警察が「合法的」なツールを悪用するリスク

スマートフォンのデータ抽出技術を提供するイスラエル企業 Cellebrite が、セルビア当局の顧客資格を停止した。背景には、人権団体 アムネスティ・インターナショナル が指摘した「ジャーナリストや活動家に対する監視の疑い」がある。
Cellebriteは、法執行機関向けにデジタルフォレンジックツールを提供する企業だ。 しかし、その技術が本来の目的から逸脱し、国家による監視の手段として利用されるケースが増えている。この事件は、監視技術と人権問題の交差点にある深刻な課題を浮き彫りにした。
セルビア警察による監視の手口とは?
アムネスティ・インターナショナルの調査によると、セルビア当局は 「Cellebrite UFED」(Universal Forensic Extraction Device)を使用して、ジャーナリストや人権活動家のスマートフォンをハッキングしたとされる。

UFEDは、スマートフォンから 削除されたデータを復元し、通話履歴やメッセージ、位置情報を抽出できる強力なツール だ。もともとは犯罪捜査のために開発されたが、その機能が監視の道具として転用された形だ。
さらに、セルビア当局はこのハッキングを利用し、「Novispy」と呼ばれるスパイウェアをAndroid端末にインストール。このスパイウェアにより、対象者の通話やメッセージをリアルタイムで監視することが可能になった。
Cellebriteの対応:「倫理方針に従い、取引を停止」

2024年12月、アムネスティ・インターナショナルがこの問題を報告すると、Cellebriteは即座に声明を発表した。
「当社はこの報告を深刻に受け止め、調査を開始した」(Cellebrite声明より)
そして2025年2月、調査の結果 「倫理基準に反すると判断し、関係する顧客(=セルビア当局)との取引を停止した」 と発表した。
Cellebriteは具体的な顧客名を明かしていないが、声明の文言やタイミングから、セルビア当局を指していると見られる。
「Cellebriteは本当に責任を取ったのか?」──疑問視される企業の姿勢

Cellebriteの決定は、企業としての倫理観を示したものといえる。しかし、今回のケースが明るみに出るまで、同社は セルビア警察による監視を黙認していた可能性がある。
また、TechCrunchがCellebriteに対して
- 今回の取引停止が一時的なものか?
- セルビア当局が再契約する可能性はあるか?
といった質問を投げかけたが、Cellebrite側は 「コメントを控える」 という対応を取っている。
さらに、同社の技術は 中国やロシア、ミャンマーといった「監視国家」とされる国々でも使用されている という指摘もある。今回の決定は 企業イメージを守るためのパフォーマンスに過ぎないのではないか という批判も根強い。
監視技術の倫理問題──「合法」なツールが生むジレンマ

Cellebriteの技術は、本来は法執行機関が犯罪捜査のために使用するものだ。しかし、それが「国家による違法監視」へと簡単に転用される危険性 がある。
これはCellebriteに限った問題ではない。
- NSOグループの「Pegasus」(イスラエル製スパイウェア):各国政府によるジャーナリスト監視に利用
- 中国の「天網」監視システム:国民のあらゆる行動を記録
技術そのものは「中立」だが、それをどう使うかはユーザー次第。しかし、企業側にも 「悪用を防ぐ責任」 があるのではないか?
結論:「企業の倫理」と「国家の監視」、境界線はどこにあるのか?

今回の件は、Cellebriteが一企業として倫理的な選択をした事例 ではある。しかし、それは 企業ブランドを守るための決定 に過ぎず、本質的な問題解決にはつながっていない。
監視技術の発展とともに、今後も同様の問題が発生する可能性は高い。企業・政府・人権団体の間で 「監視技術の倫理的な利用ルール」 を確立しない限り、今回のような事件は繰り返されるだろう。
あなたは、こうした技術の悪用を防ぐために どんな対策が必要 だと思いますか?
引用元情報
- Cellebrite公式声明:Cellebrite Statement About Amnesty International Report
- アムネスティ・インターナショナル報告:Serbia: Cellebrite halts product use in Serbia following Amnesty surveillance report
- TechCrunchの報道:Cellebrite suspends Serbia as customer after claims police used firm’s tech to plant spyware
- アムネスティの詳細レポート:Serbia: A Digital Prison
- Cellebrite UFEDの概要:Wikipedia – Cellebrite UFED
- GIGAZINEの過去記事:FBI対AppleのiPhoneロック解除問題