パワハラと業務上の指導の違いはどこで決まるのか|中日・工藤監督の「頑張ります禁止」で読む3つの要素

「頑張るの普通だから。“頑張ります”禁止」。中日ドラゴンズの秋季キャンプで、工藤公康監督が若手投手にかけた言葉が、パワハラなのか熱血指導なのかでネットの意見が割れています。私はこの見出しを見て、まず「これは野球の話ではなく、職場の指導の線引きの話だ」と思いました。この記事では、工藤監督の言動がパワハラかどうかは判断しません。厚生労働省の定義を使って、パワハラと業務上の指導は何で分かれるのかを、2026年11月時点の資料で整理します。

  • パワハラは「優越的な関係」「業務上必要かつ相当な範囲を超える」「就業環境が害される」の3つがすべてそろったときに成立します
  • 厳しい口調だけでは決まらず、目的・回数・場所・受け手の状況など複数の要素で判断されます
  • 厚労省の調査では、パワハラを受けた人の36.9%が「何もしなかった」と答えています
  • 会社には相談窓口の整備などが義務づけられていて、受けた側も相談先を選べます
目次

「頑張るの普通だから」が割れた理由

まず、何が議論になっているのかを確認します。週刊女性PRIMEの記事によると、きっかけは中日新聞の公式YouTubeチャンネルで公開された秋季キャンプの特集動画です。下半身の可動域を広げる強化トレーニングで、思うように脚を動かせない若手投手に監督が「できなかったら、永遠やるぞ。いいのか? お前」と声をかけ、小さな声で「頑張ります」と返した投手に「頑張るの普通だから。頑張らない人いないんで、ここ。いいですか? “頑張ります”禁止」と話したと書かれています。

この場面について、SNSでは「パワハラ上司」と受け取る人と、プロの指導として当然だと受け取る人に分かれました。同じ言葉が、見る人によって「圧」にも「プロの基準」にも聞こえる。ここに、パワハラの判断が難しい理由があります。

見出しの熱と、制度の冷静さの差

見出しだけを追うと、白か黒かの二択に見えます。ただ、パワハラかどうかは、法律に基づく指針が決めた手順で判断します。「言い方がきつい」だけでは成立せず、「優しい言い方でも成立する」場合もあります。私はこの記事を書くまで、パワハラは怒鳴る・殴るといった強い言動のことだと思っていました。指針を読み直すと、判断の軸は声の大きさではなく、3つの要素にありました。

この記事で扱う範囲

パワハラ防止の法律は、事業主が雇用する労働者の職場を対象にしています。プロ野球の監督と選手の関係に、この法律がそのまま当てはまるかどうかは、契約や雇用の形といった個別の事情によります。私はそこを調べ切れていないので、以下は「会社員の職場で同じ言葉が使われたら」という置き換えで読んでください。

パワハラになるのは3つの要素がそろったときです

職場の会議で上司と部下が話し合う場面の写真
Photo by Vitaly Gariev on Unsplash

厚生労働省の指針(事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針)は、職場のパワーハラスメントを3つの要素で定義しています。

要素 指針の説明
1 優越的な関係を背景とした言動 言動を受ける労働者が、行為者に対して抵抗や拒絶をすることができない蓋然性が高い関係を背景にしていること
2 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動 社会通念に照らし、明らかに業務上の必要性がない、またはその態様が相当でないこと
3 労働者の就業環境が害される 身体的・精神的な苦痛で、能力の発揮に重大な悪影響が出るなど、就業するうえで看過できない程度の支障が生じること
※出典:厚生労働省の指針(3つの要素をすべて満たすものがパワハラ)。客観的にみて業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は該当しないとされています

3つの要素はすべてそろう必要があります。1つでも欠ければ、指針の定義ではパワハラに当たりません。ただし、定義に当たらない場合でも、会社が相談を受け付けることは求められます(後の章で書きます)。

優越的な関係は、上司と部下だけではありません

指針は「優越的な関係」の例として、職務上の地位が上位の者による言動を挙げています。ほかにも、同僚や部下による言動で、その人が業務に必要な知識や豊富な経験を持ち、協力を得なければ業務を円滑に進めるのが困難な場合。同僚や部下の集団による行為で、これに抵抗や拒絶をするのが困難な場合も含まれます。上司から部下へ、という図式だけで考えると、見落とすことがあります。

就業環境が害される程度は、平均的な労働者の感じ方で見る

3つ目の要素の判断基準は、指針に書かれています。同様の状況でその言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業するうえで看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動かどうか、という見方です。受けた本人が不快だったかどうかだけでは決まらず、逆に、本人が我慢している場合でも、一般の労働者が看過できない程度なら要素を満たし得ます。

心身の不調が重くなって労災の申請を考えるときは、労災保険の仕組みと給付の流れが参考になります。精神障害の労災認定基準の評価表では、パワハラの6類型すべての具体例が示されています(厚生労働省の改正概要)。

職場で「これはパワハラかも」と迷った経験はありますか?

  1. 自分が受けて迷った
  2. 周りで見て迷った
  3. 指導する側で迷った
  4. 迷った経験はない

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業務上必要かつ相当かどうかは、どう判断されるのか

議論になりやすいのは2つ目の要素です。指針は、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動の例として、次の4つを挙げています。

  • 業務上明らかに必要性のない言動
  • 業務の目的を大きく逸脱した言動
  • 業務を遂行するための手段として不適当な言動
  • 行為の回数や行為者の数など、態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動

この判断は、1つの基準だけでは行われません。指針は、言動の目的、言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む経緯や状況、業種・業態、業務の内容・性質、言動の態様・頻度・継続性、労働者の属性や心身の状況、行為者との関係性など、さまざまな要素を総合して判断することが適当だとしています。

目的が正しくても、手段が不適当なら当てはまり得る

「育てるために言った」という目的があっても、人格を否定するような言動のように、手段が相当でなければ2つ目の要素を満たし得ます。リーフレットにも、労働者に問題行動があった場合でも、人格を否定するような言動など業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動がなされれば、パワハラに当たり得ると書かれています。

強く注意しても該当しないと書かれている場面

反対に、指針は「該当しないと考えられる例」も挙げています。遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ、再三注意しても改善されない労働者に対して、一定程度強く注意をすること。その企業の業務の内容や性質に照らして重大な問題行動を行った労働者に対して、一定程度強く注意をすること。この2つです。つまり「強く注意した」という事実だけで、パワハラになるわけではありません。理由、回数、程度をあわせて見ます。

指針が示す6つの類型と、該当しない例

指針は、代表的な言動の類型として6つを挙げ、類型ごとに「該当すると考えられる例」と「該当しないと考えられる例」を示しています。いずれも、優越的な関係を背景として行われたことが前提です。

類型 該当すると考えられる例 該当しないと考えられる例
身体的な攻撃 殴打、足蹴り、物を投げつける 誤ってぶつかる
精神的な攻撃 人格を否定する言動、必要以上に長時間の厳しい叱責の繰り返し、他の労働者の面前での大声の威圧的な叱責の繰り返し 再三注意しても改善されない遅刻などへの、一定程度強い注意
人間関係からの切り離し 仕事を外して長期間別室に隔離する、集団で無視する 新規採用者の育成のため、短期間集中的に別室で研修する
過大な要求 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害 育成のために現状より少し高いレベルの業務を任せる、繁忙期に一定程度多い業務を任せる
過小な要求 退職させるため誰でもできる業務をさせる、嫌がらせで仕事を与えない 能力に応じて、一定程度業務内容や業務量を軽減する
個の侵害 職場外での継続的な監視、機微な個人情報を本人の了解なく暴露する 労働者への配慮を目的として、家族の状況等についてヒアリングを行う
※出典:厚生労働省の指針の例を要約。例は限定列挙ではなく、個別の事案の状況で判断が異なることがあります

今回の言葉は、どの類型に近いのか

今回の「頑張ります禁止」という言葉は、身体的な攻撃や人間関係からの切り離しには当たりません。議論になるとすれば、精神的な攻撃(叱責の程度や場面)と、過大な要求(練習の量)です。ただ、指針の例を機械的に当てはめても結論は出ません。私が確認できているのは、週刊女性PRIMEの記事が伝える範囲の場面だけだからです。動画の全体、前後のやり取り、本人の受け止め方、練習の量の根拠は、私には確かめられていません。

会社員の職場に置き換えると、見るところが見えてくる

置き換えると、確認する点は6つほどあります。目的は業務に必要か。言い方は人格を否定していないか。他の人の前で繰り返していないか。その回数と時間はどうか。本人に問題行動があったのか。受け手の状況に配慮があったか。これらは指針が列挙した判断要素と重なります。

同じ言葉でも、結論が変わる条件

同じ「頑張ります禁止」でも、置かれた状況で判断は変わります。指針が挙げる要素から、条件を並べてみます。

1回の声かけと、繰り返しの叱責は別のものです

指針の例には「繰り返し」という言葉が何度も出てきます。長時間の厳しい叱責の繰り返し、大声の威圧的な叱責の繰り返し、といった書き方です。1回限りの声かけと、毎日続く叱責では、態様・頻度・継続性の要素が違います。

他の人の前か、1対1か

指針には、他の労働者の面前での大声による威圧的な叱責を繰り返すことが、該当する例として入っています。場所も判断要素の1つです。

受け手に問題行動があったか

先ほどの「該当しない例」にあるとおり、再三注意しても改善されない問題行動がある場合は、一定程度強い注意が認められます。ただし、その場合でも人格を否定する言動は別です。

指導する側が、言う前に確認したいこと

机の上に置かれた開いたノートとペンの写真
Photo by Clay Banks on Unsplash

私は編集長として、書き手に修正を頼む立場でもあります。指針を読んで、指導の前に自分に問いかける順番をまとめました。これは法的な判定ではなく、指針の判断要素を並べ替えた確認表です。

確認すること 指針の対応する要素
その指導は、業務の目的に必要か 業務上明らかに必要性のない言動・業務の目的を大きく逸脱した言動
言い方は、行動への指摘にとどまっているか 人格を否定する言動は該当する例に入る
同じことを、繰り返し・長時間言っていないか 態様・頻度・継続性
他の人の前で言う必要があるか 他の労働者の面前での大声の威圧的な叱責の繰り返し
相手の経験や心身の状況に合っているか 労働者の属性や心身の状況

いちばん見落としやすいのは最後の行です。リーフレットの注には、属性の例として経験年数や年齢、障害があること、外国人であることなどが、心身の状況の例として精神的・身体的な状況や疾患の有無などが書かれています。同じ指導でも、入社したばかりの人と経験の長い人では、受け取られ方が違う。それが判断に入ってくる、ということです。

会社には何が義務づけられているのか

パワハラ防止は、個人のマナーの話にとどまりません。厚生労働省の広報誌は、職場におけるハラスメント対策の実施は、すべての企業(事業主)にとって義務になっていると説明しています。事業主には、労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備などの雇用管理上の措置が求められています。

相談したことを理由に、不利益な取扱いをしてはならない

労働施策総合推進法は、労働者が相談を行ったことや、事業主の対応に協力した際に事実を述べたことを理由に、解雇その他の不利益な取扱いをすることも禁じています(厚生労働省のリーフレット)。

実態調査では、相談窓口の設置が最も多い取組

厚労省の令和5年度実態調査で、予防・解決のための取組として最も多かったのは「各種ハラスメントの一元的な相談窓口の設置」で、66.2%でした。次いで多かったのが、適正な業務目標の設定や過剰な長時間労働の是正などの職場環境の改善で、47.3%でした。

調査で見る経験者の割合と、何もしなかった人

最後に、職場のパワハラが実際にどれくらい起きているのかを数字で見ます。厚生労働省の令和5年度の実態調査では、過去3年間にパワハラを受けたことがあると答えた労働者は19.3%でした。

令和2年度の調査から12.1ポイント減っているので、前回は 19.3+12.1=31.4% だったことになります(足し算で求めた参考値です)。

減ったとはいえ、19.3%は100人中約19人にあたるので、過去3年間に労働者の約5人に1人が経験した計算です(100×0.193≒19.3人)。企業側の数字を見ると、過去3年間にパワハラの相談があったと答えた企業は64.2%でした。また、令和5年度の都道府県労働局におけるパワーハラスメントの相談件数は6万件を超えています。

パワハラを受けた後、最も多い行動は「何もしなかった」

同じ調査で、パワハラを受けた後の行動として最も多かったのは「何もしなかった」で、36.9%でした。次に多かったのは「家族や社外の友人に相談した」の19.3%です。会社の窓口に相談する前に、手が止まってしまう人が多いことが数字から読み取れます。

相談の窓口は、会社の外にもあります

厚生労働省のハラスメント対策のページは、まず会社の相談窓口に相談することを挙げ、会社で対応してもらえない場合の社外の窓口にも触れています。労働組合に相談する方法もあります。心身の不調で仕事を休む必要が出たときは、健康保険の給付がある場合があります。傷病手当金の計算式・支給期間・申請の記事で、条件を確認できます。

判断が難しい点と、注意しておきたいこと

ここまで整理しても、判断が難しい点は残ります。

指針の例は、限定列挙ではありません

指針は、例は限定列挙ではなく、個別の事案の状況等によって判断が異なる場合もあり得ると断っています。表の「該当しない例」に似た場面でも、結論が同じとは限りません。

企業側も「判断が難しい」と感じている

実態調査には、予防・解決の取組を進めるうえでの課題として、「ハラスメントかどうかの判断が難しい」「適正な処罰・対処の目安がわからない」という項目があります。とくに該当事例のない企業で、これらを挙げた割合が高かったと報告されています。経験が少ないほど、線引きに迷うということです。

ネットの反応だけでは、判断の材料が足りない

SNSの反応は「圧を感じた人が多かった」という事実を示します。ただ、指針が求める判断(目的・回数・受け手の状況など)の材料にはなりません。動画の一場面と、一般の人の受け止めだけで、個人の言動を断定することは避けたほうがよいと私は考えます。

パワハラについてのよくある誤解

厳しい言い方なら、すべてパワハラですか?

いいえ。指針は、客観的にみて業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は、パワハラに該当しないとしています。再三注意しても改善されない遅刻への一定程度強い注意は、該当しない例として示されています。

優しい言い方なら、パワハラにはなりませんか?

いいえ。判断の軸は言い方だけではなく、必要性、手段の相当性、回数、受け手の状況などです。穏やかな口調でも、業務上明らかに必要のない作業を強制するなどの過大な要求は、該当する例に入っています。

上司から部下への言動だけが対象ですか?

いいえ。指針は、知識や経験の面で優位にある同僚や部下の言動、集団による言動も、優越的な関係を背景とした言動に含まれるとしています。

受けた人が不快に感じれば、必ずパワハラですか?

いいえ。就業環境が害されたかどうかは、平均的な労働者の感じ方を基準にします。本人の主観だけで決まるわけではありません。ただし、相談の段階では、該当するか微妙なものも含めて広く対応することが事業主に求められています。

まとめ:パワハラと指導の違いを3つの要素で見る

「頑張ります禁止」という1つの言葉が割れたのは、判断に必要な材料が、見出しや動画の一場面には載っていないからです。パワハラかどうかは、優越的な関係、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動、就業環境が害されること、の3つがそろったかで決まります。中でも争点になるのは2つ目で、目的、手段、回数、場所、受け手の状況といった要素を総合して見ます。

指導する側は、必要性・言い方・回数・場所・相手の状況の順に確認すると、線を越えにくくなります。受けた側は、我慢して何もしないより、会社の相談窓口や社外の窓口に早めに話すことができます。工藤監督の指導がどうだったかは、私には判断できません。置き換えて自分の職場に当てはめたとき、この3つの要素で考えられるようになるのが、この記事のゴールです。最新の指針や相談先は、厚生労働省の公式サイトで確認してください。

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📚 参考文献・出典

📖 この記事について 本記事はパワハラの定義を紹介する読み物で、個別の言動がパワハラに当たるかどうかの判断や、法律上の助言をするものではありません。数字は2026年11月時点の厚生労働省の公表資料によるものです。相談や手続きは、勤務先の窓口、都道府県労働局などの公的な窓口や専門家にご確認ください。

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EDITOR
白月ハルカ
ディスカバリーメディア 編集長
1995年生まれ、新潟・長岡育ち。いまは東京の中央線沿線でひとり暮らしをしながら、ディスカバリーメディアの編集長をしています。前職はIT企業の広報(5年)。統計表を眺めるのと、ラジオの野球中継と、ジョジョ(第4部派)が好きです。ニュースの見出しを見ると「本当に?」と数字を確かめにいく癖があって、その確かめた結果を記事にしています。間違いを見つけたら教えてください、すぐ直します。