中国に104%関税“関税で製造業を取り戻す”という幻想

2025年4月8日、ホワイトハウスは公式発表で、中国からの低価格輸入品に対し104%もの関税を課す新政策を打ち出した。
アメリカ国内では「製造業の復活」「雇用の取り戻し」を期待する声が高まる一方で、すでに株価の下落や消費者物価の上昇といった副作用も見え始めている。
「関税をかければ製造業は戻ってくる」──
だが、この単純なロジックには致命的な欠陥がある。
それは、過去の歴史を無視していることだ。
1994年、ランド研究所(RAND)が発表した「アメリカの工作機械産業の衰退と回復の見通し」では、すでに警告が発せられていた。
この警告を無視する限り、同じ失敗を繰り返すだけだろう。
アメリカの工作機械産業はなぜ“死んだ”のか
1970年代、アメリカは世界最大の工作機械生産国だった。
金属加工、航空機、軍需産業──あらゆる製造業の心臓部に、アメリカ製の機械が使われていた。
だが、1980年代に入るとその地位は急速に崩れ始める。
RANDレポートは、この衰退を偶発的なものではなく必然だったと断じている。
❶ 国内需要への過剰依存

アメリカの工作機械メーカーは、輸出ではなく国内市場に頼り切っていた。
1981年から始まった景気後退で需要が一気に冷え込み、収益源を失った彼らに打つ手はなかった。
これに対して、日本やドイツのメーカーはすでに海外市場を見据えて体制を整えていた。
❷ 技術革新への鈍感さ

特に象徴的だったのがCNC(コンピューター数値制御)技術への対応の遅れだ。
日本企業はCNCを迅速に導入し、より安価で高精度な製品を市場に投入。
アメリカはその流れに乗り遅れ、「信頼性」「価格競争力」「生産スピード」すべてで劣位に立たされた。
❸ 為替とグローバル競争への脆弱さ

さらに追い打ちをかけたのがドル高だった。
輸出競争力が低下し、日本・ドイツ製品との価格差は致命的なレベルに広がった。
単なる衰退ではない、「復活できなかった」理由とは?
しかし、RANDがより深刻視していたのは、単なる「シェア低下」ではなかった。
問題はその後、なぜアメリカ企業が立ち直れなかったのかという点にある。
これこそ、現代アメリカが直面している最大の問題に直結する。
❶ 資本投資・人材育成の欠如

アメリカには、ドイツのような中堅機械メーカー群や、日本のような長期視点の企業経営が存在しなかった。
短期利益を重視する企業文化のなかで、人材育成・技術投資は後回しにされた。
結果として、資金調達、マーケティング、輸出開拓に必要な力を持つ企業が育たなかった。
❷ 技術と産業界の断絶

アメリカの大学は工作機械技術の基礎研究で世界をリードしていた。
しかし、その技術が産業界へとスムーズに流れる構造が存在しなかった。
大学と企業の間には、技術移転を阻む巨大な壁があったのだ。
❸ 労働市場の脆弱さ

ドイツでは「デュアルシステム」と呼ばれる職業訓練制度が存在し、日本でも企業内教育が発達していた。
しかし、アメリカでは見習い制度は崩壊し、熟練労働者の不足が慢性化していた。
再び“関税”に頼る愚策──歴史から学ばない国

この30年間、アメリカは製造業の空洞化に苦しみ続けた。
にもかかわらず、現在トランプ政権が選択しているのは、「外からの脅威に壁を築く」政策である。
RANDははっきりと警告していた。
「産業は輸出市場を開拓し、国内外のイノベーションと連携しなければ生き残れない。」
それにもかかわらず、今やアメリカは「関税」という短絡的手段に再び飛びついている。
この施策のリスクは明白だ。
- 消費者物価の上昇
- 米国企業のコスト負担増加
- 国際的な報復関税による輸出縮小
- 製造業のさらなる競争力低下
短期的には「国内に工場が戻る」かもしれない。
だが、それは「関税で守られたガラパゴス市場」が生まれるだけであり、世界競争力を失う未来が待っている。
現代の読者への問い:「痛み」の先に本当に希望はあるのか?

通商代表のジェミソン・グリア氏は「製造業を取り戻すには多少の痛みが必要」と発言した。
しかし、RANDレポートを読み返せばわかる。
必要なのは「痛み」ではなく、構造改革だ。
- 教育・訓練インフラへの本気の投資
- 中小企業の輸出支援体制構築
- 産学連携のための制度整備
- 輸出許可手続きの徹底簡素化
これらに真剣に取り組まずして、関税を上げても意味はない。
「輸入品を高くすれば、国内製造業が自然に復活する」
──この夢物語に付き合う余裕は、もはやアメリカにはないはずだ。
🛠️ 結論:
アメリカの本当の敵は中国ではない。
自らの「変わろうとしない産業構造」こそが、最大の敵である。
今必要なのは、30年前の警告を思い出し、抜本的な改革に舵を切ることだ。
さもなければ、再び「幻の製造業復活」に賭けて国力をすり減らす未来が待っているだろう。