2026年10月5日、米ニューヨーク州のホークル知事が、麻疹(はしか)の感染拡大を受けて州の災害緊急事態を宣言しました。州は10月3日時点で、今年の確認数を108件と公表しています。数字だけを見ると、108件は多くないように感じます。
私も最初は「108人くらいで緊急事態宣言なのか」と思いました。ところが麻疹は、病気の側の性質が少し特別です。この記事では、ニューヨーク州の緊急事態宣言の中身と、麻疹がなぜここまで広がりやすいのか、集団免疫の95%という数字がどこから来るのかを、州政府・厚生労働省・WHOの資料で確かめた範囲で整理します。2026年10月時点の情報です。
- ニューヨーク州は2026年10月5日に災害緊急事態を宣言し、ワクチンを打てる人の範囲を広げた
- 麻疹の基本再生産数は12〜18で、インフルエンザの1.2〜2より一桁大きい
- 集団免疫に必要な接種率は、計算すると約92〜94%になり、ワクチンの効果を織り込むと95%前後に届く
- 日本の2024年度の接種率は1期92.7%、2期91.0%で、目標の95%を下回っている
NY州の緊急事態宣言は何を変えたのか
まず、ニュースの中身から確認します。数字は州政府の発表文によるものです。
知事の行政命令の中身
発表によると、10月5日の行政命令で、麻疹ワクチンを接種できる人の範囲が広がりました。救急救命士、上級救急隊員、助産師、薬剤師が新たに接種できる担い手に加わり、看護師は検査を指示できるようになります。人手の足りない地方でも、接種と検査の入り口を増やすための措置です。
108件のうち92件が地方の18郡に集中
州の発表では、10月3日時点の今年の確認数は108件で、内訳はニューヨーク市が7件、市外が101件でした。7月15日以降の92件は、予防接種が十分に進んでいない地方の18郡で報告されています。同じ期間に、地方の保健所は1,000回分を超える麻疹・おたふくかぜ・風しんの混合ワクチン(MMR)を接種しました。
つまり今回の宣言は、都市部の大流行というより、接種率の低い地域に火が付いた状況への対応です。数が少なくても動くのは、麻疹が一度広がり始めると止めにくい病気だからです。その理由を次に見ていきます。
麻疹の感染力はなぜ桁違いなのか
私は長いあいだ、麻疹を「うつりやすい風邪の仲間」くらいに考えていました。数字を並べてみて、その印象は外れていたと分かりました。
基本再生産数を他の病気と比べる
基本再生産数(R0)とは、免疫を持たない集団の中で、1人の患者が平均して何人にうつすかを表す数字です。厚生労働省の資料には、麻しんが12〜18、風しんが6〜7、新型コロナウイルスが2〜3、インフルエンザが1.2〜2と並んでいます。麻疹の下限の12でも、インフルエンザの上限の2の12÷2=6倍です。
空気中に漂う時間の長さ
WHOの説明では、麻疹ウイルスは空気中や物の表面で最大2時間、感染力を保ちます。京都府の感染症情報も、麻しんは空気感染(飛沫核感染)、飛沫感染、接触感染のすべてで広がり、免疫のない人が曝露されるとほぼ全員が感染すると考えられている、と書いています。マスクと距離だけでは防ぎにくいのは、このためです。
3世代で何人になるか
免疫のない人だけの集団で、R0が12なら、1人目から2世代目に12人、3世代目に12×12=144人、4世代目に12×12×12=1,728人と増えます。R0が18なら4世代目は18×18×18=5,832人です。これは周りの人が免疫を持つことで減っていく分を無視した単純計算で、実際はここまで増えません。逆に言えば、増えない理由が「周りの免疫」です。
ご自身やご家族の麻しん風しん(MR)ワクチンの接種記録を、確認したことはありますか?
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集団免疫の95%はどこから来る数字か
ここが、私が一番「なるほど」と思ったところです。95%という数字は、経験則ではなく、割り算で出てきます。
1−1/R0で必要な割合が決まる
1人が平均R0人にうつすなら、そのうち1人分だけ「うつらない」状態にできれば、感染の連鎖は止まります。つまり集団の免疫保有率が1−1/R0を超えれば、流行は広がりません。R0が12なら1−1/12≒91.7%、R0が18なら1−1/18≒94.4%です。インフルエンザはR0が1.2〜2なので、1−1/1.2≒16.7%から1−1/2=50%で足ります。麻疹はこの比率が桁違いに高いのです。
ワクチンの効果を織り込むと95%前後になる
州の発表では、MMRワクチンの予防効果は1回で93%、2回で97%です。接種した人が全員、完全に守られるわけではないので、必要な接種率はさらに上がります。2回接種の97%で計算すると、91.7%÷0.97≒94.5%から94.4%÷0.97≒97.3%になります。WHOが2回接種率を95%以上に保つ必要があるとしている、という京都府の説明は、この範囲と一致します。
前半の話をまとめると、免疫のない人が集まる場所が1か所でもあれば、そこから連鎖が始まります。ワクチンの仕組み自体は、ワクチンの仕組みを解説した記事で、体の防御役の動きは免疫の仕組みの記事で詳しく書いています。
ワクチンはどう守っているのか
1回では足りない人がいる
WHOは、1回目で免疫がつかない子どもがいるため2回の接種を勧めています。前の章の93%と97%の差は、97−93=4ポイントです。小さく見えますが、母数が大きいほど効いてきます。たとえば1万人が接種すると、守られない人は、1回のみなら10,000×7%=700人、2回なら10,000×3%=300人の計算です。
日本の定期接種の決まり
日本では、麻しん風しん混合ワクチン(MRワクチン)を、1期は生後12月から生後24月に至るまでの間、2期は小学校就学前の1年間に接種します。平成18年4月に、定期接種が1回から2回に変わりました。2008年度から2012年度には、1回しか受けていなかった中学1年生と高校3年生相当の人に、追加の接種も行われています。
曝露後でも間に合うことがある
京都府の感染症情報によると、接種歴が不明または未接種の人は、接触後72時間以内にワクチンを接種すると、発症の予防が期待されます。厚生労働省も、自治体や医師会に、曝露後72時間以内の緊急接種を周知したと資料に書いています。
日本の接種率と国内の発生状況
目標の95%に届いていない
厚生労働省の資料では、MRワクチンの接種率の目標は1期・2期とも95%以上です。ところが、最新の令和6年度(2024年度)の実績は、1期が92.7%、2期が91.0%でした。コロナ禍以降、低下傾向にあるとも書かれています。2期の91.0%に、先ほどの97%を掛けると91.0%×0.97≒88.3%です。これは乳幼児の接種記録からの粗い見積もりで、上の世代の免疫は含みませんが、必要な91.7%に届かない水準です。
国内の報告数は2026年4月で299例
同じ資料によると、2026年の国内の累計報告数は、4月21日公表の速報値で299例でした。直近10年で最も多かった2019年の同時期(412例)の約7割で、新型コロナ流行以降では最多です。299÷412≒73%で、「7割」と合っています。2月には愛知県の高校で集団感染が確認され、報告のうち約3分の2は国内で発生したものです。インドネシアなどを推定感染地域とする輸入事例も増えています。
日本は2015年に麻しんの排除認定を受けています。ところが、この資料には、2025年に排除認定が取り消された国として、カナダや英国、スペインなどが並んでいます。米国の2026年の報告は4月9日時点で1,714例と、2025年の1年間の2,283例の半分を超えています。
麻疹の経過とうつしやすい期間
潜伏期間は10〜12日、最大21日
京都府の説明では、潜伏期間は10〜12日(最大21日間)で、最初は発熱、咳、鼻水、目の充血など風邪のような症状です。この時期に頬の内側に小さな白い斑点(コプリック斑)が出ることがあります。発熱は2〜4日続き、この前駆期(カタル期)が最も感染力が高いと言われています。ニューヨーク州が、曝露した人に21日間の隔離を呼びかけているのは、この最大潜伏期間に合わせたものです。
発疹が出る前から他人にうつす
厚生労働省の資料では、発症前日から解熱後3日間程度、他者に感染させる可能性があるとされています。州の発表では、検査で陽性になった人は発疹が出てから4日後まで隔離するよう求められています。本人が「ただの風邪」と思っている時期にも、周りにうつしている可能性があるわけです。
死亡率は約0.1%と書かれている
同じ資料には、合併症として肺炎、中耳炎、脳炎があり、死亡率は約0.1%と比較的高いと書かれています。感染から数年後に、亜急性硬化性全脳炎(SSPE)という脳症を発症することもあります。特別な治療法はなく、対症療法が中心です。だから、病気になったあとの治療より、かかる前の予防が重い意味を持ちます。
数字を読むときの注意点
R0は目安であり固定値ではない
R0は、免疫のない集団を前提にした平均値で、人口密度や接触の多さで実際の広がり方は変わります。12〜18という幅があるのも、そのためです。1−1/R0の計算も、全員が同じ頻度で接触するという単純化の上に成り立っています。
接種率の平均では見えない偏りがある
ニューヨーク州の92件が、18の郡に集中していたことが示すように、全体の接種率が高くても、免疫の薄い地域や集団が1つあれば、そこで流行します。州全体の数字だけでは足りず、地域ごとの数字が要ります。日本の資料でも、1期と2期の接種率が別々に示されており、目標の95%に対する不足は期ごとに確認する必要があります。
ワクチンにも限界と副反応がある
ワクチンの予防効果は100%ではなく、97%でも約3%の人は守られません。副反応についても、厚生労働省の資料に安全性の項目があります。個別の体質や持病で接種を迷う場合は、かかりつけ医に相談するのが前提です。
自分の接種歴を確かめる判断の目安
ここからは、仕組みを知った人が次に取れる行動の整理です。医療上の判断は医師に任せるとして、確認できることは3つあります。
母子健康手帳で2回の記録を探す
定期接種の記録は、母子健康手帳に残っています。1期と2期の2回分があるかを確認します。厚生労働省の資料では、平成18年4月より前は1回接種の時代があったため、年齢によっては1回だけの人がいます。
記録がなければ医療機関と自治体に相談する
記録が見つからない、または1回しかない場合は、かかりつけ医や自治体の窓口に相談します。京都府の説明にあるように、接触後72時間以内の接種は、発症予防の選択肢になります。
海外に行く前に確認する
日本でも、海外との往来が戻ったことで輸入事例が増えています。渡航先の流行状況と、同行する家族の接種歴は、出発前に見ておくと安心です。
麻疹のよくある誤解
麻疹は子どもの病気だけですか
子どもに限りません。京都府の説明によると、日本では平成19年ごろに10〜20代を中心に大きな流行がありました。免疫がなければ、何歳でも感染します。
ワクチンを打てば絶対にかかりませんか
絶対ではありません。州の発表では、1回の接種で93%、2回で97%の予防効果です。それでも、ワクチンを打っていない場合に比べて、かかる確率は大きく下がります。
日本は排除状態なので心配いりませんか
日本は2015年に排除認定を受けましたが、厚生労働省の資料では、2026年の報告の約3分の2が国内発生で、輸入事例も増えています。他の国々で排除認定が取り消されているように、接種率が下がれば状況は変わります。
まとめ:麻疹の95%を判断に生かす
ニューヨーク州の緊急事態宣言は、麻疹の感染力と、地域に残った免疫の薄さを同時に見せたニュースでした。R0が12〜18という数字から、集団免疫に必要な割合は約92〜94%となり、ワクチンの効果を織り込むと95%前後になります。日本の2期の接種率は91.0%で、この線に届いていません。
私が今回の件で一番変わったのは、麻疹を「昔の病気」と見る目です。判断の材料はシンプルで、自分と家族の接種記録を2回分確認し、不足があれば医療機関か自治体に相談することです。最新の発生状況は、厚生労働省や自治体の公式発表で確認してください。
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📚 参考文献・出典
- ・ニューヨーク州政府「Governor Hochul Declares State Disaster Emergency in Response to Ongoing Measles Outbreak」(2026年10月5日) https://www.governor.ny.gov/news/governor-hochul-declares-state-disaster-emergency-response-ongoing-measles-outbreak
- ・ABC7 New York「NY Gov. Hochul declares state disaster emergency over ongoing measles outbreak」 https://abc7ny.com/post/ny-gov-hochul-declares-state-disaster-emergency-ongoing-measles-outbreak/19910759/
- ・Westfair Communications「Hochul declares measles emergency」 https://westfaironline.com/disease/hochul-declares-measles-emergency/
- ・厚生労働省「麻しん・風しんの現状と対策」資料(2026年4月公表時点) https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/001696698.pdf
- ・京都府感染症情報センター「麻しん」 https://www.pref.kyoto.jp/idsc/disease/measles.html
- ・WHO「Measles」ファクトシート https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/measles
📖 この記事について 本記事は、からだや医療の“仕組み”を知る面白さをお届けし、健康への関心を深めていただくための読み物です。診断・治療を目的としたものではないので、実際の症状や接種の判断は医師など専門家にご相談ください。










































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