世界で最も有名な微笑み レオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』。
その謎めいた表情の背後に、実は「毒」が潜んでいたと聞いたら、多くの人は驚くに違いない。
最新の科学分析によって明らかになったのは、ダ・ヴィンチが使っていた塗料に現代基準なら危険物指定される鉛化合物が含まれていたという事実だった。
なぜ偉大な芸術家はそんな危険な素材を選んだのか?
そして、その実験精神が後世にどんな影響を与えているのか。
最新研究が解き明かした、「モナ・リザ」誕生の舞台裏に迫る。
モナ・リザの裏に隠された鉛ベースの秘密

パリ=サクレー大学とアムステルダム国立美術館の共同研究チームは、
16世紀初頭に描かれたモナ・リザの絵の下地層を詳細に調査。
X線マイクロ分析と赤外線分光法という2つの最先端技術を駆使し、
わずかな断片から化学成分を突き止めた。
その結果、ポプラ板に施された下地に、鉛白(リードホワイト)を主体とする層が確認された。
驚くべきは、その鉛白が単なる顔料ではなく、油性メディウム(乾性油)と緻密に反応して、独自の化合物を生成していたことだ。
さらに、これまでダ・ヴィンチ作品では見られなかった鉛白アクリレートや青鉛鉱といった成分まで発見された。
とりわけ青鉛鉱は、後の時代にレンブラントらが好んで使用した素材と酷似しており、
時代を超えた技法の共通点を示唆するものとして注目されている。
「万能の天才」は絵筆でも科学を試みた

ダ・ヴィンチといえば「ルネサンスの万能人」と呼ばれる天才だ。
絵画だけでなく、解剖学、物理学、天文学、工学、あらゆる分野にまたがって知識を広げ、数々のスケッチや発明図を残した。
その探究心は、当然絵画制作にも反映されていた。
「聖アンナと聖母子」では伝統的なジェッソを使う一方、
「ラ・ベル・フェロニエール」では大胆にも鉛油性下地を採用するなど、
一作ごとに違う材料・技法を試すという極めて実験的なスタイルを取っていたのだ。
今回のモナ・リザ分析でも、通常の下地作りとは一線を画す鉛ベースの単層が確認されており、
「耐久性」「発色」「乾燥速度」など、さまざまな条件を意図的にコントロールしようとした形跡が読み取れる。
なぜ毒性物質を使ったのか?その意図と誤算

問題は、なぜ当時すでに危険性が指摘され始めていた鉛をあえて使ったのか、という点だ。
研究者たちによれば、ダ・ヴィンチが求めていたのは絵具の速乾性だった可能性が高い。
鉛は油絵具に混ぜると化学反応を起こし、乾燥を劇的に早める性質がある。
この特性を知ったダ・ヴィンチが、実験的に鉛白を大量使用し、思い通りの制作スピードを実現しようとした
そんなシナリオが浮かび上がる。
当時、鉛白は化粧品や薬品にも使用されており、毒性の認識は曖昧だった。
むしろ、「肌に良い」「健康に良い」と信じられていたほどだ。
この無邪気な信頼が、結果として有害物質を広めることになった。
保存科学にもたらす新たな視点

今回の発見は、単なる歴史的ロマンに留まらない。
古典絵画の保存科学においても、極めて大きな意味を持つ。
ダ・ヴィンチが施した特殊な鉛ベース下地は、500年を経てもモナ・リザの保存状態を驚くほど良好に保っている。
酸化鉛や鉛アクリレートが、絵具層全体を安定させ、湿度や温度変化に強いバリアを形成しているのだ。
研究チームは今後、モナ・リザの断片サンプルを使った模擬実験を通じて、
「どの成分が、どのような相互作用で安定化をもたらしたのか」を解明しようとしている。
これは、美術品保存の未来に革新をもたらす可能性を秘めている。
結論・まとめ

ダ・ヴィンチの「実験精神」が、時を超えていま私たちに新しい知見をもたらした。
その大胆な素材選びは、当時の常識をはるかに超えた科学的思考に支えられていたのだ。
「モナ・リザはただ美しいだけではない。
そこには、人間の探究心と、知を積み重ねる営みが塗り込められている」。
そう考えると、あの微笑みも、また違った表情に見えてくるかもしれない。