東京商工リサーチによると、2026年1〜8月の鳶工事業の倒産は110件で、前年同期より26.4%増えました。1〜8月で100件を超えたのは、2010年同期(101件)以来16年ぶりです。同じ期間の最多だった2009年の105件も上回り、年間の最多(2010年の148件)を超えて170件も視野に入る、過去最多ペースになっています。
ところが、同じ調査には逆向きの数字も載っています。鳶工事業者全体の売上高は4期連続で増え、純利益は前期より24.4%増えていました。業界全体は稼いでいるのに、倒産は過去最多ペース。この記事では、この食い違いがどこから来るのかを、東京商工リサーチと国土交通省・厚生労働省の資料で確かめます。
正直なところ、私は鳶職を「高いところで足場を組む職人さん」くらいにしか知りませんでした。そして「倒産が過去最多」と聞いて、業界全体が沈んでいるのだと思い込んでいました。
- 2026年1〜8月の倒産は110件(前年同期比26.4%増)。16年ぶりに100件を超えた
- 一方で業界全体の売上高は4期連続の増収、純利益は24.4%増
- 完工高1億円未満の業者は37.5%が赤字。10億〜50億円の業者は7.0%。差がはっきりしている
- 鳶職人を含む建設躯体工事の有効求人倍率は7.94倍。全業種の1.18倍を大きく上回る
鳶工事業とは何か
鳶(とび)は、建設現場の高いところで働く職人です。東京商工リサーチは鳶を「建設現場の花形」と呼び、足場から鉄骨、支柱工事まで、建設現場に欠かせない仕事だと説明しています。建物の外壁を塗り替えるにも、ビルを建てるにも、まず人が安全に立てる足場が要ります。工事の前に足場を組み、工事が終わったら解体する。その両方を担うのが鳶の仕事です。
足場のルールは2024年から厳しくなった
足場からの墜落を防ぐため、厚生労働省は労働安全衛生規則を改正し、順次施行しています。富山労働局の案内によると、主な内容は次のとおりです。
- 令和6年4月1日から、幅が1メートル以上の場所で足場を使うときは、原則として「本足場」を使う(一側足場の使用範囲の明確化)
- 令和5年10月1日から、事業者や注文者が足場を点検するときは、あらかじめ点検者を指名する(つり足場を含む)
- 同じく令和5年10月1日から、足場の組み立て・一部解体・変更などの後の点検で、点検者の氏名を記録して保存する
安全のための規制が強まるほど、足場を組む手間と、それができる職人の重みは増します。高いところで働く仕事ならではの、仕事中のけがへの補償については労災保険の仕組みで書いています。
倒産は「過去最多ペース」
東京商工リサーチは、負債1,000万円以上の鳶工事業の倒産を集計しています。2026年の数字を過去と並べると、次のようになります。
| 期間 | 倒産件数 | メモ |
|---|---|---|
| 2026年1〜8月 | 110件 | 前年同期比26.4%増 |
| 2009年1〜8月 | 105件 | 同じ期間でこれまでの最多(リーマン・ショック期) |
| 2010年1〜8月 | 101件 | 前回100件を超えた年 |
| 2010年(年間) | 148件 | 年間の最多 |
出典:東京商工リサーチ「『鳶工事業』が苦境、倒産が過去最多ペース」(2026年9月23日)。1989年以降の集計。
8か月で110件なので、単純に月平均で年末まで延ばすと、110÷8×12で約165件になります(自分で計算)。東京商工リサーチは170件も視野に入るとしていて、どちらにしても、年間最多の148件を超える計算です。
業界は増収増益——それでも倒れる「二極化」
ここで、冒頭の思い込みがひっくり返りました。東京商工リサーチは、5期続けて業績を比べられる鳶工事業者1万5,941社も分析しています。
| 項目 | 数字(最新期は2025年度) |
|---|---|
| 売上高の合計 | 3兆2,165億円(前期比4.5%増・4期連続の増収) |
| 純利益の合計 | 1,045億円(前期比24.4%増・3期連続の増益) |
| 完工高1億円未満の業者の赤字率 | 37.5% |
| 完工高10億〜50億円の業者の赤字率 | 7.0% |
出典:東京商工リサーチ(同上)
業界全体では、売上も利益も伸びています。沈んでいたのは業界ではなく、小さな会社でした。完工高1億円未満の業者は、3社に1社以上が赤字です。東京商工リサーチは、大手・中堅と中小・零細の間で、採用と価格交渉力に差が生まれていると指摘しています。
「倒産が過去最多」という見出しの温度と、業界全体の決算の温度は、まるで違います。私が最初に思い浮かべた「業界ごと沈んでいく絵」は、数字を見ると間違いでした。起きているのは、同じ業界の中での取り残されです。
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倒産した会社の中身
2026年1〜8月の110件の内訳を、東京商工リサーチの数字で見ていきます。
原因と規模
- 原因別:売上不振が78件(構成比70.9%)、赤字累積が24件(同21.8%)。業績不振が9割(92.7%)を超える
- 資本金別:1,000万円未満が98件(同89.0%)
- 従業員数別:10人未満が101件(同91.8%)
倒産のほとんどは、小さな会社で起きています。先ほどの「完工高1億円未満の赤字率37.5%」と重なる数字です。
急に増えた2つの倒産
特に増えているのが、次の2つです。
- 物価高倒産:9件(前年同期3件)。コストの上昇に対応できなかったもの
- 人手不足倒産:19件(前年同期10件)。そのうち従業員の退職が7件(前年同期3件)
物価高倒産は前年同期の3倍、人手不足倒産はほぼ2倍です(9÷3、19÷10で計算)。
地域別
都道府県別では大阪府の11件が最も多く、愛知県の9件、神奈川県・千葉県・宮城県の各8件が続きます。東京都は4件でした。東京商工リサーチは、再開発の勢いの違いもありそうだとしています。
人が足りない——有効求人倍率7.94倍
東京商工リサーチが引用している厚生労働省の数字では、7月の有効求人倍率は全業種で1.18倍でしたが、鳶職人を含む建設躯体工事の従事者は7.94倍に達しています。
7.94÷1.18で、全業種の約6.7倍です(自分で計算)。求職者1人に対して、求人が約8件ある計算になります。
数字だけ見ると「引く手あまたの仕事」ですが、有効求人倍率は求人の数を求職者の数で割ったものです。倍率が高いのは、仕事が多いからというより、働きたい人が集まらないからでもあります。
就業者は30年近く減り続けている
国土交通省の資料(令和6年8月)によると、建設業の就業者は平成9年(1997年)の685万人をピークに減り、2023年(令和5年)は483万人です。そのうち技能者は455万人から304万人になりました。
483÷685で約70.5%。ピークから約3割減った計算です(自分で計算)。
年齢の偏りも大きく、同じ資料では建設業の就業者のうち55歳以上が36.6%、29歳以下が11.6%です。国土交通省は、高齢化が進み、次の世代への技術の引き継ぎが大きな課題だとしています。
賃金と労働時間の差
国土交通省の同じ資料は、建設業と全産業を比べた数字も載せています。
| 項目 | 全産業 | 建設業(生産労働者) |
|---|---|---|
| 年間の賃金 | 508万円 | 432万円(15.0%低い) |
| 年間の労働時間 | 1,956時間 | 2,018時間(3.1%長い) |
出典:国土交通省「第三次・担い手3法について」(令和6年8月)。賃金は厚生労働省「賃金構造基本統計調査」をもとにした国土交通省の集計。
長く働いて、賃金は低い。この差がある限り、若い人が建設現場を選びにくいのは想像しやすいところです。そして人を集めるために賃金を上げれば、今度は小さな会社ほど、その分を元請けとの取引価格に乗せにくい。先ほどの物価高倒産と人手不足倒産の増え方は、この板挟みを映しているように見えます。
外国人材の受け入れ
人手不足を補う手段のひとつが外国人材です。国土交通省の資料(2022年時点のデータ)によると、建設分野で働く外国人は約11万人で、全産業の外国人労働者の約6.4%でした。在留資格別では技能実習生が最多(2022年で約7万人)です。
即戦力として働ける在留資格「特定技能」の建設分野の外国人は、2022年12月末に12,776人、2023年10月時点で22,309人と増えています。「とび」は特定技能の業務区分に含まれていて、足場や鉄骨の仕事にも外国人材が入れる仕組みになっています。ただし、受け入れには教育や住まいの整備が必要で、小さな会社ほど負担は重くなります。
よくある誤解
誤解1「鳶業界は不況で、業界ごと縮んでいる」
東京商工リサーチの分析では、鳶工事業者全体の売上高は4期連続の増収、純利益は24.4%増でした。倒産は、資本金1,000万円未満や従業員10人未満の小さな会社に集中しています。業界全体の不況ではなく、規模による二極化です。
誤解2「倒産の原因は、仕事がないこと」
原因の最多は売上不振(78件)ですが、人手不足倒産が19件(前年同期10件)、物価高倒産が9件(同3件)と急増しています。人が集まらない、コストの上昇を価格に反映できない、という理由で売上を伸ばせない会社が増えている、と読むほうが実態に近そうです。
誤解3「有効求人倍率が高いから、稼げる人気の仕事だ」
建設躯体工事の有効求人倍率7.94倍は、求人に対して働きたい人が集まっていないことを示す数字でもあります。国土交通省の資料では、建設業の生産労働者の年間の賃金は全産業より15.0%低く、労働時間は3.1%長くなっています。
まとめ:2026年9月時点の鳶工事業
2026年1〜8月の鳶工事業の倒産は110件で、16年ぶりに100件を超え、過去最多ペースです。けれど業界全体は増収増益で、倒産は小さな会社に集中しています。完工高1億円未満の業者の赤字率は37.5%でした。
背景には、建設躯体工事で7.94倍という人手不足、全産業より低い賃金と長い労働時間、コストを価格に乗せにくい小規模業者の立場があります。「倒産過去最多」という見出しから私が想像した「業界ごと沈む絵」は、数字を並べると「同じ業界の中で小さな会社が取り残される絵」に変わりました。
最新の倒産件数や統計は、東京商工リサーチや国土交通省・厚生労働省の公式発表で確認してください。
📊 「鳶工事業の倒産が過去最多ペースなのはなぜか|16年ぶり100件超と業界の二極化」はこんな人に読まれています
参考文献・出典
- ・東京商工リサーチ「『鳶工事業』が苦境、倒産が過去最多ペース ~16年ぶり100件超、職人不足とコスト対応がネック~」(2026年9月23日)
https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1203232_1527.html - ・国土交通省 不動産・建設経済局建設業課「第三次・担い手3法について」(令和6年8月・PDF)
https://www.mlit.go.jp/tochi_fudousan_kensetsugyo/const/content/001760946.pdf - ・国土交通省「建設分野における外国人材の受入れ」(PDF)
https://www.mlit.go.jp/tochi_fudousan_kensetsugyo/content/001499397.pdf - ・富山労働局(厚生労働省)「足場からの墜落防止措置が強化されます」
https://jsite.mhlw.go.jp/toyama-roudoukyoku/annzenashibahoukaisei.html
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