秦野市で放獣したクマが3日後に同じ場所の近くへ戻った、という報道が10月下旬に出ました。そのニュースを読みながら、私は別のことが気になりました。クマはもうすぐ冬眠するはずなのに、食べず、飲まず、排尿もせずに数か月も過ごせるのはなぜなのか、という疑問です。
この記事では、北海道大学の下鶴倫人氏による総説「クマの冬眠の生理・代謝機構」(低温科学81巻、2023年)と、広島大学・北海道大学などの共同研究の発表資料をもとに、クマの冬眠の仕組みを確かめます。ハムスターなど小型の冬眠動物とは違う点が多く、私が思い込んでいた「体温を大きく下げて眠る」姿とは別のものでした。内容は2026年11月時点です。
- クマの冬眠では体温の低下が小さく、心拍数と代謝率を大きく下げる
- 冬眠中は秋に蓄えた皮下脂肪を使い、飲食も排尿もしない
- 排尿しなくても血中の尿素は減り、筋肉も大きくは衰えない
- 仕組みの一部は、まだ研究でも確かめられていない
秦野市のクマが戻った10月は、冬眠前の食べ込みの季節
放獣から3日後に起きたこと
日刊ゲンダイの報道によると、神奈川県秦野市は10月20日に弘法山公園の箱わなで、体長1.36メートル、体重101.3キロのクマを捕獲しました。耳に追跡用の発信器を付け、約10キロ離れた丹沢山地の奥地に放しました。その3日後の23日、善波峠のカメラに写ったクマが同じ個体だと確認されています。放獣の目的や限界は、以前の記事「学習放獣とは何か」で整理しました。
報道では、フンの分析で主にドングリを食べていたことが分かったと伝えられています。この記事で扱うのは、そのクマがなぜ秋に食べ物を求めるのか、冬眠の間は何が起きるのか、という体の仕組みの側です。
9月から11月ごろは飽食期と呼ばれる
下鶴氏の総説によると、多くのクマの個体群で、冬眠前の9月から11月ごろまでは「飽食期」と呼ばれます。栄養価の高い食べ物を大量に食べ、短期間で体重を急に増やす時期です。本州のツキノワグマでは、ブナ、ミズナラ、クリの実などの堅果類が秋の主な食べ物になっています。
飼育下のアメリカクロクマでは、5月から9月の活動期に1日5,000〜8,000キロカロリーだった摂取量が、飽食期には1日15,000〜20,000キロカロリーまで増えたと報告されています。15,000÷8,000と20,000÷5,000で計算すると、およそ1.9倍から4倍です。10月下旬に人里近くへ出るクマの行動が、この飽食期にあたる可能性は考えられますが、秦野市の個体がどの段階だったかは、公表された情報からは分かりません。
クマの冬眠は、体温があまり下がらない眠り
ハムスターなど小型の冬眠動物との違い
私は冬眠というと、体温が数℃まで下がって、ほとんど凍ったように眠る姿を思い浮かべていました。広島大学などの発表資料の用語解説でも、小型の冬眠動物は体温を大きく下げて代謝を極端に落とす「深冬眠」と、体温が一時的に正常に戻る「中途覚醒」を繰り返すと説明されています。ハムスターの疑似冬眠との違いは、ハムスターの疑似冬眠の記事で書きました。
クマはこの型ではありません。総説は、クマの冬眠の特徴を次のように挙げています。
- 体温の下がり方が小さい(4〜7℃)
- 深冬眠と中途覚醒を繰り返さず、ほぼ切れ目なく眠り続ける
- 完全には意識を失わず、外からの刺激にすぐ反応して動ける
- 妊娠したメスは、冬眠中に出産して子育てをする
心拍数と体温は、数週間かけて底まで下がる
野生のヒグマの研究では、活動量と心拍数の低下が、冬眠穴に入る約4週間前から始まります。体温の低下は、そこから約2週間遅れて始まります。穴に入って動かなくなった後も下がり続け、心拍数は10 bpm(1分間の拍数)程度、体温は32℃程度で底に達します。底に着くまでに、心拍数で約3週間、体温で約4週間かかります。
活動時の体温は37℃程度、心拍数は60〜80 bpmです。体温の差は37−32=5℃、心拍数は10÷60〜10÷80より、活動時のおよそ6分の1から8分の1です。体温は小さな変化にとどまり、心拍数だけが大きく下がっています。春の目覚めでは、体温が先に戻り、心拍数が元の状態に戻るまでにはさらに約2か月かかります。
体温を26℃まで下げると、クマは死んでしまう
総説は、冬眠中のクマの体温を人為的に26℃程度まで下げた実験で、心停止による死亡が起きたと紹介しています。クマは小型の冬眠動物のように、組織や細胞が低い体温に耐える性質を身につけていないと考えられています。体温の低下が小さいのは、この性質がないことの裏返しだというのが、総説の見方です。
クマの冬眠について、どれくらい知っていましたか?
- 体温を大きく下げて眠ると思っていた
- 食べずに眠ることは知っていた
- 排尿しないことは知らなかった
- ほとんど知らなかった
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食べず飲まず出さない間は、皮下脂肪で動いている
基礎代謝率は活動期の25〜50%まで下がる
野生のクマは10月から12月ごろに、地中の穴、洞穴、樹洞などで冬眠を始め、最長で7か月ほど過ごします。この間、基礎代謝率は通常の活動期の25〜50%程度まで下がります。100%を基準にすると、消費するエネルギーは半分から4分の1です。食べ物がない冬を、使う量を減らして乗り切る方法です。
総説はクマを「脂肪貯蔵型冬眠動物」に分類しています。冬眠前に蓄えた皮下脂肪を主なエネルギー源にして、摂食、飲水、排泄、排尿をせずに3〜7か月を過ごします。
呼吸商が示す「脂肪だけを燃やす」状態
何を燃やしているかは、呼吸商という値で分かります。通常の活動期の呼吸商は0.78程度ですが、冬眠期には0.69〜0.73になります。脂質だけを使ったときの理論値は0.71で、冬眠中のクマはほぼ脂質だけでエネルギーをつくっていることになります。
脂肪が分解されるときに出る代謝水が、冬眠中に水を飲まなくても生き延びられる理由の一つです。ただし血液中の総タンパク質やアルブミンの濃度は冬眠中に上がるため、軽い脱水状態にはなっているとされています。
血糖値は変わらず、ケトン体が増える
飼育下のツキノワグマの血液検査では、活動期(6〜7月、20頭)と冬眠期(2月、25頭)で次のように変わりました。
| 項目 | 活動期 | 冬眠期 |
|---|---|---|
| グルコース(mmol/L) | 5.0 | 4.5 |
| 遊離脂肪酸(mmol/L) | 0.28 | 0.76 |
| 総ケトン体(μmol/L) | 37.6 | 664.3 |
| 尿素窒素(mmol/L) | 3.1 | 1.7 |
| ※出典:下鶴倫人「クマの冬眠の生理・代謝機構」表1(平均値。すべての項目で活動期と冬眠期に有意差あり) | ||
何も食べないのに、血糖値は活動期とほぼ同じ水準に保たれます。脂肪の分解で出るグリセロールなどを材料に、肝臓で糖をつくる経路が働いているためと考えられています。ケトン体は大きく増えますが、人で重い代謝障害の目安になる3.0mmol/Lよりは低い値です。664.3÷37.6で計算すると、ケトン体は活動期のおよそ17.7倍で、単位をそろえると約0.66mmol/Lです。
排尿しないのに尿素が増えず、筋肉も保たれる
人なら尿毒症になる状態で、尿素が減る
総説が「驚くべき点」として挙げているのが、一切の排尿をしないのに、血中の尿素が増えずに減ることです。人の場合、腎臓の働きが悪くなって尿素の排出が滞ると、高窒素血症から尿毒症になり、死に至ることがあります。夏に絶食・絶水にしたクマは脱水と高窒素血症になったため、この能力は冬眠期だけのものです。
表のとおり、尿素窒素は活動期の3.1から冬眠期の1.7まで下がっています。1.7÷3.1で計算すると、活動期の約55%です。
筋肉の分解を抑え、尿素そのものも減らしている
理由の一つは、筋肉のタンパク質の分解が低く抑えられていることです。タンパク質が分解されると尿素の元になる窒素が出るため、分解が少なければ尿素も増えません。実際に、長く動かないのに筋肉の廃用性萎縮は起こらず、冬眠期を通した筋力の低下は23%にとどまると報告されています。100−23で計算すると、筋力は約77%が保たれます。肝臓では尿素をつくる酵素の遺伝子の働きも下がっていて、尿素の生成自体が抑えられているとみられます。
2025年12月の広島大学などの発表では、冬眠するハムスターとクマの筋肉の幹細胞が、極端な低温でも死なずに生き残ることが示されました。一方で、生き残った幹細胞は筋肉をつくる働きを意図的に抑えていて、再生を遅らせる省エネの仕組みを持つ可能性があると説明されています。
「尿素リサイクル仮説」は、クマではまだ確認されていない
古くからある仮説に、腸に出した尿素を腸内細菌がアンモニアに変え、クマがそれを再び吸収してアミノ酸をつくり直す、というものがあります。この仕組みは、冬眠中のジュウサンセンジリスで2022年に確認されました。しかしクマでは、冬眠中の腸内細菌の研究はあっても、リサイクルを示す結果は得られていません。総説は、解明されれば人の腎臓病の治療法開発につながる可能性があると述べています。
冬眠前に太る仕組みも、普通の肥満とは違う
冬眠を支えるのは、飽食期に蓄えた脂肪です。ここにも、人の感覚とは違う点があります。
インスリンの効きが良くなり、脂肪をため込む
飼育下のツキノワグマで、8月と11月上旬に糖負荷試験を行った研究では、11月上旬のほうが血中のブドウ糖の濃度が早く下がりました。インスリンの量は変わらないため、組織でのインスリンの効きが良くなっていると考えられています。肝臓や白色脂肪組織では、脂肪をつくる酵素の遺伝子の働きが、飽食期だけ強まります。
飼育下で餌の量を一定にした環境でも、この変化が起きています。つまり、食べる量が増えるだけでなく、体の内側のスイッチで脂肪を蓄えやすい状態に切り替わっていることになります。
体脂肪率40%を超えても、脂肪肝にならない
人では、肥満になると空腹時の中性脂肪が上がります。クマでは飽食期に上がらず、むしろ下がります。体脂肪率が40%を上回る飽食期のピークでも、肝臓への異常な脂肪の蓄積は見られず、脂肪肝にはなりません。総説は、この仕組みが分かれば人の肥満に関わる病気の予防や治療に役立つ可能性があると述べています。
冬眠に入ると、脂肪をつくる酵素の働きは下がり、脂肪を分解してエネルギーにする酵素の働きが上がります。飽食期から冬眠の開始までのわずかな間に、脂肪をためる状態から使う状態へ、代謝が切り替わります。
妊娠したメスは、冬眠中に出産する
体温を38℃前後に保つ2か月
妊娠しているメスは、冬眠の開始とほぼ同じ時期に胚が着床します。出産までの約2か月間は38℃前後の高い体温が保たれ、分娩の直前に体温が下がります。血糖値も高く保たれていて、胎子の成長と出産後の授乳のため、母グマにはより大きな負担がかかります。
体重の減り方にも差があります。スカンジナビア半島のヒグマでは、冬眠中の体重の減少がオスで26%、メスで39%で、出産と子育てをするメスのほうが大きく減ります。冬眠前にどれだけ脂肪を蓄えられたかは、子の生死にも関わります。
101.3キロのクマに、論文の割合を当てはめると
冬眠期の体重の減少は、年齢、性別、生息場所によって違いますが、おおむね20〜40%程度とされています。秦野市で捕獲された101.3キロの個体に、この割合をそのまま当てはめると、101.3×0.2〜0.4で約20〜40キロ減る計算です。これは割合を使った算数で、この個体が冬眠したかどうか、実際に何キロ減るかを示す数字ではありません。
冬眠の知識は、ニュースの読み方にどう役立つか
冬眠は寒さではなく、食べ物と体内のリズムで決まる
総説によると、クマの冬眠は食べ物の有無や外の気温に影響を受けます。冬に餌を与えられている飼育下のクマは冬眠せず、東南アジアなど亜熱帯に住むアジアクロクマも冬眠しません。一方で、夏に冬眠に近い環境(絶食、低温、暗闇)に置いても冬眠状態にならないため、1年周期の体内のリズムも関わっていると考えられています。
冬眠が食べ物の有無に左右されるという点は、緊急銃猟の記事で扱った出没の話とも関わります。ただし、人里の食べ物が冬眠の時期や長さをどう変えるかは、この総説からは確かめられていません。
10月に里へ出たクマを見るときの目安
総説の数字を並べると、野生のクマが冬眠穴に入るのは10月から12月ごろで、入る約4週間前から活動量と心拍数が下がり始めます。10月下旬に人里近くで食べ物を探しているクマは、体の状態としては冬眠の準備の途中か、その前の食べ込みの段階にいる可能性があります。
これは論文の数字からの私の整理で、報道された個体について確かめた事実ではありません。冬眠しているクマと、秋に活発に食べているクマでは体の状態がまるで違う、という点だけを押さえておくと、出没のニュースが少し読み取りやすくなります。
この説明の注意点と、確かめられていないこと
数字は、飼育下の個体や海外の個体を含む
総説の数字は、飼育下のツキノワグマ、ヨーロッパのヒグマ、アメリカのクロクマなど、複数の研究から集めたものです。心拍数と体温の底の値は野生のヒグマのものです。血液検査の表は飼育下のツキノワグマの値です。日本の野生のツキノワグマすべてにそのまま当てはまるとは限りません。
原因がまだ分かっていない現象がある
体温が34℃前後まで下がると一度上がり、36℃前後を超えると下がる、という数日から数週間単位の昇降(2〜6℃)が繰り返されます。なぜこのような調節をするのかは、総説も「明らかではない」としています。熱をつくる仕組みも、筋肉のふるえが主だと考えられていますが、ほかの仕組みが見つかる可能性は残っています。
放獣や駆除の是非は、この記事では扱わない
冬眠の仕組みから、放獣や駆除のどちらが正しいかは決められません。対応は自治体と県の方針に基づくもので、最新の情報は秦野市や神奈川県、環境省の発表で確認してください。
クマの冬眠について、判断の目安を整理する
数字を読むときに確認する3点
冬眠の数字を読むときは、次の3点を確かめると取り違えが減ります。
- どの種類のクマか(ヒグマ、ツキノワグマ、アメリカクロクマ)
- 野生か飼育下か
- 活動期、飽食期、冬眠期のどの時期の値か
小型の冬眠動物と比べるときの違い
| 項目 | クマ | 小型の冬眠動物 |
|---|---|---|
| 体温の下がり方 | 小さい(4〜7℃) | 数℃まで下がることもある |
| 眠り方 | ほぼ切れ目なく続く | 深冬眠と中途覚醒を繰り返す |
| 刺激への反応 | すぐ反応して動ける | 深冬眠中は反応しにくい |
| 出産 | 冬眠中に出産・子育てをする | — |
| ※出典:下鶴倫人「クマの冬眠の生理・代謝機構」、広島大学ほか発表資料の用語解説 | ||
クマの冬眠についてのよくある誤解
クマは体温を大きく下げて眠る?
違います。体温の降下は4〜7℃にとどまり、ツキノワグマの1例では最大でも2℃程度でした。体温が30℃を下回ることはないと報告されています。
冬眠中のクマは、起こしても反応しない?
違います。完全には意識を失わず、外からの刺激を受けるとすぐに反応して動けます。
冬眠中は痩せないので、筋肉も脂肪も変わらない?
違います。体重は20〜40%程度減ります。減っているのは主に脂肪で、筋肉の力の低下は23%にとどまる、というのが正確な説明です。
まとめ:クマの冬眠は、体温を保ち代謝だけを下げる仕組み
クマの冬眠は、体温をあまり下げず、心拍数と代謝率を大きく下げて、秋に蓄えた脂肪だけで3〜7か月を過ごす仕組みです。排尿しなくても血中の尿素が減り、筋力の低下も23%にとどまる理由は、筋肉の分解を抑え、尿素の生成も減らしていることで部分的に説明できます。腸内細菌を使ったリサイクルは、クマではまだ確かめられていません。
私は、冬眠は寒さに負けて眠り込むことだと思っていました。実際には、体温が下がりにくい体のまま、動かずに使う量だけを絞る、むしろ難しいやり方でした。秦野市のクマのように秋に人里へ出るクマの話題を読むときは、食べ込みの時期か、冬眠の準備か、という体の状態を思い浮かべると、報道の読み方が変わります。
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📚 参考文献・出典
- ・下鶴倫人「クマの冬眠の生理・代謝機構 ~如何に太り,如何に痩せるか~」低温科学 81, 181-189(2023年) https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/repo/huscap/all/89097/19_p181-189_LT81.pdf
- ・広島大学・北海道大学ほか「冬眠動物の筋肉が衰えない仕組み」プレスリリース(令和7年12月22日) https://www.hokudai.ac.jp/news/pdf/251222_pr2.pdf
- ・日刊ゲンダイDIGITAL「クマ再出没の神奈川・秦野市でも…放獣しても駆除しても自治体に抗議殺到で業務に深刻な支障」 https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/394831
📖 この記事について 本記事は、からだや医療の“仕組み”を知る面白さをお届けし、健康への関心を深めていただくための読み物です。診断・治療を目的としたものではないので、実際の症状や治療の判断は医師など専門家にご相談ください。









































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