ラッコが冷たい海に浮かんでいられるのは、皮下脂肪が厚いからではありません。ラッコは脂肪の代わりに、哺乳類で最も密といわれる毛と、筋肉で作る熱で体温を保っています。鳥羽水族館でラッコの見学が全面中止になったと報じられましたが、中止の理由は私の調べた範囲では確認できませんでした。この記事では理由には触れず、モントレーベイ水族館、テキサスA&M大学の研究者による解説、シャープの解説、京都大学の研究発表をもとに、ラッコの体温の保ち方と、食べる量の多さを整理します。2026年11月時点の内容です。
- ラッコは皮下脂肪が厚くなく、二層の毛で体温を守っています
- 毛づくろいは、毛の間に空気を含ませて皮膚を海水から離す作業です
- 代謝は同じ大きさの陸の哺乳類の約3倍で、毎日体重の2割を超える量を食べます
- 餌が変わっても食べ続けられるのは、ラッコが多様な底生生物を食べるからです
ラッコは脂肪ではなく、毛で冷たい海をしのいでいます
私はずっと、海に住む哺乳類は分厚い脂肪で寒さをしのいでいるものだと思っていました。ラッコについては、その理解が違いました。
モントレーベイ水族館は「厚い脂肪の層がない」と説明しています
モントレーベイ水族館のラッコ解説によると、ラッコは厚い皮下脂肪の層を持たず、断熱は毛が受け持っています。毛は二層になっていて、いちばん密な場所では1平方インチあたり100万本を超えると書かれています。世界でいちばん密な毛皮とされています。
1平方センチメートルに直すと、どのくらいの密度か
1インチは2.54cmなので、1平方インチは2.54×2.54≒6.45平方センチメートルです。100万本÷6.45≒15万5,000本で、1平方センチメートルあたり約15万本になります。
シャープの解説では、全身で約8億本の毛が生えているとされています。この数字は部位や個体によって変わるはずで、100万本という数字は「いちばん密な場所」の値として読むのが安全です。生息する海の水温が10℃以下であることも、同じ解説に書かれています。
毛づくろいは、毛の間に空気を保つための作業です
ラッコは1日のかなりの時間を毛づくろいに使います。見ていると、ただ体を洗っているように見えますが、目的ははっきりしています。
皮膚が海水に触れないよう、毛の間に空気を含ませます
モントレーベイ水族館の解説では、毛づくろいによって皮膚の油が毛に行き渡り、毛がふくらんで空気の泡を含みます。シャープの解説も、皮膚が海水に触れないように毛づくろいをして過ごすと説明しています。空気は水よりずっと熱を伝えにくいので、毛の根元に空気の層があるあいだ、冷たい海水は皮膚まで届きません。
この仕組みは、ダウンジャケットと同じ考え方です。ダウンのフィルパワーの違いを扱った記事で書いたとおり、ダウンはかさ高が出るほど空気を多く抱え込めます。ラッコの毛も、空気を抱えている間だけ断熱材として働きます。
テキサスA&M大学の研究者は「1日の活動の約1割」と書いています
ラッコの研究をしているテキサスA&M大学のライトさんらは、解説記事の中で、毛の空気層を保つために1日の活動の約1割を使うと書いています。毛づくろいは暇つぶしではなく、体温を守るための仕事として時間が割かれていることになります。
水族館や動物園で、動物の毛づくろいや食事を観察したことはありますか?
- よく観察する
- ときどき観察する
- あまり見ない
- 行く機会がない
毛だけでは足りず、筋肉も熱を出しています
毛が空気層を保っても、体の中で熱を作らなければ体温は下がっていきます。ここで効いてくるのが代謝です。
代謝は同じ大きさの陸の哺乳類の約3倍です
ライトさんらの解説によると、ラッコが安静にしているときの代謝は、同じ大きさの陸の哺乳類のおよそ3倍です。
筋肉のミトコンドリアが、動かなくても熱を出します
同じ解説では、哺乳類の体重の約30%を占める筋肉に注目しています。ラッコの筋肉では、ミトコンドリアがエネルギーを漏らすように働き、動いていなくても、ふるえていなくても熱が出ると説明されています。人の体温調節は冷え性の仕組みを扱った記事にまとめています。人は寒いとふるえで筋肉から熱を出しますが、ラッコは、ふるえていなくても筋肉が熱を出していると説明されています。
ラッコは毎日、体重の2割を超える量を食べます
熱を作り続けるには、燃料になる食べ物が要ります。ラッコの食事量は、数字で見るとかなり極端です。
人は体重の約2%、ラッコは20%超です
ライトさんらの解説では、人が1日に食べる量は体重の約2%で、ラッコは体重の20%を超えると書かれています。モントレーベイ水族館も、ラッコは体重の約4分の1を毎日食べると説明しています。資料によって2割強から4分の1まで幅があるので、体重の2〜3割程度と受け取るのが無難です。
人の体重に当てはめると、どのくらいの量か
体重70kgの2%は1.4kg、20%は14kgです。20%÷2%で、体重あたりの食事量は約10倍になります。
体重70kgの人が毎日14kg食べる計算です。人の食事と比べると、ラッコにとっては食べることが体温を保つ仕事の一部になっています。
水族館でラッコを見るなら、どこに注目するか
鳥羽市の発表資料には、ラッコのメイさんとキラさんが一緒に暮らしていると書かれています。見学の機会があれば、次の二つを順に見ると、ここまでの話が目に入ります。
仰向けで毛を整えている時間を探す
水面で体や毛をこすっているときが、毛づくろいです。顔や腹をていねいにこするのは、毛の間に空気を含ませて皮膚を海水から離すためです。
食事の時間は、食べる速さと量を見る
体重の2割を超える量を食べる動物なので、1日の中で食べる時間が長いことが想像できます。給餌の回数や時間は施設ごとに違うので、公式の案内で確認してください。
赤潮で餌が変わっても、ラッコは食べるものを変えていました
たくさん食べるなら、餌が減ったときに困るのではないか。この疑問に答える調査が、北海道の道東で行われています。
2021年10月の赤潮で、ウニの割合は0%になりました
京都大学の三谷曜子教授らの研究グループは、道東の沿岸で2014年から繁殖個体が確認されているラッコについて、2021年10月の大規模な赤潮の前後で、捕食した餌の構成を目視で調べました。赤潮の前、ラッコが食べた餌に占めるウニの割合は8%でしたが、赤潮の直後は0%になりました。
二枚貝が増え、1年後にはウニも戻りました
ウニが消えた分、二枚貝の割合は増え、赤潮の直後は67%でした。赤潮から1年後にはウニが14%に戻り、二枚貝は38%に下がっています。研究発表では、赤潮の影響は1年以上たつと解消されたと説明されています。
ラッコは特定の餌にこだわらず、手に入る底生生物を食べて熱を作っていることが、この数字から分かります。成果は2024年11月21日に国際学術誌のPLOS Oneに掲載されました。
脂肪を持たない暮らしには、負担もあります
毛と筋肉で体温を保つ方法は、脂肪に頼る方法と比べて、毎日の維持にかかる手間が大きくなります。
毛づくろいと食事に、毎日時間を使います
1日の活動の約1割を毛の空気層の維持に使い、体重の2割を超える量を食べる生活です。脂肪を蓄えて長く休む方法と違い、毛づくろいも食事も毎日続けなければなりません。
餌が減る環境変化には弱くなりうる、というのが私の読みです
赤潮の調査でラッコは餌を切り替えていましたが、それはウニの代わりに二枚貝がいたからです。餌になる底生生物が全体に減る場合までは、この研究からは分かりません。食べる量が多い動物ほど、餌の量が減ったときの影響は大きいはずですが、これは資料に書かれていない私の推測です。
ラッコの体温に関するよくある誤解
ラッコは皮下脂肪で寒さをしのいでいるのでしょうか
いいえ。モントレーベイ水族館の解説では、ラッコは厚い皮下脂肪の層を持たず、毛で断熱しています。
毛は水に濡れないように油をまとっているだけでしょうか
油だけではありません。毛づくろいで皮膚の油が毛に行き渡り、毛がふくらんで空気の泡を含みます。油と空気の両方が働いています。
たくさん食べるのは、単に大食いだからでしょうか
熱を作るために燃料が要るからです。代謝が同じ大きさの陸の哺乳類の約3倍あるため、食べる量も体重の2割を超えます。ラッコが食べ続けて体温を保つのに対し、クマの冬眠を扱った記事で書いたように、クマは冬のあいだ食べずに体温を保ちます。同じ寒さでも、体の使い方は動物によって大きく違います。
まとめ:ラッコの体温は、毛の空気層と筋肉の熱と食事量で支えられています
ラッコは厚い皮下脂肪を持たず、1平方インチに100万本を超える毛の間に空気を含ませて、皮膚を冷たい海水から離しています。毛の空気層を保つために、1日の活動の約1割を使います。
体の中では、筋肉が熱を出し、代謝は同じ大きさの陸の哺乳類の約3倍です。そのぶん毎日、体重の2割を超える量を食べます。赤潮でウニが消えたときも、二枚貝に切り替えて食べ続けていました。
水族館でラッコを見るときは、毛づくろいの時間と食事の様子に注目すると、ここで書いた仕組みが見えます。最新の見学状況や給餌の時間は、各水族館の公式案内で確認してください。
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📚 参考文献・出典
- ・Wright, T., Sheffield-Moore, M., Davis, R.「Sea otters demonstrate that there is more to muscle than just movement – it can also bring the heat」The Conversation, 2021 https://theconversation.com/sea-otters-demonstrate-that-there-is-more-to-muscle-than-just-movement-it-can-also-bring-the-heat-165804
- ・Monterey Bay Aquarium「Sea otter」 https://www.montereybayaquarium.org/animals/animals-a-to-z/sea-otter
- ・シャープ「Nature Technology No.303 ラッコ」 https://jp.sharp/nature/seaotter/
- ・京都大学「環境変化がラッコの捕食行動に与える影響の解明―道東における赤潮の影響―」(PLOS One, 2024) https://www.kyoto-u.ac.jp/sites/default/files/2024-11/web_2411_Mitani_PLOS_One-165488c8d2727e10cd8c3249b00d87df.pdf
- ・鳥羽市・鳥羽水族館「ラッコのメイキラひとり占めプラン」報道発表資料 https://www.city.toba.mie.jp/material/files/group/8/rakkonokirameihitorijimepuran.pdf










































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