2026年9月18日、農林水産省が発表したスーパーのコメの平均価格は、5kgで2,971円でした。前の週より32円安く、下落は5週連続。3,000円を下回るのは2024年9月上旬以来、およそ2年ぶりです。今年1月には4,416円まで上がっていたので、そこから3分の1が消えた計算になります。
ニュースの見出しは「コメ、2年ぶり2000円台」。新潟育ちの私は、米の値段には少しうるさいほうです。それでも正直に言うと、この見出しを見た最初の感想は「よかった」でした。安くなるのは、買う側にとっては良いことだと思っていたからです。
ところが同じ日の発表には、もう1つ別の数字がぶら下がっていました。「コスト割れに懸念」。生産者側の数字を並べていくと、この「安い」の意味が途中で変わります。先に結論を書くと、店頭の2,971円は、生産にかかる費用を精米5kgに直した目安の2,816円と、ほとんど同じ水準です。そこから流通と小売の取り分を引くと、農家に届く金額は費用を下回っています。安くなった米は、作った側から見ると、すでに赤字の米です。
- 2,971円は全国約1,000店舗のレジの実売価格から出した平均で、農水省が毎週公表している
- 農家が受け取るのは店頭価格ではなく、JAが出荷時に前払いする「概算金」。2026年産は前年より2〜4割下がった
- 生産費の目安は玄米60kgあたり20,535円。新潟の一般コシヒカリの概算金18,500円は、これを下回っている
- 値下がりの原因は備蓄米の放出・増産・輸入米による在庫の積み上がりで、費用のほうは下がっていない
2,971円は何の値段なのか — 農水省が毎週数えている数字
まず、ニュースに出てくる「5kg 2,971円」がどこから来た数字なのかを押さえます。
全国約1,000店舗のレジの記録を、週ごとに平均している
農水省は、全国のスーパー約1,000店舗のPOSデータ(レジで実際に売れた商品の記録)をもとに、コメの販売数量と価格を週ごとに集計し、原則として毎週金曜日に公表しています。今回の2,971円は9月7日から13日までの1週間分です。店頭の値札ではなく「実際に売れた価格」の平均なので、特売で買われた分も含まれています。
この数字は2024年夏の「令和の米騒動」以降、ずっと注目されてきました。品薄で価格が跳ね上がり、2026年1月に4,416円という記録的な水準に達し、そこから下がり始めて今に至ります。
5週連続の下落で、2年前の水準に戻った
| 時期 | スーパー平均価格(5kg) | 状況 |
|---|---|---|
| 2024年9月上旬 | 3,000円未満 | 「令和の米騒動」で上昇が始まる直前 |
| 2026年1月 | 4,416円 | 最高値 |
| 2026年8月〜9月 | 5週連続で下落 | 備蓄米放出・増産・輸入米で在庫が積み上がる |
| 2026年9月7〜13日 | 2,971円 | 約2年ぶりの3,000円割れ(前週比−32円) |
| ※ 農林水産省「スーパーでの販売数量・価格の推移」(KSP-POS・全国約1,000店舗)より。2026年9月時点 | ||
なぜ下がったのか — 在庫が積み上がった
値下がりの理由は、需給が緩んだことです。政府は2025年から備蓄米を市場に放出し、2025年産は前年より増産され、外国産米の輸入も増えました。その結果、6月末時点の民間在庫は243万トンに膨らんだとJA島根が説明しています。売る側の手元に米が余れば、値段は下がります。ここまでは教科書どおりの話です。
見出しの「2000円台」と、生産者側に届く数字の差
ここからが、私の見方が変わったところです。店頭価格と農家の手取りは、同じ「米の値段」でも別の数字です。
農家が受け取るのは「概算金」という前払い
農家は秋に収穫した玄米をJAなどの集荷業者に出荷しますが、その時点では最終的な販売価格が決まっていません。そこでJAは、出荷時に「概算金」(仮渡金)を前払いします。金額は県ごとに全農の県本部などが決め、その後の販売状況を見て追加払いがあり、最終的な精算は1〜2年後です。農家にとって概算金は、秋の資金繰りを支える当座の収入であり、その年の米の値段の「相場観」そのものでもあります。
2026年産の概算金は、前年より2〜4割下がった
2026年産の新米について、北海道と北信越の3県では概算金が前年比で2〜4割下がりました。私の地元の新潟では、JA全農にいがたが決めた一般コシヒカリの概算金が玄米60kgあたり18,500円です。
店頭の5kg 2,971円が「2年ぶりの安値」なら、生産者に届く18,500円は何年ぶりの水準なのか。この数字を、次の章の「生産費」と並べると、答えが見えます。
コメの値下がりのニュースを見て、最初にどう感じましたか?
- 安くなってよかった
- 農家が心配になった
- また上がると思った
- 特に何も思わなかった
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米の値段は、農家から店頭まで4回決まる
店頭価格と概算金がなぜ別の数字になるのか。米が農家を出てから店頭に並ぶまでの流れを1本に並べると、値段が決まる場所が4か所あることが分かります。
米の値段が決まる4つの地点
概算金(前払い)
60kg 18,500円の例
相対取引価格
需給で毎月動く
精米・袋詰め・輸送
の費用が乗る
スーパー平均
5kg 2,971円
ニュースで報じられるのは④の店頭価格、農家の収入を決めるのは①の概算金です。②の相対取引価格は農水省が毎月公表していて、①と④の間をつなぐ「業者間の卸値」にあたります。③では精米で重さが1割減り、袋や輸送の費用が加わります。値上がりのときは④→①の順に、値下がりのときは①→④の順に伝わりやすいことは、後の章で触れます。
「コスト割れ」を数字で見る — 生産費20,535円と概算金18,500円
コメを1俵(玄米60kg)作るのにいくらかかるのか。2026年4月、米穀安定供給確保支援機構が「コスト指標」として公表した生産段階の費用は、玄米60kgあたり20,535円です。肥料、農薬、燃料、機械、人件費などを積み上げた目安で、精米5kgに換算すると2,816円になります。費用の中身は有機農業の仕組みで触れた資材コストの構造と重なります。
ひとつ白状しておくと、私が最初に読んだ記事にはこの数字が「2万5535円」と書かれていました。原典を確認したら2万535円。5,000円違うと結論が変わってしまうので、以下は原典の数字で計算しています。
60kgあたり2,035円の赤字。新潟のコシヒカリでも
生産費20,535円に対して、新潟の一般コシヒカリの概算金は18,500円。
差は2,035円。1俵作るごとに、約1割の赤字です。
新潟のコシヒカリで、です。全国で最も名前の通った銘柄の産地で、概算金が生産費を下回っている。他の産地や銘柄がこれより良い条件とは考えにくく、実際、業界の指標が示された後に発表された概算金は、全品種でこの指標を下回ったと報じられています。
もちろん概算金は前払いで、後から追加払いがあれば差は縮まります。ただ、在庫が243万トンある年に、販売が好調で追加払いが厚くなる展開は、私には想像しにくいです。
店頭2,971円のうち、農家に届くのはおよそ6割弱
店頭価格と概算金の関係も、ざっくり計算しておきます。玄米60kgを精米すると、歩留まりはおよそ9割で約54kgになります。5kgあたり2,971円なら、54kgは約32,000円。この店頭換算32,000円に対して、農家に前払いされる概算金は18,500円。店頭価格のおよそ6割弱が生産者に、残りが集荷・保管・精米・輸送・小売の取り分、という構図です。
この比率自体は異常ではありません。流通には実際に費用がかかります。問題は、生産費の目安2,816円(精米5kg換算)と店頭2,971円の差が155円しかないことです。流通が155円で回るはずがないので、どこかが費用を割っている。割っているのは、価格交渉で最も立場の弱い生産段階です。
なぜ「安い」と「コスト割れ」が同時に起きるのか
買う側にとっての安さと、作る側にとっての赤字が、同じ数字から同時に生まれる。この構造は、需給と費用が別々に動くことで起きます。
値段は在庫で決まり、費用は資材で決まる
米の値段を動かしているのは在庫です。在庫が積み上がれば買い手が強くなり、概算金が下がり、店頭価格も下がります。一方、生産費を動かしているのは肥料・燃料・機械・人件費で、こちらは2022年以降の資材高騰で上がったまま、ほとんど下がっていません。
値段は下がり、費用は下がらない。この2つの線が交差した地点が、今年の「コスト割れ」です。2024年の米騒動のときは値段の線が費用の線を大きく上回っていたので、農家の手取りは久しぶりに改善しました。それが2年で元の位置より下に戻った、というのが今の状態です。
価格転嫁は、上りは遅く、下りは速い
もう1つの構造は、値上がりと値下がりの伝わり方の非対称です。2024年に店頭価格が上がったとき、農家の概算金にそれが反映されるまでには1年近くかかりました。ところが値下がりのときは、集荷の段階で先に概算金が切り下げられます。買い手が「在庫がある」と分かっている以上、値下げ交渉のほうが通りやすいからです。
元IT企業の広報として価格改定の発表文を何度も書いた経験から言うと、値上げは説明に半年かかり、値下げは一晩で決まります。米も同じ力学で動いているように見えます。
消費者としてどう受け止めるか
ここは仕組みの記事なので、「買い支えよう」とも「安いうちに買おう」とも書きません。ただ、数字の見方は整理できます。
3,000円割れは「安くなった」ではなく「2年前に戻った」
2,971円という価格は、2024年9月上旬とほぼ同じ水準です。つまり米騒動の前に戻っただけで、歴史的に安いわけではありません。「2000円台」という見出しの温度と、数字の実態には少し差があります。私は、この差を知っているだけで、この先のニュースの読み方が変わると思っています。
離農が進むと、2024年がもう一度来る
農水大臣は今回の下落について「生産者にとって受け入れられない状況になりつつある」と述べています。農家向けのアンケートでは、85%が今年の概算金を「厳しい」と答え、25%が経営の継続に強い不安を感じている、という結果も出ています。
コスト割れが続けば、やめる農家が出ます。作り手が減れば供給が細り、天候が1年崩れただけで2024年の品薄が繰り返されます。消費者にとって本当に困るのは、今年の2,971円ではなく、その先の4,416円のほうです。
私の立ち位置
私は毎日、土鍋で米を炊いています(炊飯器の仕組みを書いたときに、うちには炊飯器が無いことに気づかれた読者の方もいるかもしれません)。新潟育ちなので米には少しうるさいですが、銘柄の論争には参加しません。ただ、実家の周りの田んぼを作っている人たちの顔が浮かぶ程度には、今年の概算金の数字は堪えました。買う側として値下がりを喜ぶ気持ちと、作る側の数字を見て心配になる気持ちは、私の中で両方あります。どちらかに寄せなくていいと思っています。
よくある誤解
値下がりは農家にも都合がいい、は逆です
値下がりは、店頭より先に概算金に反映されます。2026年産の概算金は前年比2〜4割減で、新潟のコシヒカリでも生産費を下回りました。値下がりで最初に、最も大きく損をするのは生産者です。
備蓄米の放出で政府が価格を決めた、わけではありません
政府が動かしたのは在庫の量であって、価格そのものではありません。備蓄米の放出・増産・輸入で市場の在庫が増え、その結果として買い手が強くなり、価格が下がりました。政府が値段を指定する仕組みは、今の日本の米にはありません。
概算金が農家の最終的な手取り、ではありません
概算金は出荷時の前払いです。その後の販売状況によって追加払いがあり、最終的な精算は1〜2年後になります。ただし在庫が多い年は追加払いが薄くなりやすく、今年の概算金が生産費を下回っている以上、最終手取りで赤字を解消できるかは不透明です。
まとめ:安くなった米は、作った側から見ると赤字の米です
スーパーのコメが2年ぶりに3,000円を下回った理由は、備蓄米の放出・増産・輸入で在庫が243万トンまで積み上がり、買い手が強くなったからです。同じ動きは生産者に先に届き、2026年産の概算金は前年比2〜4割下がって、新潟の一般コシヒカリでも60kgあたり18,500円と、生産費の目安20,535円を下回りました。
値段は在庫で決まり、費用は資材で決まります。この2つが別々に動いた結果、買う側の「安い」と作る側の「赤字」が同じ数字から同時に生まれています。店頭2,971円と生産費換算2,816円の差は155円しかなく、その間で費用を割っているのは、交渉で最も弱い生産段階です。
次に「コメが安くなった」という見出しを見たら、もう1つの数字、概算金を探してみてください。店頭の値段と生産者の値段を並べて見る習慣があると、米のニュースは別の顔を見せます。
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