オーケストラのチューニングはなぜオーボエ?440Hzと442Hzの違い

演奏会が始まる前、ステージの上でオーボエが「ラ」の音を1つ吹くと、ほかの楽器がその音に合わせていきます。この音合わせ(チューニング)で、なぜオーボエが基準になるのか、そしてその「ラ」は何ヘルツなのかが、この記事の疑問です。

私は、オーボエが一番音程が正確な楽器だから任されているのだと思っていました。調べると、基準の440Hzという数字が決まったのは1939年のロンドン会議で、実際の楽団は442Hz前後で演奏していることも多いと分かりました。この記事では、英語版ウィキペディアの「A440」「Concert pitch」「Oboe」の項目を、2026年10月時点で確かめた内容でまとめます。

  • オーケストラはオーボエが出す「ラ」の音に合わせるのが一般的で、その音を実際に出すのは電子チューナーを使うオーボエ奏者が多い
  • 国際規格のISO 16は、ラの音を440Hzと定めている
  • 440Hzに決まったのは1939年のロンドン会議で、それ以前は435Hzなど、時代と国で基準が違った
  • 実際のオーケストラは440〜444Hzの範囲で演奏していて、国際規格どおりとは限らない
  • 440Hzと442Hzの差は、半音の100分の8ほど(約7.9セント)だが、同時に鳴らすと1秒に2回のうなりが出る
目次

オーケストラのチューニングは、なぜオーボエの「ラ」で始まるのか

音合わせの音を出すのは、オーボエです

英語版ウィキペディアの「Concert pitch」の項目は、ほとんどのオーケストラはオーボエが出す音に合わせてチューニングする、と書いています。基準になる音は、ピアノの鍵盤でいう真ん中のドの上のラです。

オーケストラの構成や、楽器ごとの役割を先に知りたい方は、オーケストラの仕組みの記事も読んでみてください。

オーボエが選ばれる理由として、確かめられた説明

英語版ウィキペディアの「Oboe」の項目は、オーケストラがオーボエのラに合わせる理由を、全米オーケストラ連盟(League of American Orchestras)の説明として紹介しています。オーボエは音程が安定していて、音がよく通るので、チューニングに向いている、という内容です。

ほかの理由を挙げる解説もありますが、私が確認できたのは、この「音程が安定していること」と「音がよく通ること」の2点です。確認できなかった説は書きません。

実は、音を出しているのは耳ではなく電子チューナーのことが多い

ここは私にとって意外でした。「Concert pitch」の項目には、オーケストラはオーボエが出す音に合わせるのが一般的で、ほとんどのオーボエ奏者は、チューニングの音を吹くときに電子チューナーを使う、とあります。電子音源でチューニングする楽団もある、とも書かれています。

つまり、オーボエ奏者が耳だけで正確なラを作っているわけではありません。オーボエは、会場全体に基準を届ける役目を受け持っていて、基準そのものは電子機器で確かめた値です。私が思っていた「一番正確な楽器が選ばれる」という見方は、半分しか合っていませんでした。

国際規格のラは440Hz。ISO 16が定めている

国際規格のラは440Hz:ステージいっぱいに並んだオーケストラと合唱
Photo by Robert Katzki on Unsplash

ISO 16は、ラの音を440Hzと決めた規格です

英語版ウィキペディアの「A440」の項目によると、真ん中のドの上のラ(A4)を440Hzとする音は「A440」と呼ばれ、国際標準化機構(ISO)がISO 16として規格化しています。ほかの周波数でこの音を合わせることもありますが、音響機器の校正や楽器のチューニングの基準になるのはA440だ、と説明されています。

勧告から規格になるまで、時間がかかっている

同じ項目には、この基準は1955年にISOが勧告R 16として採用し、1975年にISO 16として正式な規格になった、とあります。勧告から規格までは1975−1955=20年です。

アメリカでは、時報の電波が440Hzの音を流している

アメリカの標準時・標準周波数局WWVは、毎時2分に440Hzの音を放送しています。この放送は、オーケストラが楽器を調整するときの助けになるよう、1936年に加えられたと「A440」の項目に書かれています。基準の音は、規格の文書だけでなく、放送でも配られていたことになります。

演奏会の開演前のチューニングを、聞いたことはありますか?

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  2. 1〜2回聞いたことがある
  3. 聞いたことはない
  4. 演奏する側で経験がある

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440Hzになるまで。1859年の435Hzから1939年のロンドン会議へ

19世紀までは、都市や作曲家によって基準がばらばらだった

「Concert pitch」の項目は、19世紀になるまで音の高さを統一する動きはなく、都市によって数半音の違いがあった、と書いています。例として、1740年のヘンデルに関わる音叉は422.5Hz、1780年の音叉は409Hz、1800年ごろのベートーヴェンの音叉は455.4Hzです。

1859年にフランスが435Hzを法律で決めた

音が上がり続けると歌手の声に負担がかかり、歌手たちの抗議を受けて、フランス政府は1859年に、ラを435Hzとする法律を定めました。これは、この規模で音の高さを標準化した最初の試みだと「Concert pitch」にあります。1885年のウィーン会議で、イタリア、オーストリア、ハンガリー、ロシア、プロイセンなどにも、この基準が広がりました。

440Hzが選ばれたのは、素数ではなく割り切れる数だから

「A440」の項目によると、アメリカの音楽業界は1926年に440Hzを非公式な基準とし、1936年にはアメリカ規格協会がラを440Hzにするよう勧告しました。イギリスのピアノ調律師は1899年に439Hzを基準にしていましたが、電気技術者のジェームズ・スウィンバーンは、439は素数で、440のほうが割り切れる数なので電子的に作りやすい、と指摘しました。

1939年5月、フランス、ドイツ、オランダ、イタリア、イギリスの代表がロンドンのBBC放送会館に集まり、スウィンバーンの考えに賛成して、A440を標準とすることで合意しました。これが、のちのISO 16につながります。

実際のオーケストラは、440Hzより少し高く演奏している

実際のオーケストラは440Hzより少し高く演奏している:譜面台を前にバイオリンを構える弦楽器奏者
Photo by Samuel Sianipar on Unsplash

国際規格があっても、楽団ごとに基準が違う

「A440」の項目は、A440の基準はすべての楽団に守られているわけではない、と書いています。イギリスとアメリカでは440Hzが広く使われ、ヨーロッパ大陸では、ラの音が440〜444Hzの間で使われています。

「Concert pitch」には、アメリカの主要な31のプロオーケストラのうち、1964年に440Hzで合わせていたのは19楽団で、残りは441Hzか442Hzだった、という記録があります。19÷31=0.613なので、約61%です。残りは31−19=12楽団です。1987年のニューヨーク・タイムズの調査では、交響楽団とオペラ団の多くのラは440〜444Hzの範囲だった、とされています。

指揮者のバーンスタインは、442Hzに合わせて苦情を受けた

「A440」の項目には、レナード・バーンスタインがニューヨーク・フィルハーモニックを、しばしば442Hzに合わせたと書かれています。このため、ピアノ調律師の組合から苦情が出ましたが、バーンスタインは、ニューヨークとボストンの両オーケストラが、何年も前からその高さを使っていたと主張しました。

ベルリン・フィルは、445Hzから443Hzに下げた

「Concert pitch」によると、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は、以前の最も高い基準だった445Hzより少し低い443Hzを、いまは使っています。ラの音の高さが上がる傾向は続いていますが、以前よりずっとゆっくりになった、とも書かれています。

指揮者がこうした基準を決めたり、楽団員に伝えたりする役割については、指揮者の役割の記事で書いています。

440Hzと442Hzの差は、耳でどのくらい違うのか

442Hzとの差は、半音よりずっと小さい

音の高さの差は、周波数の比の対数で測ります。半音は100セントで、440Hzと442Hzの差は 1200×log2(442÷440) =約7.9セントです。444Hzなら 1200×log2(444÷440) =約15.7セントになります。

半音より小さい差は、1つの音を単独で聞いても気づきにくい大きさです。ただ、楽団全体で基準を決めるとなると、話は別になります。

同時に鳴らすと、うなりが出る

440Hzと442Hzの音を同時に鳴らすと、周波数の差の分だけ音の強弱が繰り返され、1秒間に 442−440=2回のうなりが聞こえます。444Hzなら 444−440=4回です。

基準が違う楽器が隣で鳴ると、このうなりが演奏の濁りになります。音合わせで、全員が同じ1つの音に合わせる意味はここにあります。

昔の基準との差を、セントで比べる

435Hzから440Hzへの差は 1200×log2(440÷435) =約19.8セントです。1795年のヴェルサイユ宮殿礼拝堂のオルガン用音叉は390Hz、1855年の音叉は449Hzで、 1200×log2(449÷390) =約244セント、つまり半音2つ分より少し大きい差でした。

基準の音は、半音近く動いてきた

ベートーヴェンのラは、いまのラより高かった

ベートーヴェンの音叉は455.4Hzで、440Hzとの差は 1200×log2(455.4÷440) =約59.6セントです。半音の半分を超える高さの違いになります。

当時の音叉でいまの楽譜どおりに弾くと、ラはいまより半音近く高い音で鳴っていたことになります。「Concert pitch」の項目は、器楽が声楽より盛んになると、基準の高さが上がり続ける傾向があったと書いています。17世紀の初めにも、音が高くなりすぎて、歌手がのどを痛め、リュートやヴィオールの弦が切れる、と作曲家のプレトリウスが記録しています。

バロック音楽では、415Hzで演奏する楽団がある

古楽の分野では、バロック・ピッチと呼ばれる415Hzが、現代の合意になっています。「A440」の項目によると、このとき440Hzはラのシャープにあたります。ドイツの教会音楽の一部では、合唱の高さ(コーアトーン)を466Hzとする例もあり、その場合は440Hzがラのフラットにあたる、とあります。

秋は演奏会が多い季節です。古楽器の公演のチラシに「ピッチ415Hz」とあれば、その楽団がいまの標準より半音近く低い基準を使っている、という意味で読めます。

音合わせの話でよくある誤解

オーボエは、世界でいちばん音程が正確な楽器だから選ばれている?

原典で確認できたのは、オーボエの音程が安定していて、音がよく通ることです。一番正確という比較は、確認できませんでした。しかも、基準の音は電子チューナーで確かめてから吹く奏者が多いので、耳だけで決まっているわけではありません。

国際規格が440Hzだから、どのオーケストラも440Hzで演奏している?

そうとは限りません。ヨーロッパ大陸では440〜444Hz、アメリカでも1964年の記録では、主要31楽団のうち12楽団が441Hzか442Hzでした。ISO 16は基準を示す規格で、すべての楽団に使用を強制するものではありません。

442Hzは、規格から外れた間違った音合わせ?

間違いとはいえません。440Hzより少し高い基準を、楽団が自分たちで選んでいるからです。ただし、ピアノのように演奏中に高さを変えられない楽器の側から見ると、基準が動くことは負担になります。バーンスタインの例で、調律師の組合から苦情が出たのはそのためです。

デメリット・注意点:基準が動くと困る場面

ピアノなど、音を変えにくい楽器との組み合わせ

ピアノの調律師の組合が、バーンスタインの442Hzに苦情を出したように、基準が楽団ごとに違うと、ピアノなどの楽器と合わせるときに調整が必要になります。ピアノの仕組みについては、ピアノの仕組みの記事で書いています。

声楽は、基準が高いほど負担が大きい

1859年のフランスの法律は、歌手たちの抗議を受けて決まりました。基準が高くなると、歌手の声に負担がかかるのは、17世紀のプレトリウスの記録と同じ構図です。

古い楽器や古楽は、そもそも基準が違う

A440は、現代の標準です。古楽の楽団は、415Hzや、それより低い427〜430Hzの「古典派ピッチ」を使うことがあります。現代の楽器と一緒に演奏するには、どちらの基準に合わせるか、先に決める必要があります。

演奏会や楽器を選ぶときの判断基準

聴きに行く人は、開演前の「ラ」を聞いてみる

オーボエが吹く1音は、その楽団がその日合わせる基準です。聞き比べるには、同じ曲を別の楽団で聴くのが一番分かりやすいでしょう。数ヘルツの違いは単独では分かりにくいので、うなりが出る場面を探すくらいの気持ちで十分です。

楽器を始める人は、チューナーの基準ピッチの設定を確認する

電子チューナーやアプリには、ラの基準を440Hzや442Hzに切り替えられるものがあります。吹奏楽や合奏に参加する場合は、団の指導者に、その団の基準ピッチを聞いて設定してください。自分のチューナーだけ別の基準になっていると、合奏の音がずれて聞こえます。

まとめ:オーケストラのチューニングとオーボエ、440Hzと442Hz

オーケストラは、オーボエが出すラの音に合わせるのが一般的です。オーボエが選ばれる理由として確認できたのは、音程が安定していることと、音がよく通ることでした。基準の音は、電子チューナーで確かめてから出す奏者が多いということも分かりました。

ラの音は、国際規格では440Hzですが、この数字が決まったのは1939年のロンドン会議で、規格になったのは1975年です。実際の楽団は、440〜444Hzの間で基準を選んでいます。440Hzと442Hzの差は半音よりずっと小さい差ですが、同時に鳴らすとうなりが出ます。

演奏会に行く人は、開演前のオーボエの1音を、その日の基準として聞いてみてください。楽器を始める人は、自分のチューナーの基準ピッチが、所属する楽団と同じかどうかを確かめてください。

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EDITOR
白月ハルカ
ディスカバリーメディア 編集長
1995年生まれ、新潟・長岡育ち。いまは東京の中央線沿線でひとり暮らしをしながら、ディスカバリーメディアの編集長をしています。前職はIT企業の広報(5年)。統計表を眺めるのと、ラジオの野球中継と、ジョジョ(第4部派)が好きです。ニュースの見出しを見ると「本当に?」と数字を確かめにいく癖があって、その確かめた結果を記事にしています。間違いを見つけたら教えてください、すぐ直します。