なぜ「裏金事件」で不起訴だった議員が大臣に起用されるのか|政治資金規正法と公民権(選挙権)停止の仕組み

私は「不起訴」という言葉を、長いあいだ「疑いが晴れた」という意味だと思っていました。ところが今回、自民党派閥の「裏金事件」で処分を受けたはずの議員たちが次々と大臣や党の要職に起用されているニュースを調べて、その理解が違っていたことに気づきました。

2026年9月、高市早苗首相の内閣改造・党役員人事で、政治資金収支報告書への不記載があった議員が複数、要職に起用されました。毎日新聞の世論調査では「問題だ」という回答が61%にのぼっています。なぜ、裏金事件で名前が挙がった議員が、逮捕も起訴もされずに要職に就けるのでしょうか。この記事では、政治資金規正法という法律の条文まで戻って、その仕組みを整理します。

  • 裏金事件で不記載があった議員の多くが「不起訴」で、前科がついていない
  • 政治資金規正法25条は、会計責任者と政治家本人(代表者)で罰則の重さが違う
  • 有罪が確定すると政治資金規正法28条により選挙権・被選挙権を最大5年間失う
  • 「不起訴」は「無罪」とは違い、検察の立証のハードルの問題であることが多い

高市内閣の人事に「問題だ」61%――9月に何が起きたのか

2026年9月17日、高市早苗首相は内閣改造を行い、旧安倍派に所属し政治資金収支報告書への不記載が指摘されていた関芳弘氏を文部科学相に、同じく不記載のあった簗和生氏を農相に起用しました。前日16日の自民党役員人事でも、不記載のあった萩生田光一氏が幹事長代行に、西村康稔氏が選対委員長にそれぞれ続投しています。

内閣改造・党役員人事で起用された4人

関芳弘氏、簗和生氏、萩生田光一氏、西村康稔氏。4人に共通するのは、2023〜2024年に発覚した自民党派閥の「裏金事件」で、自らが代表を務める政治団体の収支報告書に、派閥からの還流金の不記載があったと報じられた点です。それでも4人はいずれも刑事責任を問われていません。

毎日新聞世論調査「問題だ」61%の内訳

毎日新聞が9月26、27の両日に実施した全国世論調査では、こうした議員を要職に起用したことについて「問題だ」との回答が61%、「問題だとは思わない」が22%でした。世論の多数派が違和感を持っているにもかかわらず、法律の上では起用を止める仕組みがない、というのが今の状態です。

なぜ「秘書は有罪、議員は不起訴」に分かれるのか――政治資金規正法25条の壁

裏金事件の報道を見ていると、「秘書は略式命令で罰金」「議員本人は不起訴」という組み合わせを何度も目にします。これは偶然ではなく、政治資金規正法25条という条文の構造がそうなっているからです。

政治資金規正法25条・誰が・どこまで罰せられるか

会計責任者
不記載・虚偽記入を直接した場合
5年以下の拘禁刑
又は100万円以下の罰金
(25条1項)
対
代表者(政治家本人)
会計責任者の選任・監督を怠った場合のみ
50万円以下の罰金
(25条2項)

会計責任者の罰則

政治資金収支報告書に記載すべき事項を記載しなかったり、虚偽の記入をした会計責任者は、政治資金規正法25条1項により5年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金に処されます。実務上、収支報告書を作成し提出するのは秘書などの会計責任者であるため、不記載・虚偽記入の直接の行為者として立件されやすいのはこちらです。

代表者(政治家本人)の罰則

一方、政治団体の代表者である政治家本人が問われるのは、25条2項の「会計責任者の選任及び監督について相当の注意を怠ったとき」に限られ、罰則も50万円以下の罰金にとどまります。しかも「相当の注意を怠った」ことを検察が立証しなければならず、これが政治家本人の立件を難しくしている最大の壁です。刑事罰の重さと立証のハードルの違いがどんな意味を持つかは、民事と刑事の違いを解説した記事でも触れています。

あなたは政治資金収支報告書を自分で見たことがありますか?

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実際に何が起きたのか――11人が立件され、幹部8人は不起訴に

実際に何が起きたのか――11人が立件され、幹部8人は不起訴に
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東京地検特捜部は2024年1月、自民党派閥の裏金事件をめぐり、当時の現職国会議員を含む国会議員・秘書・派閥職員ら計11人を政治資金規正法違反罪で起訴・略式起訴し、一連の立件を終えました。総額は2018〜2022年の5年間で約5億7949万円にのぼる不記載・還流金です。

立件された議員・秘書たち

衆院議員だった池田佳隆氏は政策秘書とともに虚偽記入の罪で起訴され、谷川弥一元衆院議員と秘書、堀井学元衆院議員は略式命令を受けました。会計責任者や派閥職員も含め、これが「11人」の内訳です。

不起訴となった旧安倍派幹部8人

一方、萩生田光一氏、松野博一氏、西村康稔氏、高木毅氏、世耕弘成氏、塩谷立氏、下村博文氏、森喜朗氏という旧安倍派幹部8人と当時の事務担当者は不起訴となりました。この処分を不服とする申し立てを受けた東京第5検察審査会は、2026年3月13日、「不起訴相当」(検察の不起訴判断は妥当だという議決)と結論づけています。強制的に起訴させる「起訴相当」の議決とは逆の判断です。

立場 処分 適用された(検討された)条文
会計責任者・秘書 起訴・略式起訴 25条1項(不記載・虚偽記入)
議員本人(一部) 起訴・略式起訴 25条1項(自ら虚偽記入に関与)
旧安倍派幹部8人 不起訴(検察審査会も追認) 25条2項(立証されず)
※出典:東京新聞・時事通信(参考文献参照)

深層:「相当の注意を怠った」の立証はなぜ難しいのか

25条2項が求める「相当の注意を怠った」の立証は、政治家本人が不記載を具体的に認識し、それを止めなかったことを検察が証拠で示さなければならないという意味です。政治団体の会計処理は実務上、秘書や事務担当者に任されていることが多く、本人が指示書にサインした記録や、本人が把握していたことを示すメールなどの物的証拠がなければ、起訴に持ち込むのは簡単ではありません。旧安倍派幹部8人が不起訴となったのも、こうした立証の壁が理由とされています。

2018〜2022年の5年間で不記載・還流金の総額が約5億7949万円だったとすると、単純に5で割った年平均は約1億1590万円(5億7949万円÷5年)になります。これだけの規模のお金が動いていたのに、政治家本人の立件は一部にとどまりました。数字の大きさと、立件された人数の少なさのギャップに、正直なところ私は戸惑いました。

公民権停止とは何か――政治資金規正法28条と選挙権・被選挙権

公民権停止とは何か――政治資金規正法28条と選挙権・被選挙権
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政治資金規正法違反で有罪が確定した場合に問題になるのが「公民権停止」です。公民権停止で失われる選挙権・被選挙権そのものがどう決まる権利なのかは、日本の選挙の仕組みを解説した記事でも図解しています。

28条が定める公民権停止の期間

政治資金規正法28条は、25条などの罪を犯し罰金刑に処せられた者は、裁判が確定した日から5年間、公職選挙法上の選挙権・被選挙権を有しないと定めています。拘禁刑(自由刑)に処せられた場合は、刑の執行を終えるまでの期間に加え、その後さらに5年間です。つまり、罰金刑という比較的軽い処分でも、確定すれば5年間は選挙に出馬できなくなるということです。

2025年の刑法改正と「拘禁刑」

元IT企業の広報だった私は、「拘禁刑」と「禁錮」の違いを、この記事を書くまで正確に説明できませんでした。2025年6月1日、改正刑法の施行により、それまで別々だった懲役と禁錮が「拘禁刑」に一本化されています。ただし経過措置があり、施行日より前の行為は引き続き旧制度の懲役・禁錮で処罰されます。裏金事件の不記載は2018〜2022年の行為なので、仮に自由刑が科されるとすれば、適用されるのは旧制度の「禁錮」です。

有罪になったらどうなるのか――大野泰正元議員、罰金60万円で見えたこと

裏金事件で当時の国会議員として初めて判決を受けたのが、大野泰正元参院議員です。2026年6月23日、東京地裁は大野元議員に罰金60万円(求刑150万円)、元秘書に罰金20万円(求刑50万円)を言い渡しました。求刑150万円に対し判決は60万円で、60万円÷150万円=0.4、つまり求刑の40%にとどまっています。裁判所は「政治に対する国民の信頼にも影響を与え、責任は大きい」と述べています。

控訴中は公民権停止が始まらない

起訴対象は2018〜2022年分の計5154万円で、有罪となったのは2022年分の1120万円についてのみです。大野元議員と元秘書はこの判決を不服として控訴しました。政治資金規正法28条の公民権停止は「裁判が確定した日から」効力を持つため、控訴審が続いている間は、まだ選挙権・被選挙権を失っていません。有罪判決が出た瞬間に何かが自動的に止まるわけではない、というのは私にとって意外な点でした。

よくある誤解

誤解1:不起訴になった=無罪、悪いことをしていない

「不起訴」には証拠が不十分な場合(嫌疑不十分)のほかに、証拠はあっても情状などを考慮して起訴を見送る「起訴猶予」もあります。旧安倍派幹部8人のケースは、政治家本人が具体的に不記載を認識・指示したという証拠まで固められなかったことが理由とされ、これは「潔白が証明された」こととは違います。

誤解2:議員辞職しないのは法律違反だから

議員辞職は法的な義務ではなく、あくまで政治的な判断です。有罪が確定して拘禁刑を受け、公職選挙法11条などの欠格事由に該当すれば議員の資格そのものを失いますが、不起訴や罰金刑の段階では、辞職するかどうかは本人と所属政党の判断に委ねられています。

誤解3:検察審査会が「不起訴相当」を出したら終わり

検察審査会には「不起訴相当」(不起訴は妥当)と「起訴相当」(起訴すべき)の2種類の議決があります。「起訴相当」の議決が2回続くと強制的に起訴される仕組みがありますが、旧安倍派幹部8人については「不起訴相当」、つまり検察の判断を追認する結論だったため、この件についての強制起訴の道は閉じています。

デメリット・注意点――この仕組みが残す不透明さ

政治資金規正法25条2項の仕組みには、はっきりとした弱点があります。政治家本人の関与を裏付ける物的証拠が残りにくいという構造そのものが、立件のハードルを事実上高くしているのです。2024・2025年の法改正で「確認書」の提出義務(19条の14の2)が新設され、代表者が会計責任者の説明を確認した文書を残すよう義務づけられましたが、これも代表者が確認書を交付しなかった場合や虚偽の確認をした場合に50万円以下の罰金が科されるにとどまり、罰則の重さ自体は大きく変わっていません。有権者から見れば、「なぜ秘書だけが罪に問われるのか」という不透明さは、制度の設計そのものに起因していると言えそうです。

有権者はどう判断すればいいか――選び方の視点

要職に起用された議員を見て「問題だ」と感じるかどうかは、世論調査が示すとおり人それぞれです。ただ、判断の材料を増やす方法はあります。

総務省・政治資金センターで報告書を確かめる

政治資金収支報告書は総務省や都道府県の選挙管理委員会で公表されており、誰でも閲覧できます。総務省の政治資金収支報告書のページや、政治資金センターが運営する収支報告書検索システムを使えば、自分の選挙区の議員がどの政治団体の代表者で、どんな支出をしているかを実際に検索できます。私も今回、この記事を書くために初めて検索してみましたが、思っていたよりも簡単に自分の選挙区の議員のページにたどり着けました。次の選挙の前に一度、自分の選挙区の候補者名で検索してみることを、私はおすすめしたいです。

まとめ:政治資金規正法の仕組みを振り返る

裏金事件で不記載があった議員が要職に就けるのは、法律に穴があるからというより、政治資金規正法25条が「代表者本人の刑事責任は、相当の注意を怠ったと立証できた場合に限る」という設計になっているためです。不起訴は無罪の証明ではなく、立証のハードルを越えられなかったという意味であることが多く、有罪が確定すれば公民権停止で5年間は選挙に出馬できなくなります。世論調査で「問題だ」という声が多数を占める今、有権者にできることの一つは、政治資金収支報告書を自分の目で確かめてみることではないでしょうか。

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📖 この記事について

この記事は2026年9月時点の報道・公表資料をもとに、政治資金規正法の仕組みを解説する情報提供を目的としています。特定の政党・政治家への支持や不支持を目的とするものではありません。個別の刑事手続きの経過(起訴・不起訴・控訴の結果など)は今後変わる可能性があるため、最新の状況は各報道機関・検察庁の発表でご確認ください。

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EDITOR
白月ハルカ
ディスカバリーメディア 編集長
1995年生まれ、新潟・長岡育ち。いまは東京の中央線沿線でひとり暮らしをしながら、ディスカバリーメディアの編集長をしています。前職はIT企業の広報(5年)。統計表を眺めるのと、ラジオの野球中継と、ジョジョ(第4部派)が好きです。ニュースの見出しを見ると「本当に?」と数字を確かめにいく癖があって、その確かめた結果を記事にしています。間違いを見つけたら教えてください、すぐ直します。