漁業権と聞くと、私は最初「海の一部を切り取って所有する権利」のようなものを想像していました。でも水産庁の資料を読み進めると、そのイメージはだいぶずれていることに気づきました。漁業権のうち最も広く使われている「共同漁業権」は、個人が申請しても取得できません。免許を受けられるのは地元の漁業協同組合(漁協)だけで、個人はその漁協の組合員になることで、初めて漁ができる立場に立ちます。
なぜ国は、漁をする権利を個人にではなく、組合という団体にまとめて渡しているのでしょうか。この記事では、水産庁の資料と漁業法の条文、そして漁協そのものの統計を見ながら、その理由と、2018年の法改正で何が変わったのかを整理します。
- 共同漁業権を免許されるのは漁協だけで、個人は組合員になって初めて漁ができる
- 漁業法第75条は、共同漁業権と一部の区画漁業権の存続期間を10年、それ以外を5年と定めている
- 2018年の漁業法改正で、免許の優先順位規定が廃止され「適切かつ有効に活用」という基準に変わった
- 漁協は全国864組合(令和5年3月末)まで減り、正組合員に占める女性は5%、女性役員は0.4%にとどまる
漁業権とは何か——共同漁業権だけが漁協に一括して与えられる理由
水産庁は漁業権を「一定の水面において特定の漁業を一定の期間排他的に営む権利」と説明しています。免許制度なので、誰でも自由に漁ができるわけではなく、都道府県知事が海区ごとの漁場計画に基づいて免許を出す仕組みです。
定置漁業権・区画漁業権・共同漁業権の3つの違い
漁業法第60条は、漁業権を大きく3種類に分けています。定置漁業権は、大型の網を固定して仕掛ける「定置網漁業」を営む権利です。区画漁業権は、一定の区域を区切って営む養殖業を対象にした権利で、いけすや棚を使ったカキやノリ、ハマチなどの養殖がこれにあたります。区画漁業権や養殖の中身については、以前養殖の仕組みの記事でも書きましたが、区画漁業権は個人でも法人でも免許を受けられる点が、次に説明する共同漁業権とは大きく違います。
共同漁業権は、アワビやサザエ、ウニ、海藻などを、地元の漁業者が共同で利用する水面で採る権利です。水産庁の説明では、共同漁業権を免許されるのは漁業協同組合だけで、個人が単独で申請することはできません。理由として挙げられているのは、漁業者どうしの「漁業調整」が必要になるという点です。
なぜ共同漁業権だけ漁協限定なのか
同じ漁業権でも、区画漁業権は個人・法人でも取得できるのに、共同漁業権だけは漁協に限られています。この違いを分けているのは、対象になる漁の性質です。区画漁業権が対象とする養殖は、区切った場所を1つの経営体が占有して育てる仕事なので、権利者を1人に決めやすくなっています。一方、共同漁業権が対象とする採貝採藻は、同じ浅瀬を大勢の漁業者が入れ替わり立ち替わり使う漁です。誰がいつどこで取っていいかを個人ごとの権利で細かく分けると、境界をめぐる争いが起きやすくなります。そこで、漁協という1つの団体に免許をまとめ、漁協の中でルールを決めてもらう形にしている、というのが水産庁の説明の要点です。
漁業権を「使う」ための入り口——漁協の正組合員になる
共同漁業権は漁協が免許を受けますが、実際に海で漁をするのは1人ひとりの漁業者です。この間をつなぐのが「組合員」という立場です。漁協の正組合員になると、共同漁業権の「行使権」を得て、漁協が定めた漁業権行使規則の範囲で漁ができるようになります。つまり、共同漁業権の下で漁をする一番の入り口は、漁協に加入することそのものです。
正組合員になるための条件
水産業協同組合法に基づき、漁協は組合員の資格として一定の漁業従事日数などを定めています。実務としては、漁業への従事実績を積みながら准組合員として関わり、条件を満たしたところで正組合員になる、という順を踏むケースが一般的です。組合費や出資金も必要になり、地域や漁協ごとに条件や金額は異なります。
准組合員との違い
准組合員は、漁協の事業(購買や信用事業など)を利用できますが、共同漁業権の行使権や、総会での議決権は正組合員のように持てません。共同漁業権の下で実際に漁を営むには、准組合員のままでは足りず、正組合員になる必要がある、という点が制度上の分かれ目です。
魚介類を選ぶとき、産地や漁法を意識しますか?
- いつも意識する
- たまに意識する
- 値段や見た目で選ぶ
- あまり意識しない
📊 これまでの読者投票の結果(当サイト調べ・13票)
なぜ漁協にまとめるのか——個人免許にすると何が起きるか
共同漁業権が漁協という団体単位で免許される理由は、漁業調整のためだけではありません。もう1つの角度として、生産者を1つの団体にまとめることで、価格交渉や資源管理の力を持たせる、という発想があります。似たような仕組みは、お米の流通にも見られます。農家からJAや集荷業者を経て卸売業者に届く政府備蓄米の買い戻しの記事でも触れましたが、生産者を束ねる系統組織を通すことで、個々の生産者では持ちにくい交渉力や調整の仕組みを持たせるという考え方は、農協にも漁協にも共通しています。
漁場の重複・トラブルを避ける調整コスト
共同漁業権の対象になる採貝採藻は、決まった漁具を使うわけではなく、素潜りや簡単な道具で浅瀬を利用する漁が中心です。これを個人ごとの権利に細分化すると、誰がどこまで取っていいかの境界があいまいになり、そのたびに行政や裁判で調整することになります。漁協という団体に免許をまとめ、内部の規則で操業区域や時期、漁獲量の目安を決めてもらう方が、行政の調整コストも、漁業者どうしのトラブルも抑えられる、というのが制度の骨格です。
漁業法が定める免許の存続期間
漁業権は一度免許されたら永久に続くわけではありません。漁業法第75条は、真珠養殖業などの区画漁業権と共同漁業権の存続期間を10年、それ以外の漁業権(定置漁業権や一般の区画漁業権など)を5年と定めています。都道府県知事は、漁業調整のために必要な範囲でこれより短い期間を定めることもできます。期間が来るたびに免許のやり直しが発生する仕組みは、漁場の使い方を定期的に見直す機会にもなっています。
2018年の漁業法改正で何が変わったのか
2018年、70年ぶりとされる漁業法の大きな改正が行われました。水産庁の資料によると、それまでの漁業権免許には、地域社会への配慮などをもとにした優先順位の規定がありましたが、この改正で優先順位規定は廃止されています。
優先順位規定の廃止と「適切かつ有効に活用」
優先順位に代わって導入されたのが、これまで免許を受けていた経営体が漁場を「適切かつ有効に活用」している場合には引き続き免許を受けられるようにし、新規の免許では「漁業生産の増大や漁業所得の向上、就業機会の確保など、地域の水産業の発展に最も寄与すると認められる者」に免許する、という基準です。数字ではなく、行政の判断に委ねる部分が大きい基準に置き換わったことになります。
曖昧さへの指摘
この基準について、WWFジャパンは「客観的基準にならず、判断材料として不明瞭」だと指摘しています。条件によっては地域間で判断が分かれたり、小規模な経営体にとって不利な決定につながったりする可能性があり、無用な紛争を招きかねないという懸念です。制度の建前は「有効に使っている人を追い出さない」ことにありますが、その判定を誰がどう行うのかという運用面には、まだ課題が残っている、という見方です。
漁協の内側で起きている変化——組合数の減少と女性の少なさ
漁業権を受け止める側の漁協自体にも、大きな変化が起きています。私は正直、漁協は昔からある地域の団体だから数もあまり変わらないだろうと思っていましたが、水産庁の統計を見ると、その見方は間違っていました。
864組合、合併が進む理由
沿海地区の漁業協同組合の数は、令和5(2023)年3月末時点で864組合です。水産庁の資料では、漁協の合併が進んでいることと、販売事業の取扱高が近年減少している傾向が指摘されています。漁業就業者の数が減れば、1つの漁協が抱える組合員も減り、単独では共同漁業権の管理や販売事業を維持しにくくなります。合併によって組合の規模を保つことは、共同漁業権を実際に管理し続けるための現実的な選択でもあります。
令和5年の漁業就業者12万1,389人を、沿海地区漁協864組合で単純に割ると、12万1,389÷864で1組合あたり平均約140人という計算になります(自分で計算。実際には漁業就業者の全員が正組合員というわけではなく、規模の大小も組合ごとに異なるため、あくまで全国平均としての目安です)。
女性は正組合員の5%、役員は0.4%
水産庁の資料によると、漁業就業者全体に占める女性の割合は約10%です。ところが、水揚げ後の陸上作業では約34%、水産加工業では約58%まで女性の関与は上がる一方で、漁協の正組合員に占める女性の割合は5%、女性役員の割合はわずか0.4%にとどまっています。漁業の現場や加工の場面では女性が一定の役割を担っているのに、共同漁業権を実際に管理する正組合員という立場には、女性がほとんど入っていないことになります。これは私にとって、この記事を書いていて一番意外だった数字でした。
現場を支える新しい担い手——新規就業者と外国人材
漁業就業者の全体数は減っていますが、新しく漁業に入ってくる人がいなくなったわけではありません。水産庁の資料では、令和5(2023)年度の新規漁業就業者数は1,733人で、前年度の1,691人から2.5%増えています。
新規就業者1,733人、7割が39歳以下
この1,733人のうち、39歳以下の割合は約7割を占めています。就業形態別では、漁業会社などに雇われる「雇用就業者」が1,150人で前年度の965人から19%増え、自分で漁船を持つ「独立・自営」は576人で前年度の718人から20%減っています。独立して漁業権の行使者になるより、まず漁協や漁業会社に雇われる形で漁業に入る人が増えている、という流れが数字に表れています。
特定技能で働く外国人材
人手を補う担い手として、外国人材の受け入れも進んでいます。令和6(2024)年12月末時点で、即戦力として働ける在留資格「特定技能」の外国人は、漁業で2,127人、養殖業で1,361人です。技能実習と特定技能の違いでも書きましたが、特定技能は一定の技能試験に合格した人が即戦力として働ける資格で、漁業や養殖業もその対象職種に含まれています。
漁業の2,127人と養殖業の1,361人を合わせると、2,127+1,361で3,488人です(令和6年12月末時点・自分で計算)。ただし、この人たちが共同漁業権の正組合員になれるわけではなく、漁協や漁業会社に雇われて働く立場が中心です。
デメリット・注意点——漁協に入れなければ漁はできない
共同漁業権を漁協に一括する仕組みには、当然デメリットもあります。まず、漁協に加入できなければ、たとえ漁の技術があっても、共同漁業権の対象になる漁場では漁ができません。組合費や出資金、一定の従事実績といった加入条件は、これから漁業を始めたい人にとって最初のハードルになります。
組合費・実績というハードル
正組合員になるまでの間、准組合員としての期間を過ごす必要がある漁協も多く、その間は行使権を持てません。地域や漁協によって条件や金額が異なるため、興味を持った漁場の漁協に直接問い合わせないと、実際のハードルの高さが分からないという不便さもあります。
高齢化した組合との折り合い
組合員の高齢化が進んでいる漁協ほど、新しい操業方法や新規参入者の受け入れに慎重になりがちです。漁業権行使規則は漁協の内部で決めるルールなので、既存の組合員の意向が強く反映されやすく、新しく入る人にとっては、既存のやり方との折り合いをつける時間が必要になります。
これから漁業に関わりたい人はどう動けばいいか
漁業に関心を持った人が最初にできる具体的な一歩は、興味のある地域の漁協や、都道府県の水産部局に相談することです。多くの道府県には、新規漁業就業者向けの相談窓口や研修制度があり、准組合員から実績を積んで正組合員を目指す道筋が用意されています。
まず地域の漁協・新規就業者相談窓口へ
いきなり漁協に加入を申し込むより先に、まずは地域の相談窓口で、その海域の主な漁業の種類や、組合費の目安、必要な従事日数を確認しておくと、加入までの見通しが立てやすくなります。
沿岸漁業と養殖、どちらを目指すか
共同漁業権の対象になる沿岸の採貝採藻漁と、区画漁業権の対象になる養殖業では、必要な免許の種類も、個人で取得できるかどうかも異なります。漁協への加入が前提になる沿岸漁業を目指すのか、区画漁業権を個人や法人として取得しやすい養殖業を目指すのかで、最初に踏む手続きが変わってきます。
よくある誤解
誤解1「漁業権があれば海のどこでも自由に漁ができる」
漁業権は、都道府県知事が海区漁場計画に基づいて免許する、特定の水面・特定の漁業に限った権利です。共同漁業権の場合は、その漁協が免許を受けた区域と、行使規則で定めた漁法・漁期の範囲でしか漁ができません。
誤解2「漁業権はお金を払えば個人でも買える」
共同漁業権を免許されるのは漁協だけで、個人が単独で申請したりお金で権利を取得したりすることはできません。個人が共同漁業権の下で漁をするには、漁協の正組合員になって行使権を得る必要があります。区画漁業権や定置漁業権は個人・法人でも免許を受けられますが、これも都道府県知事の免許を通す手続きが必要です。
誤解3「2018年改正で漁協の権利は完全になくなった」
2018年改正で変わったのは、免許の優先順位規定であり、共同漁業権を漁協に免許する仕組みそのものが廃止されたわけではありません。優先順位に代わって「適切かつ有効に活用」という基準が導入されましたが、共同漁業権が個人ではなく漁協に免許される制度の骨格は維持されています。
まとめ:2026年9月時点の漁業権と漁協の仕組み
共同漁業権は、漁業者どうしの調整が必要な漁の性質上、個人ではなく漁協という団体に一括して免許されています。実際に漁をするには、漁協の正組合員になって行使権を得ることが入り口です。漁業法第75条は、共同漁業権の存続期間を10年、それ以外の多くの漁業権を5年と定め、定期的な見直しの機会を制度に組み込んでいます。
2018年の改正で優先順位規定は廃止され、「適切かつ有効に活用」という基準に変わりましたが、共同漁業権を漁協に免許するという骨格は今も続いています。その一方で、漁協自体は864組合まで数を減らし、正組合員に占める女性はわずか5%、女性役員は0.4%という数字も見えてきました。漁を続ける人がどのように担い手を確保し、組合をどう維持していくかは、免許の仕組みそのものと同じくらい、これからの水産業を左右しそうです。最新の統計や制度の詳細は、水産庁や各都道府県の公式発表で確認してください。
📊 「なぜ漁業権は個人ではなく漁協に与えられるのか|共同漁業権と正組合員という仕組み」はこんな人に読まれています
参考文献・出典
- ・水産庁「漁業権について」
https://www.jfa.maff.go.jp/j/enoki/gyogyouken_jouhou3.html - ・漁業法(法令リード・第60条・第75条)
https://hourei.net/law/324AC0000000267 - ・水産庁「令和6年度 水産の動向」(3)漁業の就業者をめぐる動向
https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/r06_h/trend/1/t1_2_3.html - ・水産庁「令和5年度 水産の動向」(7)漁業協同組合の動向
https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/r05_h/trend/1/t1_2_7.html - ・水産庁「(3)水産政策の改革(新漁業法等)のポイント」
https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/h30_h/trend/1/t1_1_3.html - ・WWFジャパン「【解説】70年ぶりの「漁業法改正」をどう見るか」
https://www.wwf.or.jp/activities/opinion/3814.html
この記事の内容、読む前から知っていましたか?
- 知っていた
- なんとなく知っていた
- 初めて知った
- 誤解していた
📊 これまでの読者投票の結果(当サイト調べ・13票)










































コメントを残す