溶接した鋼板が反ったり縮んだりするのは、溶接で局所的に熱くなった金属が冷えるときに縮み、周りの冷たい金属に引っ張られるからです。溶接では、加熱された部分と加熱されていない部分の温度差によって溶接部の近くに残留応力が生まれ、それが変形を引き起こします。
私は長いあいだ、溶接は「金属をくっつける作業」で、形が変わるのは職人の腕が足りないせいだと思っていました。ところが資料を読むと、変形は腕の問題というより、熱で伸び縮みする金属の性質から必ず起こるものでした。この記事では、日本製鉄の技術資料、日建連の鋼材の資料、九州大学の技術職員研修の報告、JFEテクノリサーチの資料、大阪大学の博士論文をもとに、溶接ひずみの理由と抑え方を確かめます。2026年11月時点の情報です。
- 溶接では溶けた部分が冷えて縮み、周りの金属に引っ張られて変形と残留応力が残る
- 鋼は温度が変わると伸び縮みし、動かないように止めると降伏点に届くほどの力が出る
- 板が反る角変形は、板の厚み方向で縮む量が違うために曲げる力が生まれて起こる
- 抑える方法は入熱を減らす、順序を変える、固定する、逆向きにひずませておく、の四つが基本
溶接で金属が反るのは、熱で伸びた分が冷えて縮むからです
JFEテクノリサーチの資料には、溶接では局所的な温度上昇にともなう不均一な熱膨張と熱収縮が起きると書かれています。加熱された部分と加熱されていない部分で温度差ができ、溶接部の近くに残留応力が生じて、変形を引き起こすという説明です。
溶接の場所だけが熱くなり、周りは冷たいままです
板全体をオーブンで温めるなら、板は均等に伸びて、冷めればほぼ元に戻ります。溶接は違います。熱を入れるのは継ぎ目の線の上だけで、少し離れた場所は常温のままです。熱くなった部分は伸びようとしますが、冷たい周りが邪魔をします。冷えるときは熱くなった部分が縮もうとし、周りがそれを許さないので、縮んだ分が形の変化として残ります。
鋼は温度が上がると、わずかに伸びます
日本製鉄の配管の資料には、熱膨張量を求める式が載っています。熱膨張量は、線膨張係数と温度の変化と元の長さをかけた値です。線膨張係数は、炭素鋼で11.6×10-6、ステンレスで16.4×10-6とされています。ステンレスのほうが、同じ温度変化で伸び縮みが大きい金属です。ステンレスの成り立ちは、ステンレスはなぜ錆びにくいのかの記事で確かめています。
長さ1メートルの鋼は、温度が上がるとどれだけ伸びるのでしょうか
上の式に当てはめます。炭素鋼の長さ1,000mmで温度が100℃上がるとすると、11.6×10-6×100×1,000=1.16mmです(線膨張係数は温度で変わるため、あくまで目安です)。
1メートルで1ミリほどの動きは、目に見えにくい量です。ところが、この伸び縮みを止められると、次の章のように大きな力に変わります。
縮もうとする力は、鋼の降伏点を簡単に超えます
金属は、力を加えて抜けば元に戻る範囲(弾性)を超えると、力を抜いても戻らなくなります。この境目が降伏点です。日建連の鋼材の資料では、一般構造用圧延鋼材のSS400で降伏点または耐力が235N/mm2以上とされています。
両端を固定した棒は、少し冷えるだけで降伏点に届きます
大阪大学の博士論文は、溶接で生じる固有ひずみの考え方として「両端固定棒のアナロジー」を使っています。両端を固定した棒が縮もうとしても動けず、棒の中に力が溜まる、という考え方です。
日本製鉄の資料には、熱応力は線膨張係数と温度変化と縦弾性係数をかけた値、という式があります。炭素鋼の縦弾性係数は20℃で1.96×104kgf/mm2です。
計算の前提は、完全に固定された炭素鋼です。温度が1℃変わるごとの熱応力は、11.6×10-6×1.96×104≒0.227kgf/mm2で、1kgf=9.80665Nで換算すると約2.23N/mm2です。SS400の降伏点235N/mm2は約23.96kgf/mm2なので、23.96÷0.227≒105です。つまり、完全に固定された鋼は、およそ105℃冷えるだけで降伏点に届く計算になります。
高温から常温まで冷えるなら、降伏点の数倍の力になる計算です
大阪大学の博士論文の解析では、力学的溶融温度を800℃としています。この温度を超えると、鋼は降伏応力とヤング率を極めて小さい値として扱われ、溶けた状態に近いものとして計算されます。つまり、解析では800℃あたりまで冷えてから、はじめて周りと力を伝え合うと考えています。
解析の設定にならい、800℃から20℃まで冷える(780℃の温度変化)と仮定します。固定されて動けないなら、0.227×780≒177kgf/mm2、約1,739N/mm2の力が必要になる計算です。SS400の降伏点235N/mm2の約7.4倍です。実際には降伏点も温度で変わるので、これは桁を知るための概算です。
弾性の範囲では耐えられないほどの力なので、金属の内部は塑性変形で逃がします。塑性変形した分は、冷えたあとも元に戻りません。溶接ひずみと残留応力の正体は、この戻らなかった分です。私はこの数字を見るまで、溶接のひずみは出来の悪いときに出るものだと思っていました。計算上は、ひずみが出ないほうが不思議な状況です。
溶接や金属加工を、実際にやってみたことはありますか?
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板が反る角変形は、厚み方向の縮み方の差で起こります
溶接で板が反る現象は、角変形と呼ばれます。大阪大学の博士論文は、そのメカニズムを次のように説明しています。溶接後、固有ひずみ(塑性ひずみ)が溶接部の近くに残るので、板は縮みます。このとき、縮む量が板の厚み方向で不均一だと、板厚の中央を基準にした曲げモーメントが生まれ、面外変形、つまり角変形が起こるという流れです。
片面から溶接すると、表と裏で縮む量が違います
溶接の熱は、アークを当てる面から入ります。表側は大きく加熱されて、裏側の加熱は小さくなります。縮み方が表と裏で違えば、板は縮みの大きい側へ曲がろうとします。この説明は、論文の「厚み方向で不均一なら曲げが生まれる」という記述から私が言い換えたもので、実際の板では条件によって形が変わります。
変形の形は、縮む向きによって六つに分かれます
九州大学の技術職員研修の報告は、溶接によるひずみの種類として、横収縮、縦収縮、回転変形、角変形(横曲り変形)、縦曲り変形、座屈変形を挙げています。名前のとおり、溶接線に直角に縮むのが横収縮、線の方向に縮むのが縦収縮です。曲がり方で分けたのが角変形と縦曲り変形です。報告には、ひずみはこれらが複合的に起こって変形する、とも書かれています。
入熱が変形に関係するのは、熱の入り方が変わるからです
大阪大学の博士論文は、渡辺・佐藤らが溶接角変形を簡易的に扱うために、入熱と板厚を組み合わせた入熱パラメータを使ったことを紹介しています。ただし同じ論文には、入熱パラメータだけでは角変形を統一的に整理できない場合があることも書かれています。変形を数式で完全に予測するのは、今も簡単ではないようです。
反るだけでなく、強度の低下にもつながります
溶接変形は、見た目の問題だけではありません。大阪大学の博士論文は、溶接変形が生じた構造物は寸法精度の確保が難しくなり、次の工程の組立能率が下がる懸念があると述べています。さらに、溶接変形が構造物の初期不整になると座屈強度の低下につながる場合があり、溶接角変形による曲げ応力が加わると、脆性破壊強度や疲労強度の低下を招く恐れがあるとも書かれています。
繰り返し力がかかる部材では、疲労の仕組みが関わります。この仕組みは、金属疲労とは何かの記事で確かめられます。溶接後の形を整えるのは、見た目だけの理由ではありません。
溶接ではなく、型に流し込む鋳造や叩いて成形する鍛造との強さの違いは、鋳造と鍛造は同じ金属でなぜ強さが変わるのかの記事にまとめています。
現場はどう抑えているのでしょうか
九州大学の報告には、熱によるひずみは、物体に与える熱量を少なくしたり逃がしたりすることで予防できると書かれています。具体的な方法を整理します。
| 方法 | やること | 考え方 |
|---|---|---|
| 導熱法 | アルミや銅の治具を当てて熱を逃がす | 熱くなる範囲を狭くする |
| 後退法など | 溶接する順序を変えて熱を分散させる | 一か所に熱を集めない |
| 拘束法 | 外力や熱で変形しないように固定する | 動きを物理的に止める |
| 逆ひずみ法 | ひずみを予想して、あらかじめ逆向きにひずませておく | 縮んだあとに平らになるよう仕込む |
| ※出典:九州大学 技術職員研修の報告「ひずみを見る」 | ||
入熱を減らす、熱を逃がす、順序を変える
変形の原因は熱なので、入る熱を減らすか、早く逃がすのが基本です。導熱法はアルミや銅の治具で熱を外へ逃がします。後退法は、溶接する順序を変えて熱を分散させる方法の一つです。熱を一か所に集めないことで、温度差を小さくします。
固定して止める、あらかじめ逆に曲げておく
拘束法は、部材を動けないように固定してしまう方法です。逆ひずみ法は、縮んで曲がることを見込んで、先に反対向きに曲げておき、冷えたときにちょうど平らになるようにします。前の章の計算のとおり、縮む力は止められる大きさではないので、動くことを前提に仕込むやり方が成り立ちます。
デメリットと注意点:対策には欠点があり、直しも難しいです
九州大学の報告は、それぞれの抑制法には利点と欠点があるので、使い分ける必要があると書いています。固定して動きを止める方法では、変形のかわりに内部の力が大きくなると考えられます。治具で熱を逃がす方法は、作業の手間が増えます。
できてしまったひずみの修正は、最後の手段です
すでに生じたひずみに対しては、圧力をかけるか、適切に加熱することで軽減できます。ただし、同じ報告によると、熟練の腕と知識が必要で、失敗するとかえってひずみを大きくしてしまうことがあります。そのため、ひずみ取りは最後の修正手段として扱い、初めからできるだけひずみを生じさせない対策が大切だと結ばれています。
予測も簡単ではありません
JFEテクノリサーチは、溶接による変形や残留応力をコンピューター解析で求め、設備の設計や施工に活用するサービスを案内しています。大阪大学の博士論文も、大型構造物の溶接変形の事前評価を目指した研究です。計算で予測する研究が続いていること自体が、変形を正確に当てるのが難しいことを示しています。
溶接品を頼むとき、DIYで溶接するとき、何を確かめればよいでしょうか
ここからは、資料に書かれた原理から私が考えた判断の目安です。製品や工事を頼む立場と、薄板をDIYで溶接する立場に分けて整理します。
溶接品を頼むときは、溶接後の寸法をどう確保するかを聞きます
溶接で作る部品は、溶接のあとに形が変わる前提で作られます。寸法に厳しい部品を頼むなら、溶接後にひずみ取りや機械加工をするのか、逆ひずみのような工夫をするのかを、確認しておくと安心です。何をどの順番で行うかで、仕上がりの精度と費用が変わるからです。
薄板をDIYで溶接するなら、順序と固定を考えます
熱を一か所に集めないために、一本の線を端から端まで一気に溶接せず、順序を変えて熱を分散させる、固定する、といった考え方が基本です。溶接は、火花や強い光、感電の危険がある作業です。慣れない方は、資格を持つ人や教室に任せるのが現実的です。
鋼橋のような大きな構造物では、気温でも伸び縮みします
変形の原因は溶接の熱だけではありません。季節の気温差でも鋼は伸び縮みします。
長さ100mの鋼の桁が、冬の朝と夏の昼で40℃の温度差を受けるとします。式に当てはめると、11.6×10-6×40×100,000mm=46.4mmです。約4.6cm動く計算で、橋に継ぎ目の隙間が設けられている理由の一つと考えられます(桁の実際の温度差は条件で変わります)。
冬に向かう時期は、朝晩の温度差が大きくなる時期です。身の回りの鉄の手すりやフェンスの継ぎ目に隙間があるのも、同じ理屈だと考えられます。
よくある誤解
溶接は金属をくっつけるだけで、形は変わらないのでしょうか
いいえ。溶接では局所的に温度が上がり、不均一な熱膨張と熱収縮が起きます。その結果、残留応力が発生して変形を引き起こす、というのがJFEテクノリサーチの説明です。変形が出るかどうかではなく、どう小さく抑えるかが現場の課題です。
ひずみが出るのは、職人の腕が悪いからでしょうか
主な原因は熱です。九州大学の報告は、ひずみの原因を主に外力または熱によると説明しています。腕の差が出るのは、熱を入れすぎない工夫や、できてしまったひずみを直す作業のほうです。同じ報告によると、ひずみ取りは熟練の腕と知識が必要で、失敗するとかえって大きくしてしまいます。
冷めれば、元の形に戻るのでしょうか
戻りません。前に計算したように、縮もうとする力は降伏点を超えるので、金属は塑性変形して逃がします。塑性変形した分は冷えても残り、それが固有ひずみと残留応力になります。
まとめ:溶接した鋼板が反る理由は、熱収縮と降伏点で説明できます
溶接した鋼板が反ったり縮んだりするのは、局所的に熱くなった金属が冷えて縮み、周りに引っ張られて塑性変形するからです。完全に固定された炭素鋼なら、およそ105℃の温度変化で降伏点に届く計算で、溶接のように数百℃も変わる条件では、元に戻る範囲を大きく超えます。
板が反る角変形は、厚み方向の縮み方の差が曲げる力を生むことで起こります。抑える方法は、熱を減らす・逃がす、順序を変える、固定する、逆向きにひずませておく、の四つです。できてしまったひずみの修正は、最後の手段にしておくのが無難です。溶接品を頼むときは、溶接後の寸法をどう確保するかを聞くと、仕組みに合った確認になります。最新の規格や仕様は、各社の公式ページとJISで確認してください。
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📚 参考文献・出典
- ・日本製鉄「4.熱による鋼管の膨張と荷重」(線膨張係数・縦弾性係数・熱応力の式) https://www.nipponsteel.com/product/pipe-service/22.html
- ・日本建設業連合会「鉄骨工事 Q&A A-1-1」(鋼材の降伏点・引張強さ) https://www.nikkenren.com/kenchiku/sekou/steel_frame_Q&A/A-1-1.pdf
- ・九州大学 技術職員研修(平成27年度)山口恭平「ひずみを見る」 https://www.icer.kyushu-u.ac.jp/docs/tecstaff_training/h27/14.pdf
- ・JFEテクノリサーチ「溶接時の変形・残留応力解析」 https://www.jfe-tec.co.jp/download/pdf/3S3J-095-00.pdf
- ・大阪大学 博士論文「熱収縮法による溶接変形の簡易予測」(大阪大学学術情報庫) https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/88049/32677_Dissertation.pdf










































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