんどない森林へ、捕獲地点から移動して放す
捕獲地点放獣 移動させず、捕獲した場所でそのまま放す。錯誤捕獲のときに行われることがある
※環境省「クマ類の出没対応マニュアル -改定版-」(令和3年3月)の用語と本文から整理。

学習と場所は組み合わせられます。今回の秦野市の事例は、神奈川新聞の報道では麻酔をかけ、センサーを付けて約10キロ離れた丹沢山地の奥地に放しています。市が「恐怖心を学習させた」と判断したとテレビ朝日系の報道が伝えているので、学習放獣と奥山放獣を合わせた形と読めます。

秦野市で放したクマが3日で戻るまで

報道に出ている経緯を、神奈川新聞(2026年10月24日配信)の記事で時系列に並べます。

権現山で目撃が続き、箱わなに1頭がかかった

権現山では11日からクマの目撃情報が相次いでいました。20日、市が山頂付近に置いた箱わなで、体長1・36メートル、体重101・3キロの成獣が捕獲されました。人里を荒らすなどした形跡がなかったことから、市は麻酔を打ち、位置情報を発信するセンサーを付けて、約10キロ離れた丹沢山地の奥地に放しました。

23日夜にカメラへ、24日に電波で同一個体と確認

23日午後8時45分ごろ、善波峠のセンサーカメラにクマが歩く姿が写りました。24日に県と市の職員が周辺を捜索し、放獣時に付けたセンサーの電波を受信して、同じ個体だと判断しています。同日午後3時、峠から続く浅間山(196メートル)・弘法山(234メートル)・権現山(243メートル)の登山道が閉鎖されました。

放獣した20日から、カメラに写った23日夜までは3日です(23日−20日)。放獣地点が約10キロ先なので、直線で戻ったと仮定すれば1日あたり約3.3キロ(10÷3)にあたります。善波峠が捕獲地点からどれだけ離れているかは報道にないため、実際の距離はこれより短い可能性があります。

見出しは「再び出没」という強い言葉です。ただ、10キロを3日という数字だけでは、なぜ戻ったのかは分かりません。報道に理由は出ていないので、私も推測は書きません。県と市は捕殺を視野に入れて検討していて、記事の時点で結論は出ていません。

クマが市街地や住宅地に入った場合の対応は、緊急銃猟の判断を市町村長が行う仕組みで扱っています。放獣するかどうかの判断とは別の制度です。

登山やハイキングの前に、クマの出没情報を確認していますか?

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麻酔から放獣まで、現場の作業はこう進む

環境省のマニュアルは、放獣作業を「危険を伴い、さまざまな立場の関係者が従事する」ものとして、手順を細かく決めています。

麻酔と標識の装着が先にある

クマに麻酔をかけて動きを止める作業(化学的不動化)は、従事者とクマ双方の安全に最大限の注意が必要とされています。放獣する個体には、耳標やマイクロチップなどの標識を付けます。過去に捕獲された経歴を後で判断するためです。犬や猫のマイクロチップによる個体の登録と同じように、番号で個体を見分けるための道具です。

放獣地点では、車の中から檻を開ける

放獣地点の周辺に人の気配がないかを確認し、あれば地点を変えます。車や人が通る可能性があれば、できる限り道路を封鎖します。放した後にクマが興奮して従事者を攻撃してくる可能性が高いため、檻の扉は、ロープを使い、安全な距離をとった車の中から開けます。麻酔の影響で動きが遅いときも、近づかず、爆竹やロケット花火で追い払います。

捕獲後に速やかに放すため、放獣場所は、地権者や近隣集落の代表者、周辺自治体と協議して、あらかじめ決めておくとされています。

麻酔から放獣まで、現場の作業はこう進む
Photo by Manuel Keller on Unsplash

放すか捕殺するかは、8つの基準で決まる

捕獲したクマを放すかどうかは、個体群の状態と、捕獲された個体の経歴で決めることが多いと環境省のマニュアルに書かれています。基準として挙がっているのは次の8つです。

  • 個体群の個体数水準
  • 捕獲地点のゾーニング区分
  • 過去に許可を受けて捕獲された回数
  • 過去に箱わななど誘引を伴うわなで錯誤捕獲された回数
  • 過去の加害の有無
  • 誘引物への執着の程度
  • 捕獲個体の齢クラス(幼獣・成獣)
  • 手負いの痕跡の有無

秦野市の事例で報じられた理由は「人里を荒らすなどした形跡がなかった」で、この基準でいえば「過去の加害の有無」に近い判断材料です。対して、人身事故を起こした個体や、起こす可能性が高い個体は、どのゾーンでも捕獲の対象になります。

放すかどうかは、クマの数が少ない地域ほど慎重になる

神奈川県は、県内のツキノワグマは主に丹沢山地に生息し、丹沢山地の生息数は約80頭と推定され、個体群の維持が懸念されていると公表しています(2026年1月更新)。80頭という数は、1頭を失う影響が大きい規模です。放獣が選ばれる背景には、被害を出していないクマまで殺さないという考えと、地域個体群を保つ目的の両方があります。

環境省は、クマの生息域の中心であるコア生息地や緩衝帯では、出没しても非捕獲の対応を基本とし、不要な捕獲は避けるとしています。そのうえで「捕獲=捕殺ではなく」放獣の可能性を検討する、という書き方です。

学習放獣をしても戻ってくることがある理由

環境省のマニュアルは、学習放獣の効果についてはっきり書いています。「出没抑制効果は完全ではなく、再出没を抑制できないこともあります」。

移動させても、放した場所に定着するとは限らない

マニュアルには、移動放獣による放獣地点への定着効果は十分ではないとの報告がある、と書かれています。奥山に運んでも、そこにとどまるとは限らないということです。秦野市の個体がなぜ戻ったのかは報道で説明されておらず、どの要因が働いたのかは分かりません。

学習放獣は、対策の一部にすぎない

長野県は、学習放獣を、捕獲に偏らず、誘引物の適正管理や被害防除対策を組み合わせた総合的な保護管理の中の一つとして位置づけています。放す前の学習だけで再出没を止める方法ではなく、人里に引き寄せない環境づくりと一緒に進める前提です。

私は「怖い思いをさせれば二度と来ない」と思っていたので、環境省が効果の限界を自分で書いていたことに少し驚きました。限界を知ったうえで、放すか殺すかを現場が選んでいます。

長野県は学習放獣を一時休止している

放獣をどう扱うかは、自治体によって、年によって変わります。長野県は県民ホットラインへの回答(2026年6月11日付)で、学習放獣を一時休止する方針としたと説明しています。

理由は、堅果類の不作と目撃件数の増加

県の説明では、令和7年度の堅果類豊凶調査で着果状況が不良だったこと、令和7年10月の目撃件数が前年の3倍を上回ったことから、食物不足で人の日常生活圏へ再出没するおそれが高いと判断しました。

実施には3つの条件がある

県の回答によれば、学習放獣は、市町村や地域住民の理解が得られていること、放獣場所や安全の確保が可能であること、必要な人員体制が整っていることなどの条件を満たす場合に実施できます。県は、学習放獣は誘引物管理や環境整備と組み合わせた総合対策の一つだとし、一律に駆除する方針ではなく、案件ごとに判断するとも述べています。

放獣は、出没の状況しだいで続けるか止めるかが変わる対応です。秦野市の事例も、ひとつの自治体が置かれた状況での判断として読むのが適切です。

学習放獣の限界とデメリット

ここまで見てきた限界を、整理します。

人手と場所が足りないと実施できない

麻酔、標識装着、移送、道路封鎖までを、安全に行える体制が必要です。マニュアルは、放獣場所の確保や、地権者・近隣集落との協議を事前に行っておくよう求めています。長野県の回答にも、地域住民の理解と人員体制が条件に入っています。

再出没すれば、地域の不安は大きくなる

放獣した個体が戻れば、住民の不安は放獣前より大きくなりかねません。今回、市は登山道を閉鎖し、県と市は捕殺を視野に入れて検討する事態になりました。

追跡できても、安全が保証されるわけではない

発信器があるので、同じ個体だと確認でき、電波で位置を探せます。ただし、位置が分かることと、人に出会わないことは別です。今回も、確認できたのは3日後でした。

登山道が閉鎖されたときの判断と、クマに遭ったときの動き方

登山道が閉鎖されたときの判断と、クマに遭ったときの動き方
Photo by Daniel Seßler on Unsplash

弘法山公園のような低い山でも、閉鎖の案内が出たら入らないのが基本です。標高は196〜243メートルですが、クマの行動範囲では高さは関係がありません。

入山前に自治体の案内を確認する

市や公園管理者の発表を、出かける前に確認します。閉鎖の範囲は報道によって「登山道」「アクセス路」と表現が分かれています。最新の範囲は、秦野市の発表で確認してください。

遭遇したら、背中を見せずにゆっくり後退する

環境省のマニュアルは、クマが向かってきたときも、威嚇突進(ブラフチャージ)といって、すぐ立ち止まって引き返す行動の場合があるとしています。その場合は、落ち着いて距離をとれば、クマが立ち去ることがあります。クマは逃げる相手を追いかける傾向があるので、背中を見せて逃げると攻撃性を高める場合があります。クマを見ながらゆっくり後退する、静かに話しかけながら後退する、という動きです。慌てて走って逃げてはいけません。

マニュアルは、攻撃を避ける完全な方法はないことも書いています。遭遇してしまった場合に備えて、クマ撃退スプレーの携帯も推奨されています。悪天候や夕暮れは、人とクマがお互いに気づきにくくなるため、より注意が必要です。

学習放獣に関するよくある誤解

放獣は、クマを逃がしてしまった失敗ですか

失敗ではなく、環境省のマニュアルが検討することとしている対応です。捕獲は捕殺と同じ意味ではないとされ、地域や個体の状況によって放獣の可能性を検討します。ただし、効果が完全ではないことも同じマニュアルに書かれています。

学習放獣をすれば、二度と人里に来なくなりますか

来なくなるとは限りません。環境省は、再出没を抑制できないこともあると明記しています。秦野市の事例では、放獣から3日で同じ個体が確認されました。

人を襲っていないクマは、放しても問題ないのですか

問題がないと言い切ることはできません。人身事故を起こしていないことは、放獣を検討する基準の一つにすぎません。放した後も、人里に出てくる可能性は残ります。だから、放獣後に発信器で追跡し、戻れば再び対応を検討します。

まとめ:放獣のニュースは、効果の限界を知って読む

学習放獣は、捕獲したクマに人への恐怖を覚えさせて山に放す方法です。環境省のマニュアルは、加害の有無や誘引物への執着などを見て放すかどうかを決めるとし、同時に、効果は完全ではないと書いています。

秦野市の事例は、方法が失敗したというより、限界が現れた例です。放獣から3日で同じ個体が確認され、登山道は閉鎖され、県と市は捕殺を視野に検討しています。長野県のように、出没が増えた年は学習放獣そのものを一時休止する自治体もあります。

読者に必要な判断は、2つです。ひとつは、放獣のニュースを見たときに、効果が完全ではない前提で受け取ること。もうひとつは、閉鎖されている登山道には入らず、遭遇したら背中を見せずにゆっくり後退することです。最新の閉鎖範囲は、秦野市など自治体の発表で確認してください。2026年10月時点の内容です。

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📚 参考文献・出典

📖 この記事について 本記事は、防災や安全の“仕組み”を知り、そなえへの関心を高めていただくための読み物です。実際の災害時は、自治体や気象庁など公的機関の最新情報に従って行動してください。クマの出没や登山道の閉鎖範囲は変わることがあります。最新の情報は、秦野市など各自治体の発表で確認してください。

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EDITOR
白月ハルカ
ディスカバリーメディア 編集長
1995年生まれ、新潟・長岡育ち。いまは東京の中央線沿線でひとり暮らしをしながら、ディスカバリーメディアの編集長をしています。前職はIT企業の広報(5年)。統計表を眺めるのと、ラジオの野球中継と、ジョジョ(第4部派)が好きです。ニュースの見出しを見ると「本当に?」と数字を確かめにいく癖があって、その確かめた結果を記事にしています。間違いを見つけたら教えてください、すぐ直します。